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倉敷保雄と考える「南米」の魅力。南米サッカーの言語化は可能か?

2019.06.03

喫茶店バル・フットボリスタ ~店主とゲストの蹴球談議~

毎号ワンテーマを掘り下げる月刊フットボリスタ。実は編集者の知りたいことを作りながら学んでいるという面もあるんです。そこで得たことをゲストと一緒に語り合うのが、喫茶店バル・フットボリスタ。お茶でも飲みながらざっくばらんに、時にシリアスに本音トーク。

今回のお題:月刊フットボリスタ2019年6月号
『コパ・アメリカ展望』

店主 :浅野賀一(フットボリスタ編集長)
ゲスト:川端暁彦、倉敷保雄

未知なる南米サッカーの世界

浅野「さて、実はこのバル・フットボリスタ、当初構想では毎回ゲストを変えることを考えていたんです」

川端「それが常連客1人しか来ない店という設定に変わってしまった(笑)。しかし、今日は常連客以外で初めていらっしゃった方がいます」

倉敷「下心があって参りました。倉敷保雄と申します。では、やって来た下心を最初に話してもいいでしょうか?」

浅野「どうぞどうぞ」

倉敷「今月の23日に本を出しますので、よろしくお願いします。うれし恥ずかし、サッカー小説なのでどうぞよろしくお願いします。双葉社から出ます。『星降る島のフットボーラー』というタイトルです」

浅野「倉敷さんのサッカー小説、構想を聞いてから楽しみにしていたんですけれど、構想期間かなり長かったですよね」

倉敷「結局、僕が書ける時期っていうのがシーズンオフしかないんですよ。そうすると夏しかない。夏が来るたびに1章ずつ書いていくとしても、一体何年かかかっちゃうっていう感じでしたね。結局ここ1、2年で全部書き直したのですが、企画自体はもうかなり前からスタートしていました。でも、その頃の方がお話としては面白かったんですよ」

川端「宣伝になっていないじゃないですか(笑)」

倉敷「最初は『話は聞かせてもらったぜ』と言って、木の上から虚無僧がくるりとフィールドへ飛び降り、いきなりボールを蹴るとか、そういう荒唐無稽な話でした。でも、『これはダメだ、ちゃんと小説にしましょうよ』と担当に言われまして、泣く泣く書き直したので、まともな話になっています」

川端「では、虚無僧の方はフットボリスタで連載しましょう」

倉敷「おお、『虚無僧フットボーラー』いいですねえ。やりますか」

浅野「……」

川端「まあ、そんなわけで(笑)、いつものようにフットボリスタ最新号の話から入りましょう。コパ・アメリカ特集です。これ、ワールド系のサッカー専門誌の方と話すと、『南米特集とか南米表紙って売れねぇんだよな』という話も聞くんですが、その辺り含めてどうしてこの特集に?」

浅野「結論から言うと、懸念自体はその通りなんです。だから他の雑誌はあまり南米フォーカスの号というのはやらないんだと思います。ただ、やらないままだったら永遠にそのままなので、うちは2年に1回くらい南米特集をやっています。手を替え品を替え、南米サッカーの魅力を伝えられればという模索は続けています。確かに過去のデータ的には売れていないかもしれないけれども、切り口次第でもしかしたら届いてくれるんじゃないかなという気持ちですね。既存の数字が出ている部分をなぞるのではなく、パイは多くないかもしれないけれど南米という分野の魅力を知ってもらえればサッカーの新しい楽しみ方や、新しいファン層が開拓されていくんじゃないかと思いますし、そういう挑戦はやっぱりしていきたいんです。だから南米特集は結構しつこくやっています(笑)」

川端「なるほど。あともう1個の冒険要素はこの表紙ですよね。写真を使わずに『絵』で勝負したっていうのも初めてでは?」

浅野「そこはこの特集の巻頭コラムを倉敷さんにお願いしようと思った時点で自分の中で決まっていましたね。倉敷さんは週刊の頃からフットボリスタで連載をお願いしていたわけですが、その時からずっと(イラストレーターの)内巻さんとコンビを組んでいただいています。もちろんイラスト表紙は冒険ですが、ぜひ倉敷、内巻コンビの力を借りて南米の話を伝えられればということでした」

「ゴルゴルゴル!」はダサい?

