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「4+8+10=22番」という新概念。ジュード・ベリンガムを生んだ「型にはめない」バーミンガムの育成哲学

2025.04.29

「対応力」とは何か#3

サッカー戦術の高度化に伴い、攻守の可変システム、ビルドアップvsハイプレスの攻防など駆け引きの複雑性が増しており、ピッチ上の選手の「対応力」がより問われる状況になってきている。そもそも「対応力」とは何なのか? ピッチ上でチームの意思を統一するには何が必要なのか? そして「対応力」のある選手を育てるにはどうすれば良いのか? 様々な角度から考えてみたい。

第3回は、「中盤の底で汚れ役を買って出る4番、ボックス・トゥ・ボックスでチームのギアを上げる8番、そして得点を決めたり好機を演出する10番。君はこれらのプレーを1人で全部やれる選手になれる」という恩師からの言葉を体現しているジュード・ベリンガムをピックアップ。7歳から17歳までの10年間を預かりながら、永久欠番の「4+8+10=22番」に育て上げたバーミンガムの育成哲学に迫ってみよう。

 フットボールを楽しむ誰しもにとって、自らの背番号以上に自尊心をくすぐられるものはそう多くない。10番を貰えばみながそれを自慢する。ストライカーならば、9番は何にも増して誇らしい。GKにとっての1番は、唯一無二のポジションを勝ち取った揺るぎない証だ。

 では「22番」はどうか。つい数年前まで、わざわざ好き好んで着けたがる人はそうはいなかったことだろう。数少ない例外、イギリス・バーミンガム出身の1名がその概念を変えるまでは。

 「4番と8番と10番の役割をすべてできる選手になりたい」。かつてそう心から願った少年の後ろには、今や「自分もジュード・ベリンガムのようになりたい」と夢を抱いて背番号22を選ぶ、決して少なくない世界中の子どもたちが続いている。その数字が新たに意味するもの、それは「現代フットボールに必要なあらゆる素質を備えたMF」である。

選手の自立を促すため、指導者に心理学のプログラムを提供

 「コーチングについて考える上で、『全員と同じように接する』というのはすごく安易な考え方だと思っています。ここは高速道路のような場所です。同じ方向に向かう中でも4つのレーンがあって、それぞれに異なる制限速度があるわけです」

 ジュード在籍時にアカデミーの指導責任者を務めていたスチュアート・イングリッシュ(現サンダーランド育成指導統括)は、100%ポジティブな意味でそうクラブの育成方針を語る。ネイサン・レドモンド、デマレイ・グレイ、ジャック・バトランドといった個性豊かな選手たちを育ててきたバーミンガム・シティは、イングランド国内でも指折りの評判を誇る名門アカデミーを持つ。

 「クラブの価値という意味では、『クラブ名に街の名前がついている』のは常に意識すべきことだと考えています。ですからアカデミーは非常に重要な存在です。(2018年当時)所属する選手のうちの96%は練習上から15分以内の場所に住んでいて、もちろんバーミンガム出身の子たちです」

 同地域にアストンビラ、ウォルバーハンプトン、ウェストブロミッチといった強豪チームがひしめき、またイギリスのちょうど真ん中にある地理条件から各地に散らばるビッグクラブからの引き合いも決して珍しくはない中で、バーミンガムは独自のコンセプトと大局観を持って選手育成に注力してきた。中国人オーナーの下で激動の時代を過ごしてきた一昨年までの苦しい時代には、他でもないジュードの移籍金を代表として、卒業生の活躍や利益がクラブを救ってきたと言っても何ら過言ではない。

 その育成部門の舵を取ってきたのがこのイングリッシュ、マイク・ドッズ、そしてクリスチャン・スピークマン(現サンダーランドスポーティングダイレクター)からなるチームだった。2006年から2020年までバーミンガムの下部組織に関わりその名を上げたスピークマンは、TEDで4000万回以上再生された講演動画『How Great Leaders Inspire Action』で有名な文化人類学者サイモン・シネックの大ファンだといい、彼が唱える「安心で信頼できる環境」をアカデミー内に築くために、ポジティブ心理学の考え方を指導者に学んでもらうアプローチを採用していた。

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Profile

EFLから見るフットボール

1996年生まれ。高校時代にEFL(英2、3、4部)についての発信活動を開始し、社会学的な視点やUnderlying Dataを用いた独自の角度を意識しながら、「世界最高の下部リーグ」と信じるEFLの幅広い魅力を伝えるべく執筆を行う。小学5年生からのバーミンガムファンで、2023-24シーズンには1年間現地に移住しカップ戦も含めた全試合観戦を達成し、クラブが選ぶ同季の年間最優秀サポーター賞を受賞した。X:@Japanesethe72

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