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エコロジカル・アプローチで「我が意を得たり!」。トレーニングの学問化が明らかにする「選手の学習システム」

2022.04.08

喫茶店バル・フットボリスタ ~店主とゲストの本音トーク~

毎号ワンテーマを掘り下げる雑誌フットボリスタ。実は編集者の知りたいことを作りながら学んでいるという面もあるんです。そこで得たことをゲストと一緒に語り合うのが、喫茶店バル・フットボリスタ。お茶でも飲みながらざっくばらんに、時にシリアスに本音トーク。

川端さんが「ぜひこの号について語りたい」とのことで、久々のバル再開。テーマは、トレーニングの学問化が明らかにする「選手の学習システム」だ。

※無料公開期間は終了しました。

今回のお題:フットボリスタ2022年3月号
「トレーニング×学問化
トゥヘルやナーゲルスマンが勝てる秘密を解き明かす

店主 :浅野賀一(フットボリスタ編集長)
ゲスト:川端暁彦

バル・フットボリスタが書籍化!

育成を見てきた経験と学術的な研究結果が一致!?

川端「久しぶりにバルへ帰ってきました」

浅野「みなさんには閉店したと思われているかもしれませんね。急に川端さんが『店を開け』というので慌てて開店した次第です」

川端「いや、今号をドバイへの飛行機の中で遅れ馳せながら読んでいて、『これはバルで語るべき号なのでは?』と唐突に思ってしまったんだ」

浅野「(迷惑な人だな……)」

川端「『トレーニング×学問化』という売れるのか心配になるタイトルだったし、ちょっと宣伝にもなればいいかなと(笑)」

浅野「もうすぐ雑誌の販売期間は終わってしまうんですが(苦笑)、電子版はいつでも買えますからね。いいでしょう」

川端「いつもダラダラと何時間も話してしまうので、今回は流経大の平均トレーニング時間(81分。本誌参照)を下回る形を目指したい。強度高く、集中してやろう(笑)」

浅野「はい、はい(笑)。でも、この号に川端さんが反応するのがちょっと意外だったんですが、どこが響いたんですか?」

川端「いや、俺がずっと感じてたことが書いてあったというだけなんだけど。過去のバルでも言ってきたと思うけど、『一個のやり方で小中高と指導する』って、『スペシャルなタレントを育てるという点では弊害の方が大きいのでは?』とか、『ゲームモデルに沿った育成が、長期的なタレント育成にとって本当にポジティブなのか』とか。そもそも『“正しいトレーニング”をしている指導者』の下から必ずしも選手が育ってこない、というかむしろ逆の傾向さえあるというのはずっと感じていたことなので、あらためて腑に落ちたところが多いんだよね」

浅野「なるほど、確かに言ってたよね。まさに今回の号で学問的に追究した事象について、川端さんは経験的に感じていたということだね」

川端「バラバラの指導をデタラメに受けてきた選手が大きく成長し、プロの舞台で逞しく戦い続けているという現実がある。これは別に日本に限らずね。マンチェスター・シティで活躍している選手は、幼少期から一貫してポジショナルプレーに沿った指導を受けてきたわけじゃないでしょう?正しいトレーニングをしていると自認する指導者の多くはそれを『才能』の一言で片付けていることが多いのだけど、『本当にそうなのかな?』って思っていたわけ」

浅野「それを理論面から指摘しているエコロジカル・アプローチの考え方は面白いよね。ぶっちゃけ、これを知ればすべてが解決する魔法のレシピではないんだけど、こういう考え方を知っているかどうかで振る舞いがかなり変わるとは思う」

川端「エコロジカル・アプローチを実践しているペルージャU-19をサカナにした巻頭の鼎談から刺激的でした。『監督がチームにどう振る舞うべきかを教え、それをやらせるというアプローチ自体が、サッカーというゲームの特徴に反している』。これだもん(笑)」

浅野「フォルミサーノは面白いでしょ? 今回エコロジカル・アプローチを掘り下げるにあたって現場での実践法を知りたくていろいろリサーチしたんだけど、なかなか大変でした。そんな中で、コロナ禍ということもあってイタリアでウェビナー講義をして注目を集めている若手指導者がいて、彼がまさにエコロジカル・アプローチ的なことを講義している、と。それがペルージャU-19のアレッサンドロ・フォルミサーノ監督。実はバルディ(『モダンサッカーの教科書の共著者で、ボローニャ戦術分析アシスタントコーチ)とはUEFA-Aライセンスの同期で、その縁で取材が実現しました』

