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全員出場は理想ではなく最低条件 育成年代の「出場機会」問題

2019.10.02

中野吉之伴の「育成・新スタンダード」第2回

ドイツで15年以上にわたり指導者として現場に立ち続け、帰国時には日本各地で講演会やクリニックを精力的に開催しその知見を還元。ドイツと日本、それぞれの育成現場に精通する中野吉之伴さんが、育成に関する様々なテーマについて提言する。

第2回は、前回取り上げた「休み」の問題とも密接に関係する育成年代での「出場機会」問題について。育成大国と呼ばれるドイツでの実例と、その根底にある考え方をお伝えする。

 子どもたちが試合に出られるために必要なことって何だろう?

 主力選手←レギュラー選手←控えメンバーだけど途中交代で起用される←控えメンバーでほとんど起用されない←メンバーに入れない。

 図式化するとこんな感じだろうか。試合に出るためには並み居る競争を勝ち抜き、ポジションを獲得する。そのために各自努力をし、這い上がってくることを要求される。とかく日本では「練習を頑張る⇒うまくなる⇒試合に出る資格を得る」という図式を乗り越えなければならない、という考え方が一般的なのかもしれない。

 ここにみなさんは違和感を覚えないだろうか? 私はとても感じている。

 子どもたちが試合に出ることに資格などいらない。そうではなく、試合に出るというのは、所属している選手みんなにある権利だ。そして子どもたちの成長には十分な出場機会が必要というのは、育成における考え方の何よりのスタート地点だ。

 そもそも、なぜ子どもたちはグラウンドに集まってくるのだろう? もちろん、それぞれにそれぞれの思いがある。友達と一緒の時間を過ごしたい。体を動かすのが好き。家にいると退屈。加えて現実問題、子ども本人がやりたくてサッカークラブに来ているのか、親にやらされているのかというテーマもある。ただ、話がぶれてしまうので今回はその辺りに関しては割愛したい。

 いずれにしても、多くの子どもたちが抱いている思いは、「サッカーがしたい」からではないだろうか。そして彼らの願うサッカーというのは、みんなと同じユニフォームを身にまとい、同じピッチに立ち、仲間と協力して、支え合って戦える、試合という舞台ではないだろうか。そこでチームの一員として貢献して、願わくば勝利を一緒に分かち合いたい。もし負けたとしても、全力で戦った仲間同士励まし合いたい。そうした時間と環境が、子どもたちには何よりも大切で、だからこそまずは整理されなければならないところなのだ。

 どうも日本ではやるべきこと、やらなければならないことが先にきていることが多いのではないだろうか。もっと強くなるために、もっと勝てるようになるために。それが先にきてしまってないだろうか。だから気がつくと、あれもやれるし、これもやっておかないとあたふたする。だから一度、子どもたちにはどんな時間が必要か、落ち着いて考えてみよう。

ドイツの“小学5年生”の場合

 一例として、ドイツで暮らす日本でいう5年生になったとある日本人の男の子がどんな生活をしているのかを紹介してみる。ちなみにドイツでは小学校は4年生まで。その後は進路に応じた学校に通うことになる。受験はない。学校からの推薦と三者面談である程度の方向性を固めていく。とはいえ、10歳の段階で多くを予見することはできないし、すべてが子どもに合うわけでもない。勉強がそこまで好きでもない子が、将来大学入学資格所得を目指すギムナジウム(日本風に言えば小5から高校3年生までの一貫進学校だろうか)に通っていたら、さすがにどこかで無理が出る。そうした背景もあり、最近では途中編入もだいぶ頻繁に行われるようになってきた。

 さて5年生のギムナジウムだと授業は1時間目が7時50分から始まり、13時から14時まで。時間割によって終わりの時間は違う。その他のスケジュールとなると、週に1度ドイツ語の補修コース2コマ、日本語の補習校での授業が2コマ、そして週に2回サッカーのトレーニング(90分ずつ)と週末に30分ハーフの試合が1度。以上になる。