川端「確かに倉敷さんといえば、『南米サッカー大好き』のイメージは強いですよね」

倉敷「僕のキャリアはオランダサッカーとブラジルサッカーからスタートしているんですよ。1993年に、現代は配信中心の時代になってきていましたが、その前にケーブルテレビの時代がありました。そこでスポーツアイというチャンネルがあって、海外サッカーを放送した草分け的な存在ですよね。星のようにサテライトからサッカーが降ってくる時代の幕開けでした。その時、僕が担当させてもらったのが、オランダとブラジル。そこでヨーロッパと南米のことを勉強したところからキャリアがスタートしているんですね」

川端「僕は当時、まさしく家にケーブルテレビが入ったタイミングでスポーツアイを見始めることとなり、『こんな素晴らしいものが世の中にはあるんだ』と(笑)。ヨーロッパチャンピオンズカップ(現CL)の放送もすぐ始まったんですよ。当時オランダはアヤックスが黄金時代に入るタイミングでしたね。『ユベントスvsアヤックス』? 何この夢のような試合は、みたいな(笑)。この感覚、今の若いファンにはまったくわからないと思うのですが。そこでは倉敷さんがオーフェルマルスの発音についていろいろ語っていて『この実況は一体……?』みたいな(笑)」

倉敷「恥ずかしいですね」

川端「ブラジル全国選手権も倉敷さんがすごく喋っていたんですが、解説の向笠直さんとのコンビがもう本当に強烈なんです。1994年に日本代表のファルカン監督の通訳をされていた方なんですけれど、本当に詳しいし、しゃべりも本当に楽しくて」

倉敷「ファルカンは後に自著の中で、『通訳が悪かったせいで日本をクビになった』と書いてます(笑)」

1994年に日本代表を率いていたファルカン(写真は16年にインテルナシオナウを指揮していた時のもの)

川端「まさにそういう話もネタにできちゃう方で、僕が勝手にイメージしていた解説者の像を壊してくれました。どんどん引き出しの中身を見せてくれて、ブラジルサッカーの常識だとこうなんだよ、南米はこうやってるんだよ、と。倉敷さんも脱線上等みたいな感じでやっていて、酒飲みながら語っているような(笑)。こういうサッカーの楽しみ方があるんだというのをすごく教えてもらいました」

倉敷「ありがとうございます(笑)。あの頃からセンターフォワードをセントラバンチと言っていてね」

川端「アタッカンチ、ザゲイロとか全部覚えましたよ。ラテラウ・エスケルドとか」

倉敷「素晴らしい」

川端「それを普通に言うんですよ。日本の実況の日本の放送で、しかもまだ90年代の半ばですよ。みんなJリーグが始まって、サッカーを見始めましたみたいな人が多い時代に、倉敷保雄という人は普通に放送でブラジル用語でしゃべっている、という」

倉敷「すいませんでした(笑)。当時の日本はJリーグがスタートしたくらいのタイミングで、割りと『南米風』とされる実況が流行った時期でした。『ゴルゴルゴルゴル』と大騒ぎする実況が流行っていて。『本場はこういうものなのかな』と僕も思っていたんですね。でも向笠さん、そしてマリーニョさんですね。このお二人が僕の師匠筋に当たるのですが、彼らはこう言うんです。『こんなシュート、こんなゴール程度で騒ぐな。見合ったものにしてくれ』と。『この程度で大声を出していたら、あなたの質が疑われますよ』ってね。よく言われるのは、『空のバケツほどデカい音を立てますよ』という言葉ですね。絶叫するな、と諭されたんです。結果として『非絶叫系アナウンサー』という感じのカテゴリーに入っていくことになりました」

川端「なるほど。当時の僕の感覚からすると、最大の驚きはマニア路線、異色派だと思っていた倉敷さんが徐々にメインロードの人になっていくという流れですね(笑)」

倉敷「完全に王道から外れていましたよね(笑)」

川端「そういう驚きを与えてくれていた人が、日本のサッカーファンがどんどんサッカーを大好きになっていってという中で、むしろ求められるものになっていくという変化が起きたわけですよね。それは1990年代以降の日本のサッカー文化の流れを一つ象徴しているのかなと思います」

