ロアッソ熊本・大木式3バックの「複雑さ」の正体とは?鍵はインサイドハーフの不思議な位置取り

Jリーグ3バックブーム探求#1
なぜ、Jリーグに再び3バックブームが到来しているのか?日本サッカーの戦術史も振り返りつつ、3バックの伝統があるサンフレッチェ広島から、今季より本格導入した町田ゼルビアに、大木武監督が独自性を貫くロアッソ熊本まで注目クラブを参考事例に流行の理由を探求する。
第1回は、一貫して異色の[3-4-3]を採用し、選手を上達させることでも評価が高いロアッソ熊本・大木式3バックを掘り下げてみたい。
大木武監督といえば、皆様はいつの時代を思い出すだろうか。
バレーを擁した第二期ヴァンフォーレ甲府時代や京都サンガ時代の天皇杯準優勝、FC岐阜での苦闘の日々や、ロアッソ熊本を率いてのJ2昇格からのJ1昇格プレーオフ進出……サッカーの内容に注目が集まるタイプの監督だが、ときどき偉業を成し遂げる一面もある。もちろん、多くの選手の成長を手助けし、教えを受けた選手たちが上のカテゴリーで活躍していることは言うまでもないことだろう。
個人的な大木武監督との思い出は、2008年の日本対チリの試合だった。
第二期ヴァンフォーレ甲府時代を経て、大木監督は岡田監督が率いる日本代表に合流する。「クローズ」という選手を局地的に密集させて優位性を作り出す戦術を売りにしていた大木を登用することによって、接近・展開・連続をテーマとする日本代表の完成度を高めることを岡田監督が狙ったに違いない。
当時のチリ代表の監督はビエルサであった。当時からビエルサ監督のチームは、守備をマンマークで行っていた。つまり、接近して逆サイドに展開をしようとしても、なんと逆サイドにもマークがついているのである。こうして岡田監督の戦術はビエルサのマンマーク作戦の前に機能性を失うこととなった。密集しても相手がついてきて、逆サイドにも相手がいる状況は、通常のサッカーの原則から考慮すると、イレギュラーすぎる状態とも言えるだろう。旧国立で見たこの試合はいまだに覚えている。
しばらく時が経ち、大木監督のチームを見たのはまだ大宮アルディージャがJ3に落ちる前のNACK5スタジアムでの試合であった。当時のロアッソ熊本は勝利から見放されている季節だったらしいが、試合内容は大木監督らしいもので、ボール保持で相手を圧倒する姿に相変わらずなのだなと深く感銘を受けた。その時の記憶も利用しながら、今回はロアッソ熊本のサッカーについて分析していきたい。

ビルドアップの特徴は「3バックの距離」
ロアッソ熊本のボール保持の配置は[3-3-1-3]や[3-1-3-3]と表現されることがある。もっとわかりやすく言うと、[3-4-3]で中盤がひし形となる。さらに言うならば、中盤の役割は、アンカー、インサイドハーフ×2、トップ下となる。サイドハーフでは決してないところがポイントとなるだろう。
ビルドアップ隊はGKを含めた3バック+アンカーが基本路線となる。3バックの面々は運ぶドリブルで相手を引きつけて時間とスペースを配ることもできれば、すでにビルドアップの出口となっている選手を発見し、パスを通すこともできる。特に両脇のCBは果敢な攻撃参加を行うことで、サイド攻撃における後方支援を積極的に行っている。超攻撃的と言ってもいいだろう。
ボール保持における3バックの特徴は、お互いの距離をなるべく一定に保つこと。なので、両脇のCBが攻撃参加で前に上がっていったら、その位置に合わせてスライドが行われる。そんな時に幅や距離を調整するために、アンカーはCBの間に降りて3バックの距離と全体の幅を調整することを役割としている。ただし、基本的には3バックの前でプレーすることがアンカーの役割となっている。

守備の基準点を乱す、インサイドハーフの動き
NACK5スタジアムで試合を見た時に、あまり見たことがない景色をピッチに見つけたことを覚えている。
3バックの両脇とウイングを結んだパスラインの上にもう1人の選手がいたのだ。
結論からいえば、このCBとウイングの間に立っていた選手はインサイドハーフの選手だった。[3-4-3]の「4」のインサイドハーフとされる選手である。ロアッソ熊本の肝とも言えるインサイドハーフの役割について触れていきたい。
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Profile
らいかーると
昭和生まれ平成育ちの浦和出身。サッカー戦術分析ブログ『サッカーの面白い戦術分析を心がけます』の主宰で、そのユニークな語り口から指導者にもかかわらず『footballista』や『フットボール批評』など様々な媒体で記事を寄稿するようになった人気ブロガー。書くことは非常に勉強になるので、「他の監督やコーチも参加してくれないかな」と心のどこかで願っている。好きなバンドは、マンチェスター出身のNew Order。 著書に『アナリシス・アイ サッカーの面白い戦術分析の方法、教えます』 (小学館)。