 どうだろう? 僕は正直これだけで、彼のスケジュールは相当大変だと思う。そんなことを言うと、「いや、そんなことはないだろう? まだ結構スカスカなんじゃないか? 全然厳しくないよ」という指摘もあるかもしれない。

 「スカスカ」という見方をするということは、これらの定められたスケジュール以外の時間が空いているというふうに捉えているからだろう。だが、それ以前にまず、子どもたちの成長にとって必要な要素をしっかりと考慮することが大事なのだ。

 学校やクラブに通うに際する移動時間や帰ってから宿題に費やす時間はもちろんのこと、十分な睡眠時間、ゆっくりできる食事時間、一人でぼーっとする時間、兄弟や家族でくつろぐ時間、テレビゲームをする時間、友達と遊ぶ時間と、そのすべてが大切で、成長には欠かせないとても重要な時間になる。

 これらの時間を十分に確保したうえで、学校生活、家庭での行事をしっかり優先して考えると、小学生がサッカーに費やすべき、費やせる時間とは、やはり週に2、3回のチーム練習(90分)+週末の1試合が適切ではないだろうか。少なくとも欧州ではそうした考えでとらえられている。空いた時間を使って子どもたちが“サッカーで遊ぶ”のは負担にはならないし、自由に楽しめる環境は欠かせないのだから、それを禁止する必要はない。日本における学校のあり方、スポーツのあり方、時間の使い方に関する考え方・捉え方も違うものだろう。そうだとしても、そうした子どもたちの時間の過ごし方に関してはしっかりと熟考させなければならない。

トレセン参加選手の親の心配

 僕は今季、元ブンデスリーガクラブのフライブルガーFCというクラブでU-13監督を務めている。U-13は2007年生まれの子どもたちだ。こちらの学校は9月スタートなので、日本でいう小学校6年生~中学校1年生年代にあたる。地元では強豪クラブの一つで、うちからブンデスリーガクラブのSCフライブルクに移籍していく育成選手は多い。今のU-13チームにもトレセン所属選手が7人ほどいる。彼らの両親とは密にコミュニケーションを取ってことあるごとに話をしているが、みんなこぞって言うのは「クラブの練習の他にトレセンの練習参加は負荷が高過ぎるんじゃないか」ということだ。

中野さんが指導するフライブルガーSCのU-13チーム

 あるお父さんは、「正直スケジュールが大変過ぎると思うんだ。トレセンに参加できることは素晴らしいことだと思うが、だからと言って週に3回やっているクラブでの練習に加えて、となると考えなければならない。練習の質は正直、クラブの方がいいと思うから、トレセンの方は辞退しようかというのも考えている」と打ち明けてくれた。トレセンがどうこういう話ではない。選出されることはもちろん素晴らしいことだと思う。でも、やり過ぎたら潰れてしまう。

 今できているかどうかではなく、その大変さをあと10年、20年続けることができるのかという視点が必要なのだ。だから、練習時間が多ければ多い方がいいわけではなく、所属先がどこであるかが大事ではない。子どもたちの成長に大切なのは、立場の平等ではなく、機会の平等なのだ。ない時間を作るために、他を犠牲にし続けるのではなく、他を犠牲にしなくても済むようなスケジューリングを考えることが大事なのだ。だからこそ、チームやクラブにおける年間試合数や頻度もそうした点を考慮して決められなければならない。全員出場というのは理想なんかではなくて、そのための最低条件なのだ。

 うちのクラブでは、U-13までは全選手を最低でも全試合数の半分以上に出場させる。さらに、リーグ戦ではSCフライブルク、アイントラハト・フライブルクという強豪2クラブとの対戦がホームアンドアウェイで計4試合あるのだが、うちのU-13チームにとってハイライトに当たるこれらの試合のうち、各選手を必ず2試合で起用するというのが明文化されている。大事な試合だから、選りすぐりで臨むのではない。大事な試合だからこそ、みんなが出られるようにこちらが準備をするのだ。