倉敷「その流れは面白かったですね。ありがたいことに2002年のW杯は日本代表戦と、決勝戦などを担当させていただくことになりました。その当時、スカパー!からオファーをくれたのが、今の電通の社長さんでしたね。でも『僕には荷が重いので、僕じゃない方がいいです』と1回断ってるんですよ(笑)。後になって『まさか断られるとは思わなかった』と言われました」

コパ・アメリカは笑って観るべき

浅野「そりゃそうですよ(笑)。何で断ったんですか?」

倉敷「ただ自分はメインじゃないからという気持ちは確かにあったんです。先ほど編集長も言っていましたが、僕もどうやったら分母を増やせるのかな、サッカーファンの分母を増やせるのかなっていうことをずっと考えてやってきて、王道じゃない、どちらかと言うと変化球でやってきています。だからそういう自分を作ってくれたブラジル、南米の中にはたくさんの思い入れがあるんです。このコパ・アメリカは本当にすごく楽しみなんですね。最近の南米は『ヨーロッパっぽいサッカーになっている』と言われていますけど、やっぱりコパ・アメリカはコテコテの南米。審判の買収なんて絶対に今でもあると思う」

一同「(笑)」

倉敷「審判が嫌いな選手のことを隠れて蹴っ飛ばしたりとか絶対あるし、CONMEBOL(南米サッカー連盟)は『VARは我われが最初に言い出したんだ』とかオフィシャルで言ってますけども、CONMEBOLほどVARに合わない大陸連盟もないだろうと思うんですけれども」

川端「VARも買収されそうですからね(笑)」

倉敷「絶対買収されますね(断言)。だからモレノ(02年日韓W杯で疑惑の判定を連発したレフェリー)みたいな人が、まだまだいっぱいいるわけですよ」

2002年日韓W杯の韓国対イタリア戦で疑惑の判定を繰り返したエクアドル人のバイロン・モレノ主審

川端「逆に、日本に来たブラジル人選手たちが戸惑うのはそこだって言いますが」

倉敷「でしょうね。これはないのかっていうのはね」

川端「審判がたまたまその試合で偏った判定が出たりすると、彼らは『買収されている』と確信するらしいです」

倉敷「そういう文化で育ってますから、そりゃあ確信しますよね。南米の試合は、もうゲラゲラ笑って見た方がいいんですよ。僕が今号の巻頭のコラムで書かせてもらいましたけど、ビダルの話とかそうですよね。飲酒運転で捕まって、本来はアウトなんだけれど、チリの大統領が出てきて『OK』と言って出場できてしまう(笑)」

浅野「そして優勝させちゃう(笑)」

倉敷「逆にいろんな手を使って阻止しようという別のアルゼンチンとかのメディアも素敵です。あと、結構かわいいんですよね、いろいろと。例えばブラジルの有名なコメンテーターは背が低いんですよ。それをちょっと台の上に乗って、高そうに見せて喋っていたりするのを、意地悪な他の国のメディアは横から抜いてたり。とにかく僕が言いたいのは、『南米の試合は笑って観るべき』です」

川端「ブラジル全国選手権の中継が僕にとって衝撃的だったのは、まさにそこだと思います。実況も解説もゲラゲラ笑いながら試合を見ている(笑)」

倉敷「たぶん今やったら不真面目だって怒られますね(笑)」

川端「大らかな時代でした(笑)。けど、『サッカーって楽しんで見るものじゃん』という原初的な部分は今でも凄く重要だと思います。すごく太った主審が出てきたら、解説の向笠さんがいじるんですよ。『あの主審、センターサークルから動きませんね』とか。そうすると倉敷さんも主審の様子を拾って実況に反映していくんですよ。『あっ、今走りましたよ』とか(笑)」