川端「トゥヘル監督の実践していることが例に出てくるけど、日本でもオシムさんが毎日練習メニューが違って選手を伸ばしてたのとか、多色ビブス練習とか『サッカーのルールでは起こり得ない』設定のトレーニングをあえてしていたのとかを思い出したりしていた。『サッカーはサッカーでしか上手くならない』っていうアレは、あらためてもう間違ってたなと思ったわけよ(笑)」

独創的なトレーニングを行ったオシム監督

浅野「オシムもそうだけど、天才的な指導者は似たようなアプローチをしていた人もいると思うんだよ。それが近年アカデミックな視点から理論面で解き明かされてきたというのがあるのかな、と。天才の発想を一般化していける道ができてきたと言うと大袈裟かもしれないけれど、その糸口はつかめてきたのかもしれない。だから、『トレーニング×学問化』特集なんです」

川端「実験によって天才指導者たちのアプローチの妥当性が裏打ちされてきたという見方もできるんだろうね」

浅野「そうだね。ただ、川端さんがまさに言った通り、育成における一貫指導の『危険性』とか、今までの常識が変わる部分もあったよね」

トゥヘルの日替わりフォーメーションの秘密

川端「トゥヘルが過去5試合、リーグカップで[4-2-2-2]、FAカップで[3-4-1-2]、次に[3-4-2-1]、んで次が[4-2-3-1]で戦ったことについて、『全部のやり方を選手たちに対してマニュアル的に仕込んで覚え込ませて対応してるわけねーだろ』という話をしてたじゃない? あれもまさに我が意を得たり。サッカーが高度化すればするほど、逆に監督の指導でどうにかなる『限界の上』が求められるようになっている。これまでも求められてたと思うんだけど、より顕著になってきた。要するに、ざっくりと自分も考えていたことが言語化されてて気持ち良かった(笑)」

浅野「まさにトゥヘルのチェルシーの話はこの特集のきっかけでもありました。表紙もトゥヘルでしたし(笑)。毎回システムがめちゃくちゃ変わっているけど、それを成立させているものは何なのか、それは見えていない部分、つまりトレーニングにあるんじゃないのか、という発想ですね。その答えは、トレーニングで細かくやるべきことを教え込んでるから、ではない。教え込まずとも機能させられるように、選手自体のサッカーインテリジェンスを成長させてるから、ということでしたね」

最先端のトレーニングを実践し結果を残しているトゥヘル監督

川端「日本サッカーのいろんなアレにも通底する話だ。Jリーグが『クラブに統一されたゲームモデルを!』とか言っているのは、早くやめたほうがいいんじゃないかと思った(笑)。福山シティの話でも出てきたけど、複数のゲームモデルを使い分けるとかしながら、選手の戦術的な対応力自体を養っていかないと勝てない時代になっているし、なっていくと思う。特定のモデルに依存するのではなく」

浅野「昔、林舞輝さんがGoogle翻訳の精度が上がった話をしてくれたんですね。一つひとつの単語や文法を覚えさせるルールベース翻訳から、膨大な翻訳データを学習させるニューラルネットワークに変えて、劇的に翻訳精度が上がったと。サッカー選手の育成も、それと同じだなと思いました。とにかくいろんな状況を経験させた方がアウトプットの精度が明らかに上がる」

川端「ディープラーニングですね。正解を逐次教える方が効率的に見えるけど、重ねていくと、結局は自分で見つけていく学習スタイルを体得した方が最後は伸びる。これも僕が育成年代を観てきた感覚と合致します」

浅野「教える方は我慢しないといけないから逆に大変かもね」

川端「そこで我慢できる人こそ、育成年代に必要な指導者です(笑)。で、ディファレンシャル・ラーニングの話もそうなんですよ。人間は『違い』からしか学習できない。伸びる選手は同じ練習やってても、自分で『違い』を作っていくものだと感じていたので、通底するんですよね。そっちの方が自分が伸びるというのを経験的に学習した結果なんだと思います」……

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Profile

川端 暁彦

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣『エル・ゴラッソ』を始め各種媒体にライターとして寄稿する他、フリーの編集者としての活動も行っている。著書に『Jの新人』(東邦出版)。

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