 今季、僕らコーチングチームはこの各選手の出場試合数をさらに増やし、全選手がシーズン中に18試合から19試合のリーグ戦に出場できるように調整するつもりだ。もちろん出場はご褒美ではない。トレーニングにおけるパフォーマンス、立ち振る舞い、成長具合などをチェックしながら、誰をスタメンで、誰をどのくらい起用するかを考えていく。でも、だからと言って抱えている選手が試合に出れないという事態はあり得ない。

 前回のコラムで休むことの重要性について書いたが、日本だと「オフを増やすと、出場機会を確保することが難しい。よく試合に出る子とあまり出られない子がいる状況は変わらない」という話も聞く。だがなぜ、そもそもそんなふうに分けられてしまうのか。ドイツではメジャースポーツでも、どんなマイナースポーツでも、まず整理されるのがリーグシステムだ。集まった子供たちが可能な限りみんな出場できるような仕組みを作る。才能ある選手を育てるためだとか、選抜して勝ちを目指すだとかを理由に一部の子どもにしか目を向かないというのは、そのスポーツにおける将来の芽を潰してしまうことに他ならない。

 ドイツにおいても才能ある子どもたちが集まるクラブ同士がより拮抗したリーグができるようにと、ブンデスリーガの育成クラブ同士で私設リーグをスタートさせたりしている。だが、それは基盤となる試合のシステムとリーグのあり方が整理されているからこそ、意味のあるものになるのではないだろうか。現在、U-13であれば1~3部のリーグシステムが整えられている。1部リーグは日本で言う都道府県リーグの枠内だ。だがこの枠を飛び越えて、例えば関東リーグを作ったり、全国大会を行おうとはしない。なぜか。それは、移動距離・時間が増え、環境が変わり過ぎるというデメリット、そして、大会・リーグ規模が大きくなればなるほど、そこへ本来不必要な過度な競争意識や勝負へのこだわりが生じてしまうからだ。子どもたちが受けることになるストレスが、彼らの成長にマイナス影響を及ぼしてしまう。強過ぎる刺激は、将来的な伸びしろを潰すことになり、好奇心や向上心の持続や発展を麻痺させてしまう。

 強化とは、子供の適切な成長へのアプローチなくして行われてはならないのだ。彼らに必要な彼らの時間、彼らの環境は絶対に考慮されなければならない。12歳が育成のゴール地点ではないし、19歳になった時に成長が止まってしまうのも間違いだ。そこからさらに選手として、そして一人の人間として成長できるようになるための下地を作るのが、育成年代で取り組まなければならない最も大事なテーマではないか。だからこそ、ここまで挙げてきた前提条件を大事にしたうえで、ではどうすればより最適な試合環境でリーグをすることができるのかを考えることが正しいアプローチなのだ。順番が逆になってはならない。

 日本の育成において過密日程が深刻化し、リーグ戦がリーグ戦の役割を果たしていないのが問題なら、年間スケジュールを整理しなければならない。リーグ戦が1日2試合行われていたら、それはもうリーグ戦のあり方から遠く離れてしまっている。歴史ある招待杯やフェスティバルをおざなりにするつもりはないし、これまでの日本サッカーに貢献してきた大事な大会であることは重々承知だ。それでも、本来子どもたちのために生み出されたはずの大会が、子どもたちの負担になってきてしまっているのだとしたら、そろそろ変革の時期ということではないだろうか。最適な試合数、最適なレベル分け、最適な移動距離。誰かのためではなくて、そのスポーツを愛する子どもたちが当たり前の権利を手にできるためのシステムが確立されなければならない。


Photos: Getty Images, Kichinosuke Nakano

Profile

中野 吉之伴

1977年生まれ。滞独19年。09年7月にドイツサッカー連盟公認A級ライセンスを取得(UEFA-Aレベル)後、SCフライブルクU-15チームで研修を受ける。現在は元ブンデスリーガクラブのフライブルガーFCでU-13監督を務める。15年より帰国時に全国各地でサッカー講習会を開催し、グラスルーツに寄り添った活動を行っている。 17年10月よりWEBマガジン「中野吉之伴 子どもと育つ」(https://www.targma.jp/kichi-maga/)の配信をスタート。