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チーム登録問題を一例に考えるグラスルーツ環境改善への道標

2019.12.03

中野吉之伴の「育成・新スタンダード」第4回

ドイツで15年以上にわたり指導者として現場に立ち続け、帰国時には日本各地で講演会やクリニックを精力的に開催しその知見を還元。ドイツと日本、それぞれの育成現場に精通する中野吉之伴さんが、育成に関する様々なテーマについて提言する。

第4回は、「グラスルーツ」の意味と伝統国ドイツにおける変化の胎動、先日公表された第2回JFAグラスルーツアンケート調査結果が浮き彫りにした、日本で根強く残る課題の一つ「チーム登録問題」について論じる。

 2014年に日本サッカー協会は「Football For All サッカーを、もっとみんなのものへ。」というスローガンを掲げて、「JFAグラスルーツ宣言」を行った。「引退なし」「補欠ゼロ」「障がい者サッカー」「他スポーツとの協働」「施設の確保」「社会課題への取り組み」というどれも興味深いキーワードを挙げながら、グラスルーツにおける現状調査が進められている。

 グラスルーツとは「グラス=草、ルーツ=根」という直訳から日本語では「草の根」と訳されることが多い。そしてグラスルーツ普及というとまず、幼稚園・保育園児など小さな子どもたちにサッカーと知り合える環境を提供して、どんどん好きになってもらおうという活動が、比較的よく思い浮かばれがちだ。

充実ぶり、成熟ぶり=寛容さ

 もちろんそれも大事な活動ではあるが、そもそものところグラスルーツの対象となるのはそのスポーツをやりたいと思う一般市民全員だ。誰でも、誰とでも、どこでも、いつでも楽しめるというのがサッカーが持つ最大の魅力の一つ。それは一部の誰かにだけ許された特権ではない。プロリーグを頂点としたピラミッド図で見た時、底辺にあたる層におけるサッカー環境のあり方こそが、その国のサッカー文化の充実ぶり、そして成熟ぶりを何よりも色濃く物語る。ここで問われる充実ぶり、成熟ぶりとは試合のレベルそのものではない。寛容さだ。受け入れる心だ。いわゆるバリバリサッカーに取り組んできた「エリート選手」ではなくても、多少サッカーをかじってましたという人であっても、運動はどちらかというとちょっと苦手という人であっても、分け隔てなく生涯にわたってサッカーに関わり続けることができる、というのが本来普通のことなのだ。

 僕が暮らすドイツをはじめ、ヨーロッパ諸国はサッカーの歴史が深いとされている。確かに周りを見渡しても創立100年以上のクラブがわんさかある。そういえば、僕の息子たちがプレーする小さな村クラブは来年実に創立120周年を迎えるのだが、1年中イベントを開くんだとその準備でずっと盛り上がっている。誇らしげに話をする友人指導者を見ていると、こっちもうれしくなる。

 サッカー大国とは歴史が違うと誰かが言う。そうかもしれない。でもそれなら、どのように歴史が成り立ってきたかを知る必要がある。どの国もいろいろな変遷をたどって今があるのだから。ドイツ人は新しいことに抵抗を示す。習慣にあるものをそう簡単に変えて、確信のないものを受け入れようとはしない。だから新しいものを始めようとするとものすごく反発する。でも、そうした伝統を大切にする一方で、より良くなるための取り組みを積極的に導入しようとする人も必ずいるのだ。

ドイツの育成で起こっている変化の兆し

 先日ケルン近郊にあるヘネフスポーツシューレで、ミッテルライン地方サッカー協会の育成責任者オリバー・ツェッペンフェルトさんに話を伺う機会があった。ドイツでは協会を中心にここ最近、幼少期のサッカー環境を根本から変えようという非常に積極的な動きがある。幼稚園児や小学校1、2年生年代のサッカーは、ドイツ全体で見たらまだまだ7対7で行われているところが多い。でも、年代別特性や子どもたちの発達段階を研究すれば、それが適した形ではないことは一目瞭然だ。サッカーと知り合う最初の段階では、より少人数でのサッカーでみんながボールとゴールに関われる形にするべきだというのはわかっている。もっと前から何とかしたいという思いはあったが、焦って動き出したら台なしになってしまう。見切り発車では信用を勝ち取ることができない。

 「私たちは徹底的にいろんなことを調べました。7対7におけるデータを細かく収集し、どこに問題点があり、どうすればそれが改善されるのかを分析したんです。例えば、7対7では特定の選手ばかりが試合に関わっている。それをただ私たちの主観としてだけ伝えるのではなく、具体的な数字を提示することで、より納得してもらえるように準備しました。地元の指導者に集まってもらえる機会を作り、直接伝えるようにしています。協会はクラブやチームの活動をサポートする立場にあります。上にいるわけではない。自分たちが持っているノウハウを提供することで、現場がより良くなるために関わっていくことが大切だと思っています」

 反発されることはわかっている。だからと手をこまねいているわけにはいかない。実際にピッチで困っているのは子供たちなんだ。そして子供たちがもっと楽しく、もっとのびのびとサッカーと向き合うことができるようになったら、自分たちのサッカー環境はもっと素晴らしいものになる。だからどうすれば心に響くのかを考え、辛抱強く何度でもアプローチしていく。

 何のために協会は存在するのか。その意義は自分たちで作り上げていかなければならない。

ヘネフスポーツシューレで開催されたユースコーチ会議の様子

「新規登録拒否」は聞いたことがない

 先日、第2回JFAグラスルーツアンケート調査結果が発表された。その最後にローカルルールに対するアンケート結果が記載されていたが、現場ではまだまだ問題がたくさんあるということがあらためて浮き彫りになっている。日本サッカー界の不明瞭さが、一番濁ったまま漂っているという印象さえ受ける。

