FEATURE

ペップの魔改造ではなくディナモの指導方針にヒントがある。万能DFグバルディオルを育んだ「“措置”と“自由”」とは?

2025.04.22

「対応力」とは何か#2

サッカー戦術の高度化に伴い、攻守の可変システム、ビルドアップvsハイプレスの攻防など駆け引きの複雑性が増しており、ピッチ上の選手の「対応力」がより問われる状況になってきている。そもそも「対応力」とは何なのか? ピッチ上でチームの意思を統一するには何が必要なのか? そして「対応力」のある選手を育てるにはどうすれば良いのか? 様々な角度から考えてみたい。

第2回では、23歳にしてCBから偽SBにウイング化までこなすヨシュコ・グバルディオルに注目。ポジションに囚われない万能DFを生み出すヒントは、マンチェスター・シティのペップ・グアルディオラ監督が施した魔改造ではなく、ディナモ・ザグレブの育成指導者たちが掲げる方針にあった。

左SB起用はペップの魔改造でもダリッチの発明でもない

 2023年8月、DFとしては破格の移籍金9000万ユーロでマンチェスター・シティに加入したヨシュコ・グバルディオル。前所属のRBライプツィヒではもっぱら3バックや4バックのCBでプレーしていたが、ジョセップ・グアルディオラ監督が左SBとして彼を起用した途端、日本のシティズンは「ペップの魔改造」と言い出した。カタールW杯のラウンド16で日本を破り、最後は3位に輝いたクロアチア代表において、CBのグバルディオルが抜きん出たパフォーマンスを披露した印象も強かったからだろう。

 しかし、「魔改造」とはあまりに大げさだ。攻撃時にウイング化したり、偽SBとして中盤に加わったりするペップならではのメカニズムにうまく順応したとはいえ、2020-21シーズンのディナモ・ザグレブで彼に与えられたレギュラーポジションは左SBだった。

2020-21シーズンのクロアチアカップを手にするグバルディオル。2冠達成・ELベスト8の同シーズンは公式戦40試合に出場し、うち28試合は左SBとして先発した

 クロアチア代表を率いるズラトコ・ダリッチも、「グバルディオルの左SB起用」をまるで自分が発明したように吹聴している。EURO2024の代表集合日の監督会見で「グバルディオルはEURO2020のイングランド戦で左SBとしてデビューしたのに(※正確なデビュー戦は開幕直前のベルギーとの親善試合)、グアルディオラが称賛される一方、私は批判されている」と自国記者に不平を漏らした。開幕前の監督会見では(事情を知らぬ)外国人記者から「グバルディオル左SB起用のパイオニア」のように持ち上げられると、「ありがとう、それを指摘してくれた人はあなたが初めてだ!」と大いに喜んだ。

 新型コロナウイルスの世界的流行により1年遅れで開催されたEURO2020は、感染症の影響を考慮してチームの登録人数が23人から26人へと拡大。ダリッチ監督がグバルディオルを初めてA代表に招集したのは、急なルール変更の恩恵を受けたからに過ぎない。デヤン・ロブレンドマゴイ・ビダといったベテランを寵愛する指揮官の下、19歳の新鋭がCBとしてEUROデビューする機会はゼロに等しかった。

 与えられた背番号は「25番」。合宿時のアピールで左SBのレギュラーを奪ったのはさすがだが、やはりディナモで左SBを1シーズンやり遂げたことが大きかった。ちなみに2020-21シーズンにおけるディナモの「グバルディオル推し」は、SDとして経営にも関わるゾラン・マミッチ監督(当時)がRBライプツィヒからのインセンティブを目当てにしていたから、というのが実情だ。

2020年9月にRBライプツィヒとサインしたグバルディオルは、ローンという形でディナモに1シーズンとどまった。45分以上出場した国内リーグの試合毎に7万ユーロ、ELの試合毎に10万ユーロの出場ボーナスがRBライプツィヒからディナモに支払われることから、CBよりも手薄な左SBで積極起用された

「8~18歳でCB以外を経験させなければ指導者の失態」

 となると、CBとSBの両方をハイレベルでこなせるグバルディオルの「対応力」は、ディナモ時代に秘密があるはずだ。

 グバルディオルは7歳から近隣のクラブ「トレシュニェブカ」でサッカーを始めると、1年後には欧州屈指のディナモアカデミーに入団した。現代表のディナモアカデミー出身者には、ルカ・モドリッチマテオ・コバチッチ、アンドレイ・クラマリッチ、ロブロ・マイェルボルナ・ソサ、ヨシップ・シュタロ、マルティン・バトゥリナ、ニコラ・モロ、ブルーノ・ペトコビッチといった名前が挙げられる。誰もが足下の技術に優れ、複数ポジションをこなせる選手たちだ。バルセロナの「ラ・マシア」ではウイング特化の育成が施された16歳のダニ・オルモを初めてインサイドにコンバートしたのもディナモアカデミーのコーチである。

 グバルディオルがディナモアカデミーに入団した当初はアタッカーだった。その後は指導者によって攻撃的MF、ボランチ、ウイング、CF、SBを転々。ディナモアカデミーは早い段階のポジション特化を嫌い、上下一貫したシステムを導入することにも否定的だ。現在、ディナモU-15の監督を務めるアンドレイ・ミオコビッチは、6年前のインタビューでアカデミーの指導方針をこのように述べている。……

残り:2,682文字/全文:4,983文字 この記事の続きは
footballista MEMBERSHIP
に会員登録すると
お読みいただけます

Profile

長束 恭行

1973年生まれ。1997年、現地観戦したディナモ・ザグレブの試合に感銘を受けて銀行を退職。2001年からは10年間のザグレブ生活を通して旧ユーゴ諸国のサッカーを追った。2011年から4年間はリトアニアを拠点に東欧諸国を取材。取材レポートを一冊にまとめた『東欧サッカークロニクル』(カンゼン)では2018年度ミズノスポーツライター優秀賞を受賞した。近著に『もえるバトレニ モドリッチと仲間たちの夢のカタール大冒険譚』(小社刊)。

RANKING

関連記事