
ベトナム戦。冴えない攻撃、見えないゴールへの道
林舞輝の日本代表テクニカルレポート第7回:日本対ベトナム
英国チャールトンのアカデミーコーチ、ポルトガルのボアビスタU-22のコーチを経て、昨年末に「23歳のGM」としてJFL奈良クラブGMに就任した林舞輝が、日本代表のゲームを戦術的な視点から斬る。第7回のテーマは、GSから改善が見られないボール保持時の戦い方と、この準々決勝から導入されたVARへの提言。
※記事内容を一部、修正いたしました
ベトナムは、基本は[5-4-1]で待ち構え、ボールを奪うや否や最前線で待機する10番のグエン・コン・フォンへボールを送りカウンターを狙う。カウンターのタイミングを逃せばしっかりポゼッションを確立し、テンポ良く速くボールを回す。カウンターもポゼッションもそこそこのレベルを併せ持ち、後ろは強く前は速くて上手い、バランスの良いチームであることを示した。
ベトナムの[5-4-1]のブロックに対し、日本はボックスに早め早めでロングボールや斜めのクロスを入れて打開しようとする。だが、相手が待ち構えているところにむやみに放り込むこの方法で計画的に得点できるのは、前線にフェライーニがいる場合のみだろう。ずっとボールを持って押し込んだ時の崩し方に課題があったが、この試合でもトルクメニスタン戦やオマーン戦からの進歩はほとんどなく、今までと同じようにインターセプトされたり自ら縦パスを引っかけたりしてカウンターを食らっていた(そのカウンター防止策は改善が見られていたが)。
基本的に、今の日本代表はボールを持つと苦戦する。トルクメニスタンとベトナムという[5-4-1]で重心を低めに設定しほとんどの時間でボールを持つことになったこの試合でも、組織的な[4-4-2]のブロックを作ったオマーン相手の試合でも、しっかりとデザインされた崩しが見られた場面は少なかった。このチームは、ボールを持たない方が良い。長い時間と狭いスペースの中でプレーができる香川真司のような選手がおらず、逆に短い時間と大きなスペースの中で威力を発揮できるアタッカーがそろっている。そして、このベトナム戦でもまさにそのカウンターからチャンスを作り出し、そこで得たコーナーキックから先制に成功する……が、VARにより取り消しとなる。
その後も、自陣でのミスとグエン・コン・フォンの脅威により、得点の匂いはむしろベトナムの方がしていた。前半のゴール期待値はベトナムが1.05、日本が0.48。チャンスの質と量では圧倒されていたのがわかる。
後半に入っても相変わらずどうやって崩したいのか、デザインされたものが鮮明に見えてこなかったが、日本にとって幸運だったのは、ベトナムに色気が出てきたことだ。前半で格上の日本に対し互角以上の戦いをできていたのが仇になってしまったのだろう。意外にいけるぞ、と思ったのか、ボールを奪いに前から来ることが多くなり、日本が能動的に作っているわけではないのに勝手にスペースができ、前半よりリズム良くボールを運べるようになった。その展開の中で今度はVARの判定によりPKを獲得し、先制に成功する。

VARは時間を巻き戻せない
だが、主審がVARの使用を示した時、誰もが「え、いつの話? どのプレーの判定をするの?」と思ったはずだ。何しろ、堂安がペナルティエリア内で倒されてからVARの使用が決まるまで2分ほどの時間が経っていたのである。プレーが切れるまでVARが使えないというのは、現行のVARルールの大きな欠点であろう。
例えば、もしボールが外に出るまでの2分の間に誰かがレッドカードをもらった場合、正確なジャッジがされたならばそのレッドカードはそもそもなかったことになるので、レッドカードは取り消しになるのがフェアだろう。だが実際には、その間に出された警告や退場などは「大きなチャンスとなる攻撃または決定的な得点の機会を阻止したこと」(『サッカー競技規則 2018/19』より)によるものを除き取り消されない。
また、もしプレーが切れるまでの2分間で誰かがとても危険なタックルを行いレッドカードが提示され、タックルを受けた選手が大ケガをした場合はどうなるのか。レッドカードをもらった選手はそのまま退場になり、ケガした選手のケガの取り消しもできない。いくらVARとはいえ、すでに起こったことをなかったことにはできないのだ。
こんなことが起きるのはものすごく低確率だと言うかもしれないが、何しろ世界中で今この瞬間も何かしらの試合が行われているし、週末になれば無数のゲームが行われるのである。このままVARの使用がどんどん拡大していけば、必ずこれに近い現象が起こるだろう。
実際、この試合でもVAR判定の際のオフプレー時にベトナムは選手交代を行ったが、この直後のVARでPKが与えられると知っていたら、違う交代策になっていた可能性もある。
日本は先制後の勝ち切り方は相変わらず手堅く、ヒヤヒヤする場面もあまりなかった。リードを守り切る勝負強さは、今回の代表の強みであり、今までの代表にはなかなかなかったものだ。だが、プレーの内容面では、結局ほとんど成長も改善も見られないというのが本音だ。アジアカップもいよいよ準決勝に入るが、チームの戦い方や課題も含めて、初戦のトルクメニスタン戦と何か大きな違いがあるかと聞かれれば、難しい。
すでに上記もしくは過去のレポートでも何度も書いたが、ボールを持って押し込んだ時に攻め手はないままだ。どう攻め切りたいのかというゴールへの道筋が見えない。そもそも、このチームには相手と相手の間で狭いスペースで受けられる選手がいない。原口はハーフスペースでボールを受けられず、体の向きやコントロールに課題がある。南野もアタッカータイプであり、狭い間に入る意識はあるものの、動き過ぎてボールをなかなか引き出せず、ターンにもツータッチ以上かかってしまうことが多い。また、右サイドは堂安、南野、酒井で崩せるものの、GSのレポートでも指摘した左サイドの問題など、目に見える課題は根本的には解決されていない。
次戦は現時点でアジア最高のチームであるイラン。この新生日本代表の集大成を見せ、アジアのレベルを世界に誇れるような試合を期待したい。
AFCアジアカップUAE2019 テレビ放送予定
地上波放送:テレビ朝日系列にて生中継!
https://www.tv-asahi.co.jp/soccer/asiancup2019/
BS放送:NHK BS1にて生中継!
https://www1.nhk.or.jp/sports2/daihyo/index.html
Photos: Ryo Kubota
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Profile
林 舞輝
1994年12月11日生まれ。イギリスの大学でスポーツ科学を専攻し、首席で卒業。在学中、チャールトンのアカデミー(U-10)とスクールでコーチ。2017年よりポルト大学スポーツ学部の大学院に進学。同時にポルトガル1部リーグに所属するボアビスタのBチームのアシスタントコーチを務める。モウリーニョが責任者・講師を務める指導者養成コースで学び、わずか23歳でJFLに所属する奈良クラブのGMに就任。2020年より同クラブの監督を務める。