倉敷「『あー、動いたー!!!』みたいな(笑)」

川端「で、ピーと笛が吹かれたら、『ちょっと待ってください、あの主審40mは離れた位置からの判定ですよ』と。で、リプレイが流れて『あっ、合っていますね。すごい!!』とか(笑)。そういうので盛り上がっちゃう。ある意味、すごくいい加減。思えば、ブラジルサッカーの中継を通じて、僕は『日本の審判ってレベル高いんだな』と敬意を抱くようになった気がします(笑)。日本では『審判のレベルとサッカーのレベルは比例する』みたいなことを言う人もいますが、正直『南米の試合観たことある?』って感じですよね」

倉敷「そうそう、衝撃だったと言えば、アルゼンチンサッカーの中継を思い出しました。実話です。怪しいシーンがあると、目の見えない主審が杖をつきながら笛を吹きまくるアニメーションが流れるんです。『え、これ放送OKなんですか?』と。確実に今の日本ならアウトな映像がアルゼンチンサッカーでは流れていて、『南米すごいな』と(笑)」

「ボール1個」の文化と「1人1個」の文化

浅野「今回もこのコパ・アメリカなんか起こりますかね?」

倉敷「確実に起こると思いますよ、ブラジルの中で。南米は何紙かまとめて読むのが面白いですよ。まあ、何でもありですから。チリが躍進した時、炭鉱に閉じ込められて救出される美談がありましたよね、あれ、映画化の話があったのに公開はされなかったんですよ。炭鉱から出てきて抱き合っていた人が奥さんではなかったからです(笑)。愛人が続々現れた(笑)。こういういい加減な話ばかりですよね、南米は。だから楽しい。戦術的に見るというのが今のトレンドで、それもすごく面白いですけれど、違う見方もあっていい。南米はそんな感じなので、肩の力を抜いて見た方がいいです。でもいい加減な中でも、一瞬のすごさがある。それも絶対に見られるので」

川端「南米サッカーの良さってメリハリだと思うんですよ。とんでもないプレーと、おいおいそんなサボるなよみたいな怠慢プレーが共存しちゃっていて、そのバランスが絶妙です。ちゃんと勝利につながるメリハリ。ヨーロッパの強度の高い、インテンシティの強い、切り替えの連続でドキドキハラハラみたいな、例えばイングランドのプレミアリーグとかと比べると対極じゃないですか」

倉敷「南米って癖になりますよ、1回でも見始めると。ヨーロッパとは違った面白さがある。もう、まるで違いますから」

川端「日本代表が南米勢と対戦成績悪いみたいな話があるじゃないですか。あれも観ていると、すごくわかるんですよね。『あ、俺たちこれは苦手だわ』と(笑)」

倉敷「日本代表の南米相手のやられ方っていつも一緒ですよね。ネイマールに点取られるのは当たり前ですよね」

川端「この前、U-20日本代表の影山雅永監督ともその話になったんですけど、日本のサッカースクールとかに行くと、1人に1個ボールがある、と。それぞれがリフティングしたり、コーンドリブルして技術を磨きましょうという文化が主流なんですけれど、南米に行くと、1人1個のボールなんて絶対ない、と。『ボール触りたかったら奪い取れ』という文化。その出発点が違うな、と。ボールを奪う、奪われないというスキルのベースの差はそこから生まれるんじゃないかという話でした。ボールの持ち方、置き方なんて逐一指導しているかと言うと、南米ではそんな指導はしていないと。奪い合いの中で自然と身につけるものだろうっていうのがナチュラルに文化としてある」

浅野「ストリートサッカーの文脈だよね。でも、そういうのを克服していこうと思ったら、実際に南米とやっていくしかないですよ。日本の社会構造や文化なんてそう変わらないんだから」

倉敷「だから楽しみなんですよね、コパ・アメリカ。フェイントで抜くやり方もあるし、集団で流れを持っていくやり方、時間の中での駆け引きみたい南米特有のスキルがいくつもあります。ちょっと説明しづらいものですけれど、そういう意味では、僕らの日本代表にはカルチャーショックを受けてきてほしいと思います」

