SPECIAL

カタールW杯64試合全部観た!マッチレビュアーが5つの戦術トレンドで総括する決勝ラウンド

2022.12.21

世界中を熱狂の渦に巻き込んだ4年に一度の祭典、W杯。カタールの地で1カ月にわたり繰り広げられた激闘は、フランスとのPK戦を制したアルゼンチンの優勝で幕を閉じた。そこでグループステージに続き、決勝ラウンドにおける戦術トレンドを大会64試合すべて観た「全試合みるマン」こと、マッチレビュアーのせこ氏に考えてもらった。

 ハードスケジュールだったグループステージが終わればW杯は天国である。1日2試合開催であれば寝不足も大したことはないし、1試合に入り込める深さが段違いになる。チームとしての取り組みもGSを通してある程度見えてくるし、そのうえで新たな発見や強豪の本気、そして予想もつかないストーリーが生まれるのだから楽しくないわけがない。そんな決勝ラウンドの戦いで筆者が見つけた5つのトレンドを述べていく。

①プランA→プランA’への作り替え

 「GSをチームとしての幅を広げるために効率的に活用したチームは非常に大きな成果を挙げることができている」

 これは昨年EURO2020の戦術トレンド記事を担当した時に書いた文言である。GSをチーム作りに活用することで躍進した国は今大会でも見られることになった。

 代表格はもちろんアルゼンチンである。サウジアラビアに敗れた初戦はGS最大級の衝撃であったが、あの敗北をリオネル・スカローニ監督はチーム内の序列を組み替える契機にした。

 大きく手をつけたのは前線。2列目が足下にボールを要求する選手だらけだったサウジアラビア戦を踏まえ、スカローニはオフ・ザ・ボールに強みのある選手を重視するように。パサー特化型の振る舞いが目立ったパプ・ゴメス、アンヘル・ディ・マリア(彼の負傷もこの変化をプッシュした一因だろう)に代わり、GSで序列を上げたのはアレクシス・マカリステル。出し手としても受け手としても振る舞え、あらゆるシステムに対応が可能な彼が入ることで局面への対応力は大幅に上がったと言えるだろう。

 FWはラウタロ・マルティネスからフリアン・アルバレスにスイッチ。ラウタロは献身的に動き回るタイプではあるが、アルバレスはより直線的な鋭さを有しているタイプ。準決勝のクロアチア戦での完勝は彼の機動力が大きく貢献した部分である。中盤のエンソ・フェルナンデスも前線にボールを供給することで試合を追うごとに評価を高めてきた。

クロアチア戦でチーム2点目を挙げたアルバレスを中心に、ゴールを祝うマカリステルとE.フェルナンデス

 同じく、こうしたチーム作りの深さが見られたのはオランダである。GSを見る限り、ルイ・ファン・ハール監督の中でおおよそ8人くらいはレギュラーが決まっていたのだろう。流動的な起用が続いていた残りの枠をGSで固めたことで決勝ラウンドでは上積みが見られた。

 オランダの今大会の強みは狭いスペースをこじ開ける2トップ+トップ下のパス交換。所属先のバルセロナで出場機会を失いながらも、GSを通してコンディションを整えたメンフィス・デパイはラウンド16アメリカ戦でさらに凄みのあるパフォーマンスを見せて、この強みの底上げに貢献する。

 もう一つの強みである右ウイングバックのデンゼル・ドゥムフリースを後方から支えたのが、3バックの右に入ったユリエン・ティンバー。ボール保持で押し上げが効く彼がポジションをつかんでから、ドゥムフリースの推進力はより大きな破壊力を有する武器となった。

https://www.youtube.com/watch?v=EnsLjFsBkw4
アメリカ戦でドゥムフリースがお膳立てしたデパイの先制弾

 ただメンバーを入れ替えればいいというわけではないのが、このポイントの面白いところである。GS第2節までに突破を決めたポルトガルとブラジルは第3節で大幅にメンバーを入れ替えた結果、決勝ラウンドで追い込まれた時に決め手となるもう一押しに苦しんだ感がある。おそらく、軸となる選手を過半数は残さないとチームとしての深化は図れないのだろう。大幅なターンオーバーは疲労のマネージメントととしては当然ありだが、まるっと戦力を入れ替えてしまえばまったく異なるチームになってしまう。なお、ターンオーバーを最小限に抑えつつ試行錯誤を繰り返したイングランドは選手を展開によって使い分けるところまで昇華できていなかった印象であり、これはこれで切ない。

