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「たられば」を結論ありきにしない、予測モデルとスペース評価の意味。サッカーデータ分析が踏み込むAI活用の未来(中編)

2026.03.12

フットボリスタ編集部も協力した、2025シーズンのJリーグをスタッツとともに振り返るレポート『J STATS REPORT 2025』が注目を集めたように、ますますファン・サポーターやサッカー関係者にとって、身近な存在となりつつあるサッカーデータ分析。あらためてその現在と未来を、サッカーのプレー評価やスポーツに関わるAI技術を研究する名古屋大学の藤井慶輔氏に、前中後編の全3回に分けて読み解いてもらった。中編ではAIによる予測を軸に、得点や危険度、次のプレーといった「起こりそうな未来」を確率として扱う考え方を紹介しながら、「たられば」を結論ありきにしない物差しの作り方について考える。

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 「今のシーン、縦にパスを出せた」「いや、危ないからやめたのが正解だ」 ――サッカーの議論はいつもこのような平行線をたどる。両者ともに「起こったこと」だけを材料に、存在しない「もしも」「たられば」を根拠にして結論を奪い合うからである。映像を止めて根拠を述べようにも、熱くなった議論と冷静になって見えてきた他の選択肢によって正解は揺らぐ。ゆえに、「何が起こり得たか」を予測し未然に防いだ価値を測る物差しが必要である。これがあれば、かつて林陵平氏が「危険な場所を消すのが、天才的にうまい」と評したリバプールのフィルジル・ファン・ダイクも理解できよう。2018-19シーズンのプレミアリーグ第32節トッテナム戦や2023-24シーズンのプレミアリーグ第28節マンチェスター・シティ戦で見せた対峙する相手から選択肢を奪うことで「もしも」「たられば」の可能性を物理的に消滅させた守備。このファン・ダイクの位置取りがどの選択肢を消したかという予測と比較の物差しがあれば、幻さえも見ることができる。

 本稿の前編で扱ったのは、データと分析を民主化するための、サッカーデータ分析の共通言語についてである。次に必要になるのは「比較や議論を行うための物差し」である。中編は、その物差しをどう作るか、という話だ。結論から言えば、鍵になるのは「予測」である。ただし、ここでの予測は「未来を当てること」が目的ではない。選択肢を比べることが目的である。

サッカーの本質は記録されない「意思決定の分岐」である

 サッカーのプレーは分岐の連続でできている。受け手の立ち位置が半歩違えば、出せるパスレーンも変わる。相手の守備が一瞬だけ遅れれば、侵入の経路が開く。逆に、守備が遅れないなら同じ判断はパスを奪われる危険に転じる。だが我われが観測できるのは、様々な分岐のうち実際に選ばれた1本だけだ。選ばれなかった選択肢は、現実の世界では起こらなかったので、データとして残らない。サッカーの議論が結果論に傾きやすいのは、良し悪しの判断が結果に引っ張られるからだけではない。比較対象となる「もう1つの未来」が観測されない、という構造的な理由があるためである。

 この構造は、分析の形を決めてきた。起きた事象を集計し、相関を取り、改善点を抽出する。もちろんそれは重要だが、それだけでは届かない問いも存在する。とりわけ、ハイプレスや守備のラインコントロールのように「事象を起こらせない」ことが価値になる局面、あるいはオフ・ザ・ボールのようにイベントとして記録されにくい局面では、起きたこと、記録できたことだけを追うほど本質から遠ざかる。得点・失点という希少事象に頼るほど、偶然の影響も大きくなる。そこで必要になるのが、起こらなかった選択肢を「同じ条件で」で比べるための参照点である。

 予測と聞くと、「未来をどれだけ正確に言い当てるか」という競争を思い浮かべがちで、確かにベッティングなどでは重要だろう。だがここで考えたいのは、未来予測ではなく、比較可能性である。サッカーに単一の絶対指標は存在しない。相手がいる以上、同じ確率のプレーでも相手のフォーメーションや選手の特性で無効化され得る。だからこそ、予測は判定器の役割というより参照点として使ったほうがよい。重要なのは、「この選択が正解か」ではなく、「この選択は他の選択肢に比べて、何をどれだけ増やし、何をどれだけ減らしたか」を明確な基準で語れることである。

 この発想を最も広く浸透させたのがxGである(様々な定義があるが、例えば再現できる実装は[1]にある)。シュートがゴールになる確率を推定し、入った・入らなかったという一回性から「シュートの質」を分離した。そこで起きた変化は、単に指標が普及したことではない。会話の形が変わったことだ。「シュートを外したからダメ」「入ったからOK」から、「この試合ではどれくらいゴールが期待されたか」へ、結果に飲み込まれていた議論に、比較の軸が入ったことになる。ただし、xGは入口に過ぎない。サッカーの勝負は、シュートに至るまでの判断と配置の積み上げで決まることが多い。1本の縦パス、受け手の数mの立ち位置。そこに価値を与えるには、シュート以外の行動が将来の得点・失点確率をどう動かすか、という視点が必要になる。

得点確率が動く瞬間を「行動価値」として計算する理由

 2019年にDecroosらによって発表されたVAEP(Valuing Actions by Estimating Probabilities)[2]のような行動価値の枠組みは、まさにこの延長線上にある。考え方はシンプルである。イベント(パス、ドリブル、ボール奪取など)が起きるたびに、「この先に得点する確率」「この先に失点する確率」が変化する。その変化量を行動の価値として捉える。すると、冒頭の会話が「映像の印象」から「定量的な比較」へ移る。

 縦にパスを入れる選択肢は得点確率を増加させやすいが、同時に失点確率も増加させるかもしれない。横にパスを出すのはどちらも変化は小さいだろう。ここで重要なのは、どちらかを一方的に正しいと断じることではない。状況、スコア、時間帯、チームの狙いによって、許容すべきリスクは変わる。そのためここで知りたいのは、「この局面でのトレードオフを定量的にしたい」ということである。得点確率の変化から計算される行動価値は、そのための言語になる。

 さらにこの視点は、守備の議論にも有効である。守備を失点だけで評価するのは、機会が少なく偶然の影響を受けやすい。そのため守備は、より頻繁に観測できる現象、例えばボール奪取やペナルティエリア被侵入といった「起こりかけた危険」に着目したほうが、分析は安定し、改善に直結しやすい。筆者の研究室からは、その2つの事象をそれぞれ予測し、その差分で守備の価値を表す方法を提案した[3,4]。そうすると、「失点したが悪い守備ではなかった」「失点していないが危険だった」という、失点の有無という二値ではない議論ができる。結果を否定するためではなく、結果に飲み込まれないための補助線として、このように予測を使うことができる。

守備の状態を評価する手法[3]により、攻撃側のイベント系列(パス、トラップ、シュートなど)に対して、各アクションの価値を数値として割り当てる例。左はイベントごとのスコア、右は同じ連続プレーをピッチ上に重ねて、どの判断が価値を増減させたかを直感的に示している

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Profile

藤井 慶輔

名古屋大学大学院情報学研究科 准教授。主にスポーツ科学と機械学習の研究に従事し、両領域での論文や受賞多数。2025年、令和7年度文部科学大臣表彰 若手科学者賞を受賞し、著書 Machine Learning in Sportsが発刊。京都大学にて博士号取得後(人間・環境学)、理化学研究所革新知能統合研究センター研究員などを経て、現在に至る。【X: https://x.com/keisuke_fj】【note: https://note.com/keisuke_fj】【HP:https://sites.google.com/view/keisuke198619jp】

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