川端「僕らの持っているサッカーの常識とちょっと違いますよね、南米は」

倉敷「名前で油断させるという卑怯な手もありますからね。南米にはピカチュウって選手がいますから」

バスゴダガマに所属するヤーゴ・ピカチュウ。本人はこの呼称のことを最初は好きではなかったそう

川端「ショボそうですよね(笑)」

倉敷「そろえろよと言いたいですけどね。フシギダネとか、ヒトカゲとか、リザードンいるの?みたいな(笑)。進化系もいるの?みたいな」

川端「強そうじゃないですか(笑)」

倉敷「お兄ちゃんがいたらライチュウか、みたいな。あ、『名探偵ピカチュウ』はご覧になりました?」

川端「最高でしたね! あのCGはホントにすごい。『カワイイ』とか『モフモフ』みたいなのがCGで表現できる時代になったんだという驚きと感慨に充ち満ちていました」

倉敷「初めは『ふざけるな!』と思いましたね。日本の文化をこんな風にして、大谷さん以外のピカチュウなんてあり得ないよ。オヤジが喋ってどうするんだって憤りながら観たんですが、『あ、そういうことだったんですね』という」

川端「ものすごい納得感がありましたよね」

倉敷「納得しました」

川端「もうあの映画は、作り手のポケモン愛がムチャクチャ伝わってくるじゃないですか。ああ、日本人が作ったポケモンをプレーして、あるいは観て育った米国の子どもたちが、大人になって作り上げた作品なんだな、という。途中の『コイキングは使えない』とか最高ですよ」

倉敷「『翔んで埼玉』くらいオススメしたい」

川端「……これ、何の話でしたっけ?」

浅野「この夜更けに川端さんと倉敷さんから選手ではないほうのピカチュウの話を聞かされるとは(笑)」

川端「まあ、ポケモンを知っている人は絶対楽しめる映画だと思います」

倉敷「ポケGOやってる人は楽しいでしょうね」

川端「この話、続いていいんですか?(笑)」

倉敷「まあ、ピカチュウみたいな名前をつけて油断させたりすることもあるのが南米だよということで、日本も日本語だからできる、こういう中継するんだみたいな形のもので南米に挑戦していくとか、そういう面白いことをやってみたいですね」

『君の瞳に乾杯』でOK

浅野「実際、フットボリスタも世界にどう追いつくかっていう中で、最近注力しているのが、ヨーロッパサッカーを言語化することです」

川端「巧みに話を戻してきた(笑)」

浅野「戦術面だったり、ピッチ外のところも含めてやっています。ただ実はそれだけじゃ足りなくて、結構軽視されているのが、今まさに2人が言っていたような、南米サッカーの勝つためのディテールなのかなと感じていて。それはなかなか理論化・言語化されていないから存在も認識されづらいですし、それゆえに軽視されていると思うんです」

川端「言いたいことはわかるんだけれど、そもそも理論立てて教えた・教わったものじゃないと思うんですよね。逆にブラジルが顕著だと思うんだけれど、欧州式の教育、育成が浸透する中で、ブラジルっぽさは良い意味でも悪い意味でもかなり消えてきていると思う。U-17やU-20の代表が南米内で全然勝てなくなっているし」

浅野「僕が言いたいのは欧州的な体系立った理論ではなく、おばあちゃんの知恵袋的な個別の教訓みたいな話なんですが(笑)。あるいは実際にピッチ上で対戦することで肌で感じる部分も大きいのかなと」

川端「もちろん、対策としての理論化はあり得ると思う。害意のあるタックルのかわし方、とかも(笑)」

倉敷「僕はフットボリスタに今後言語化っていうことで特に期待したいことが1つあるんですけど、それは海外にあって日本にないものっていうものは、サッカーを語る言葉の量です。言葉が圧倒的にこの国は少ない。今、日本でわかりやすい例で言うと、『水を運ぶ選手』っていうと、日本だとやっとすぐわかるようになったじゃないですか。そういう言葉がふんだんにある。システムやタスクの部分は丁寧に言語化していった方がたぶんわかりやすいと思いますしね。省略化できるようにしていくというのは大事だと思います。翻訳の考えに近い。そうだ、みなさんハリーポッター事件って知ってます?」