 オランダはこの3チームと同じく準々決勝で敗れたが、戦力を余すことなく使い切った感は群を抜いている。準々決勝アルゼンチン戦は圧巻だった。プランAから作り替えたプランA’をあっさりと捨て、「いつ使うんだろう?」と思っていた長身FWを続々投入。リオネル・メッシのW杯をCBフィルジル・ファン・ダイクまで含めたエアバトルで終わらせようという世界中のサッカーファンを真っ青にするプラン変更で優勝国を追い詰めた。結局、敗れはしたが今大会拡大した登録人数と出場人数を一番有効に使ったのはおそらくファン・ハール監督ではないだろうか。

 2点差をつけてもう倒したと思った相手がフォルムチェンジで襲い掛かってきて、アルゼンチンが窮地に追い込まれる姿はさながらSF映画のクライマックスのよう。メッシのヒーロー感が際立ったのは稀代の名悪役であるファン・ハール監督が目の前にいたことも大きな要因だろう。

アルゼンチンに軍配が上がったPK戦後、うつむくファン・ハール監督

②加速する「我慢比べ」

 今大会GSでの最大の特徴は「立ち上がりに強度のピークを持ってくるチームが皆無だったこと」である。いわば、ハイプレスで相手を驚かせるチームが非常に少なく、ボールを持たせる状況をお互いに作りながら試合を進める展開が目立った。ボールポゼッションが勝敗と関係ないという考え方が一般的になって久しいが、この大会ではどちらの方がボールを持ちたいのか?あるいは実際に持っているのか?をそもそも読み取りにくい試合が増えたと言えるだろう。ともすれば、ジリジリとただ時間が過ぎていく試合も珍しくはなかった。

 この傾向は決勝ラウンドでも継続したといっていいだろう。ボールを持たないことで我慢をするという点で際立っていたのはクロアチアである。彼らはフルタイムで唯一勝利を挙げたカナダ戦を除けば、「攻め続けておりあとは点を決めるだけ」という状況を作ることができた時間帯はほとんどない。一つ間違えればあわや敗退というシーンを、この大会のクロアチアは何度も経験してきた。準々決勝ブラジル戦延長後半でワンチャンスを決めた同点シーンが印象深いかもしれないが、ベルギー戦でロメル・ルカクが決定機をフイにし続けなければ彼らの躍進が記憶される大会にはならなかったのである。

クロアチア戦で再三のビッグチャンスをモノにできなかったルカク。エースが決定力を欠いた前回大会3位のベルギーはまさかのGS敗退に終わった

 ただ、サッカーはいくら攻められても得点を取られなければ可能性は続くし、ビハインドも1点差で推移すれば何が起こるかはわからない。そして、そうしたどちらに転がるか読めない状況をことごとく自らに引き寄せてきたのがクロアチアの強さである。終盤でも判断力と運動量が落ちないルカ・モドリッチ、真ん中に蹴り込むPKキッカーたち、そしてPK戦でも氷のように冷静なドミニク・リバコビッチ。我慢した先の戦場で戦える勇敢な戦士たちがそろっているチームだった。……

残り:4,566文字/全文:7,587文字 この記事の続きは
footballista MEMBERSHIP
に会員登録すると
お読みいただけます

TAG

カタールW杯

Profile

せこ

野球部だった高校時代の2006年、ドイツW杯をきっかけにサッカーにハマる。たまたま目についたアンリがきっかけでそのままアーセナルファンに。その後、川崎フロンターレサポーターの友人の誘いがきっかけで、2012年前後からJリーグも見るように。2018年より趣味でアーセナル、川崎フロンターレを中心にJリーグと欧州サッカーのマッチレビューを書く。サッカーと同じくらい乃木坂46を愛している。

関連記事

RANKING

関連記事