 一つ例を挙げると、設立したばかりのサッカークラブはその地区のサッカー協会に登録することが非常に困難という「登録問題」がいまだに全国的に多発している。

・チームから排除されたコーチを中心にサッカークラブを立ち上げたが、受け入れてもらえない。登録させないようにと裏でいろいろと大人が動いている

・地区のサッカー協会に登録できないと、その地区の大会だけではなく、さらに市の大会にも参加できないんです

・登録に向けて指導者もライセンスを所得しいろいろと準備や段階を踏んできましたが認めてもらえません。無加盟なままチーム活動をしていますが、公式戦に出場することができません

・支部の活動に参加するなど努力しているが、いまだに登録を認めてもらえない

 これらはあくまでも一部の声だ。日本で実際に指導者や保護者の方々と話をすると、もっといびつなやり取りもあるという。許可認定されないチーム同士でリーグ戦を行ったりしているが、それにも限界がある。県のサッカー協会に登録するためには、地区のサッカー協会に常任が必要というのもよくわからない。大人の事情だけが理由で、つまはじきにするというのはあまりにも度量が狭い話だ。そもそもそんなことをする人を大人とは言わない。子供のケンカの方がよっぽど正々堂々としている。そこで得られる小さな優越感のために縄張り争いをするというローカルあるある。ある意味日本っぽいが、ちょっと冷静に事象を見てみないか。それ、誰も得しない。

 もちろん、真面目に地域のことを思って活動されている役員の方もたくさんいる。おそらく協会側にも事情はあるのだろう。予算的に潤沢なわけではなく、ほとんど無償で活動されている方も多い。グラウンド事情、リーグ戦の整備などを統括するのは簡単な仕事ではなく、これまでの事例を踏襲することが悪いわけなわけではない。

 でも、それでは何のための協会であり、何のためのサッカーなのか。

 ここの解釈がぶれてしまうと、結局ただの自己満足の域を超えないのだ。市町村などの地区サッカー協会の人たちの多くは、地元のサッカーを良くしようと、地元の子どもたちがもっといい選手になれるようにと願い、熱い思いを持って取り組んでいるはずだ。だからこそ、様々な「フェスティバル」「交流戦」「○○杯」といった遺産が生まれた。試合環境がまったくなかったかつての時代に、先人たちが作り出した大事な大会の数々だ。敬意の思いを忘れてはならない。

 だが、世の中は、時代は変わってきている。様々な分野で研究が進み、より良い環境を作り出すための情報もすぐに手に入れることができる。だからあらゆることを丁寧に精査して、何が必要で、何をすべきかを考えなければならない。それぞれの協会・組織の管轄をいま一度整理して、やるべきことを整理して、役員の仕事をシンプルにすることが求められる。地区リーグと市区町村リーグと都道府県リーグがバラバラの仕組みと関係性でやっていてうまくいくはずがないのは、誰が見てもわかる話だ。ここを明瞭化するだけで、グラスルーツの環境は飛躍的に良くなる。そして、地域サッカーの将来のためにならない役員は勇気を持って断つべきだ。上記のような「ローカルルール」を悪用しているならば、それだけで十分な理由になる。

 そもそも、協会に登録チームを選ぶ権利はない。地域の活性化に飾られたドンはいらない。ヨーロッパで、新規登録を断られるなんて話は一度も聞いたことがない。同じサッカーファミリー。なぜ阻害しなければならないないのか。条件を満たしたクラブ・チームをすべて受け入れ、それぞれの地域と年代に応じたリーグ戦のシステムを作り上げるのが本来あるべき姿のはず。難しいことでも不思議なことではなく、ただ当たり前のことではないか。そしてできるだけ多くの指導者が育成を受けられるようにスケジュールを組む。クラブ、少年団の運営・経営をサポートするための講習会を開く。そうした基盤作りが必要なのだ。地域のサッカー協会だけで重荷ならば、日本サッカー協会がスタッフを派遣するくらいはどんどんしてほしい。そうなったら毎年チーム・選手・指導者登録費を払うことに抵抗を覚える人も少なくなるはずだ。

「日本では難しい」
「うちの地域ではちょっと」

 そういうことではない。難しいからやらないのではない。必要だから、大切だからやるのだ。それがどれだけ自分たちのプラスになるかをわかっていれば、どれだけ難しかろうが、いや難しければ難しいからこそ、そのためにどうすればいいかを突き詰めていくのがこれ以上ないチャレンジなのではないか。どれだけ立派な思想も、動かなければ変わらない。どれだけ勇猛な行動も、理念がなければ暴走してしまう。サッカーと一緒だ。子どもたちにピッチ内で勇敢なプレーを求めるのであれば、既存の不確かな常識に縛られずに、毅然と立ち向かう大人の背中を見せてやろうではないか。

中野吉之伴の「育成・新スタンダード」


Photos: Bongarts/Getty Images

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Profile

中野 吉之伴

1977年生まれ。滞独19年。09年7月にドイツサッカー連盟公認A級ライセンスを取得(UEFA-Aレベル)後、SCフライブルクU-15チームで研修を受ける。現在は元ブンデスリーガクラブのフライブルガーFCでU-13監督を務める。15年より帰国時に全国各地でサッカー講習会を開催し、グラスルーツに寄り添った活動を行っている。 17年10月よりWEBマガジン「中野吉之伴 子どもと育つ」(https://www.targma.jp/kichi-maga/)の配信をスタート。

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