川端「いえ、知らないと思います」

倉敷「ハリーポッターのファンが、字幕屋さんに文句をつけたんですよ。ハリーポッターの世界観、あなた方が翻訳しているこんなものではないと言ったんですね。で、翻訳屋さんは『わかりました、皆さん方が望むものをご覧に入れましょう』と言って、主人公たちの話を全部翻訳して見せたんです。画面で見せた。特別なものを上映したんです。画面全部字だらけになったそうです」

浅野「逐語訳すると、絶対に冗長になりますよね」

倉敷「日本語の中にも熟語とかことわざみたいなものがあって、そういう形で置き換えていくことで、短いワードでも通じるようになる。意訳になるかもしれないけれども、サッカーの言葉の言い換えはおそらく可能なんです。日本語に変えていく。いい意味での意訳が必要です」

浅野「そこはカタカナ語をそのまま使いたがる方も多いです」

倉敷「そう、意訳をすると『厳密には違うじゃないか』と目くじらを立ててくる方も多いと思いますし、そのまま出しておけば波風は立ちません。でも、そうじゃないと思うんですよ。今だったら、『Here’s looking at you, kid.』を『君の瞳に乾杯』と訳したら、『原語ではそう言ってない』と文句を言う方がきっといると思います。でも、あれって素晴らしい訳だと思いませんか?」

正確性?ニュアンス?「伝える」の奥深さ

川端「本当に今の時代だから難しいっていうのもあって、日本サッカー協会とかでも、今ヨーロッパである概念を日本語にしようっていう時に、やっぱりカタカナにしちゃいますよね。それはなぜかというと、やはり新しく日本の言葉を作ると怒られるからという面がある気がします(笑)」

倉敷「怒られるんですか?」

川端「やっぱりそういう文化がありますよね。これは不適切だって。この英語のこの単語はこういう意味があるから、このまま使うのがいいんだっていうね」

浅野「90年代もやってましたよね。マノンとか、ボディーシェイプとかあの辺もそうですよね」

川端「今はもう使われなくなったのも翻訳を放棄したからでしょう。中国みたいに全部中国語にしちゃうのもどうなんだろうっていうのもあるけど」

倉敷「中国もすごい言葉を輸入してる国で、日本で作った漢字を中国に輸入してますから」

川端「漢字文化ですからね。その辺りの共有感はあります」

倉敷「僕らの国はもっとめちゃくちゃに輸入しまくりますけどね。最近飲み屋さんでもスペイン語のお店とか増えましたよね。こんなことはなかったですよ」

川端「そもそも『バル・フットボリスタ』って何やねん、みたいな(笑)」

倉敷「そうだ(笑)。バルでフットボリスタで、今回はウィズ倉敷保雄だもんね」

浅野「すみません(笑)」

川端「フットボリスタ・ラボもね」

浅野「スペイン語と英語と造語が混在している(笑)。真面目に説明すると、気分としてはスペイン風にしたいけれど、全部スペイン語にすると意味が伝わらないので折衷案になっているという(笑)」

倉敷「混ざっていますよね。素敵ですよね。汎用性がたくさんあった方が。文化っていうのはしなやかなものであってほしいっていつも思うので、特にサッカーから発信していく文化っていうのは、絶えず汎用性と多様性ということがあった方がいい」

浅野「難しいですよね。今ちょうどフットボリスタで脇真一郎さんというユニークな活動をしている高校サッカーの先生が自身が実践しているゲームモデルの作り方を伝える本を出そうとしているんですが、その中でゲームモデルの中に出てくる用語の共有化についても語られていて、生徒たちに最も伝わるような言葉であることが大切だと。ただ実際にやってみると簡単な日本語にすれば伝わるかっていうとそういうことではなくて、例えば『ハーフスペース』っていう聞いたことがない単語の方が意外と食いつきがめちゃくちゃ良かったりする、と」

