【対談前編】西部謙司×河治良幸:森保ジャパンの“塩試合”は自作自演。「均衡を作る」のがW杯の勝ち方
『戦術リストランテⅦ「デジタル化」したサッカーの未来』の刊行を記念して2月17日にブックファースト新宿店でトークイベントが開催された。テーマは「カタールW杯とサッカーのデジタル化」。W杯を現地取材した河治良幸氏をゲストに迎え、本書著者の西部謙司氏と約2時間にわたって語り尽くした。
前編では、「デジタル化」したドイツとスペインが苦戦した理由、そして日本代表の「デジタル破り」を掘り下げる。
司会:浅野賀一(footballista編集長)
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デジタル化は「手段」であって「目的」ではない
――今回のトークイベントでは、本書のメインテーマであるサッカーのデジタル化に絡めつつカタールW杯を振り返り、後半では第二次森保ジャパンがこれからどうなっていくのかについて語っていけたらと思っています。まずは1つ目のテーマであるカタールW杯の振り返りについて西部さんからお願いします。
西部「月並みな言い方にはなりますが、ピッチ外での社会的な問題が目立った割には、盛り上がった大会だったのではないでしょうか。ただ、優勝したアルゼンチンはPKの連続で勝ち上がっていますし、運の要素もありましたよね。それでも、クオリティの高いプレーが見られた大会だったと思います」
河治「個人が輝いた大会でしたよね。開催国のカタールは本戦に向けてしっかりと組織作りに注力していたチームの1つでしたが、そんなチームを個が打ち破る展開が多かったと思います。組織として過剰に型にはめるのではなく、個を生かす戦術が有効であることを再認識させた大会だったなと感じました」
――ペップ・グアルディオラから始まったポジショナルプレーは戦術のパラダイムシフトでした。西部さんはそれを本書の中で「デジタル化」と名付けていましたが、今回のカタールW杯では必ずしもデジタル化したチームが好成績を残したわけではありませんでした。そこについてご意見を聞かせください。
西部「デジタル化の象徴はポジショナルプレーで、ポジショナルプレーは5レーンに選手をバランス良く配置する合理的な考え方ではありますが、大事なのは“その間”だったと気づかせてくれる大会でした。とはいえ、どのチームもデジタル化していて、デジタル化が一般化する流れは今後も変わらないでしょう。本の中でもカーナビの話をしましたが、カーナビによって地図を見る能力が下がるからといって、カーナビを使わない人は相当の変人だと思います。デジタル化とは『整理できる』、『一般化できる』、『便利である』という3点で説明できます。便利なものを捨てる人はあまりいませんよね。ただ、デジタル化すれば試合に勝てる、デジタル化の完成度で勝敗が決するほどデジタル化は発展していません」
――そんなデジタル化を突き詰めたチームが、グループステージで日本と対戦したスペインやドイツだったと思います。
西部「だから、スペインやドイツはダメなデジタル化を進めたチームの象徴になってしまいましたよね。例えば1、2、3と連続する数字があったとして、実際のサッカーのピッチ上では1.5や2.5のような数字の間を埋められる柔軟性が必要だけど、彼らにはそれがなかった。だから、好成績を残すことはできなかった」
――それでも、スペイン対ドイツはハイレベルなゲームでした。両チームともクオリティが高く、学べることも多くあった。ただ、チームの完成度の高さと試合に勝つことの間にはギャップがあったというか、両国の早期敗退はなかなか考えさせられる結果でした。
河治「ポジショナルプレーの考え方でいうと、デジタル化という選択肢をそもそも知らないか、知っていてやらないかは別だと思います。それこそ森保一監督は知識がありながら、あえてチームをデジタル化していなかったように見えました。デジタル化の反対側に立つメリットもわかっている人です。例えば、さっきの車の運転の例でいうと、慣れない道をレンタカーで運転している時に予想外な出来事に遭うとフリーズしてしまうんですよね。どう進むべきかをカーナビに頼ってしまっているから。デジタル化の反対を目指すチームは、どうやってそのアクシデントを起こすかをデジタル化への対策としています。今は相手のデジタル化を把握した上でプレーすることができるので、デジタル化に対抗することは簡単になってきていますよね」
西部「逆に言えば、今多くのチームが実践しているデジタル化は、まだ大雑把だとも言えますね。デジタル化に対抗する守備で多く見られるのは5バックです。5レーンにそれぞれ選手を並べ、スペースを埋めることが効果的で、攻撃側はあの手この手で崩しにかかりますが、その攻略法のデジタル化にはまだ成功していません」
――スペインやドイツが苦しんだように、5バックでゴール前を固めてくるチームに対しては総じて回答がなかったと言えるかもしれませんね。
西部「実は答えはあるんです。すでに工夫しているチームもあります。けど、それはまだ理論化されていません。一般的に答えとされるのは、なるべく早くパスを回して、サイドにフリーマンを作ってそこから攻撃する方法ですけど、そうじゃない選択肢を持っているチームはメッシがボールを持った時のアルゼンチンだったり、ネイマール、ルーカス・パケタ、ロドリゴが絡んだ時のブラジル、ポルトガルやカウンター時のモロッコもそう。そういったチームは総じて今大会で好成績を残せている。対して、今の大雑把な性能のデジタル化に頼ったドイツやスペインは結果を残せなかった」
“塩試合”に隠されていた森保監督の優れた大局観
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Profile
浅野 賀一
1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。