恐れを知らないメッシに導かれ、若く誇り高きアルゼンチンが今一度ルビコン川の対岸へたどり着く【オランダ 2-2(PK3-4)アルゼンチン】
翌日更新!カタールW杯注目試合レビュー
一時は2点をリードしたアルゼンチン代表だったが、最後はPK戦の末にオランダ代表を振り切り、彼らにとっての「壁」を乗り越え準決勝へ。まさに死闘となった一戦を、アルゼンチン視点で振り返る。
日本代表が「新しい景色」を求めて「ベスト8への壁」を乗り越えようとしたように、アルゼンチン代表には「準決勝への壁」がある。
2014年W杯準々決勝でベルギーを破って準決勝進出を決めた時、当時の監督だったアレハンドロ・サベーラ(2020年12月に心疾患のため逝去)は「我われはルビコン川を渡った」と言った。ルビコン川とはかつてユリウス・カエサルが軍を率いてイタリア本土に進撃するために渡った川のことで、その際に口にしたと言われる「賽は投げられた」の台詞でもよく知られている通り、この川を渡ることは「後戻りできない、突き進むしかない分岐点を越えること」を意味する。
カエサルが決死の覚悟で渡ったルビコン川は、アルゼンチン代表にとってベスト4に進むこと。サベーラがあの時カエサルの行動を引き合いにしたことは、「準決勝への壁」の規模と、90年大会以来24年間も乗り越えることのできなかったその壁を越えてみせた偉業のほどを証明していたと言っていい。
そして今回、リオネル・エスカローニ監督のチームは、オランダに打ち勝ってベスト4入りを果たし、今一度ルビコン川の対岸にたどり着いた。プライドを賭け、闘志を剥き出しにし、激戦の末にやり遂げた渡河だった。
敵将への反感
決勝トーナメント1回戦のオーストラリア戦までは12日間で4試合というハードな日程だったため、準々決勝前の6日間はアルゼンチンにとって貴重な準備期間となった。選手たちが十分な休息を取ることができたのはもちろん、左太腿の過負荷からオーストラリア戦は欠場したアンヘル・ディ・マリアの回復のためにもだ。
だが同時に、ロドリゴ・デ・ポルの負傷という嫌な噂も飛び交った。結果的にはケガではなく筋肉系の痛みにとどまりプレーに支障はなかったものの、チーム内部だけで扱われていたはずの極秘事項が漏洩したことを重く見たエスカローニ監督は、戦術家ルイ・ファン・ハールに有利となる情報を事前に知られることを危惧。このことからオランダ戦の先発布陣についても、選手たちには試合当日のミーティングまで伝えていなかった。
オランダ戦に向けてエスカローニ監督が選んだフォーメーションは[3-5-2]。自身が尊敬するファン・ハールのチームと同じ布陣であり、オーストラリア戦の後半に機能した形でもある。
先発布陣はGKエミリアーノ・マルティネスと、クリスティアン・ロメロ、ニコラス・オタメンディのCBコンビにリサンドロ・マルティネスが加わった3バック。ナウエル・モリーナとマルコス・アクーニャの両SBがセンターラインに近い位置で構え、ボランチのエンソ・フェルナンデスの両脇にデ・ポルとアレクシス・マカリステル、そして前線にはリオネル・メッシとフリアン・アルバレス。2試合続けてスタートから同じ11人を起用しないのは、もはやエスカローニ監督のトレードマークと言ってもいいだろう。
試合直前のインタビューで相手がオランダと同じ3バックで挑むことを知らされたファン・ハールは「アルゼンチンが我われを恐れていることがわかる」と言い、「それは我われにとって有利なこと。オランダは1年間ずっとこのシステムでプレーしてきたが、他のチームがいきなりこのシステムを再現することは困難だ」とコメント。アルゼンチンでも、使い慣れた[4-3-3]ではなく、あえて相手の鏡となる決断がどのような結果を招くのかが注目された。
またファン・ハールは、試合の前日会見でリオネル・メッシについて聞かれた際に「彼は非常に危険な選手だが、相手がボールを持っている時はあまりプレーに参加しない。これは我われにチャンスを与える」と話したが、これは後にアルゼンチンの選手たちから大いなる反感を買うこととなる。
メッシの活躍で2点リードも、ラストプレーで…
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Profile
Chizuru de Garcia
1989年からブエノスアイレスに在住。1968年10月31日生まれ。清泉女子大学英語短期課程卒。幼少期から洋画・洋楽を愛し、78年ワールドカップでサッカーに目覚める。大学在学中から南米サッカー関連の情報を寄稿し始めて現在に至る。家族はウルグアイ人の夫と2人の娘。