川端「いや、それ自体は当たり前ですよ。聞き慣れない言葉とか新しい言葉の方が習得には向いている。すでに知っている言葉だと自分の中にもう概念があるから、新しい概念として認識できないし、好奇心も刺激されない。だからハーフスペースっていう耳慣れない言葉だったら、『それって何?』という興味が湧いて、『こういうことなのね』という理解する快感もある。ただ、これが聞いたことのある言葉、例えば、ハーフスペースは『左中間』、『右中間』でいいんじゃないかみたいな話もあったんだけれど、左中間、右中間で俺たちがイメージするものってやっぱり違うでしょう」

浅野「野球だよね(笑)」

川端「だから左中間、右中間という既存の言葉に新しいイメージを付与するよりも、こういう定義のものをハーフスペースという言葉で表現するんだよって言ってくれた方が覚えられる」

浅野「実際その方がね、通りがいい。それって結構やってみなきゃわからないところもあるし、必ずしも外来語を全部日本語に置き換える必要もない。要は短い言葉でシンプルに伝わればいいわけだから」

川端「英語か日本語かとかもそんな重要じゃない。だから例えば『ボランチ』なんて言葉もさ、全然当時の我われには耳馴染みのまったくない単語だったわけだけど、ストンと落ちたのは、新しい言葉であり、シンプルに表したい概念を表現してくれたから。よく逆に誤解されちゃうけれど、新しい言葉の方が新しい概念を説明するには適切なんですよ。U-17日本代表時代の吉武博文さんとかはその辺りの造語がうまかった」

浅野「インテンシティだったりとかも同じですよね」

川端「ただ、『サリーダ・ラボルピアーナ』みたいになっちゃうと、やっぱりキツいと思う。まず覚えられない(笑)」

倉敷「あとは流行語を作っていかないとね、サッカーからね」

浅野「ただその点で難しいのが、流行語が消費されちゃったり、間違って伝わっちゃうっていうのがありますよね」

川端「そこは失敗を恐れて、先回りして『こうなったらマズいからやめておこう』みたいな。先回り文化がどうも僕らはあるけど、そうすると何もチャレンジできなくなるし、何もしないのが正解になる」

倉敷「結局は感性ですよね。生きている言葉の中でどれを使ったら1番ウケるのかなっていうのは、その辺の面白さはあると思いますから」

浅野「それこそポルトガルだったりとかオランダってめちゃくちゃ厳格に定義しているんですよ。サッカー協会レベルで、きちんと論理的な矛盾がないようにやっているので。ただそのやり方が日本の文化にそのまま馴染むかっていうと、もしかしたら馴染まないのかもしれない」

川端「そもそも僕らは日本の曖昧を好む文化に生きていますからね。あともう1個難しいのは、ポルトガルだったら、ポルトガルの考え方が絶対にベースにあるじゃないですか。日本ってものすごいいろんな国から学んでるので、オランダの考え方をベースにしている人もいるし、ドイツもいるし、ブラジルもいるし、スペインも多くなったという中で、その雑多なものを大統一してというと、これは相当難しい」

倉敷「僕はだからむしろそれは、ディベートに関して相手の言うことを許容するっていうことを広めていった方が早いと思う。相手が言ってることを認めてあげるということが大事。それは特に南米の中はそうなんですよ。南米っていろんな国があって、いろんな人種があって、いろんな宗教があって、面倒くさいから認めていかないと隣のやつと暮らしていけないんですよ。そういうところを含めてコパ・アメリカを観ていると面白いですよ」

川端「まさにディベートの文化ですね。乏しいですね、僕らは」

倉敷「作っていくしかないですし、作っていけるとも思っています」

浅野「何にせよ、南米の魅力がギュッと詰まっているコパ・アメリカは楽しみだなということで」

川端「唐突なまとめですが、今回は仕方ない」

倉敷「今回は本当に面白かったです。そうそう、面白いと言えば、大会期間中の南米のメディアを何紙か定期的に翻訳して出したら絶対に面白いですよ。フットボリスタさん、どうですか」

浅野「……編集部に持ち帰って検討いたします」

川端「これぞ日本的な回答で締めた(笑)」

●バル・フットボリスタ過去記事

Photos: Getty Images

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Profile

川端 暁彦

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣『エル・ゴラッソ』を始め各種媒体にライターとして寄稿する他、フリーの編集者としての活動も行っている。著書に『Jの新人』(東邦出版)。