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なでしこの支柱・猶本光が見据える未来(前編)。パリ五輪直前の前十字じん帯損傷、「引退する覚悟」の真意

2024.05.10

猶本光(30=三菱重工浦和レッズレディース)は、日本で行われたU-20W杯(3位)で一躍脚光を浴びた。しかし、20歳で「なでしこジャパン」に初選出された新鋭MFはその後、W杯、オリンピックには選出されず、9年後の2023年、初めてW杯代表となった。大舞台でこれまでのキャリアで築き上げた能力を存分に発揮しベスト8入りの原動力となり、「遅咲きのエース」としてパリ五輪での活躍が期待された矢先に負った大怪我……。前編では、前十字じん帯損傷からリハビリの途中、現在の率直な心境を明かした。

 4月中旬、取材が始まる30分ほど前、猶本光は安藤梢(41)と一緒に駒場スタジアムに到着した。

 皇后杯準決勝広島戦が行われた1月20日、同じ箇所(左ひざ)に同じ受傷(前十字じん帯損傷)を負った2人は術後約2カ月が経過したこの日、車から降りる際、松葉杖もひざにはめる装具も使っていなかった。もちろん慎重に、しかし杖を使わずしっかりと左ひざに体重を乗せる歩行は、ドクターの見立てよりもかなり早く回復している状態を示しているのだろう。

 汗ばむほどの陽気に「飲み物用意しますか?」と声をかけると、「ありがとうございまーす! 大丈夫です」と笑顔が返ってくる。自分の一挙手一投足に細心の注意を払い、移動の間も体調に気を配る。ピッチにはまだたどり着いてはいないが、その明るさやエネルギーに、少なくてもアスリートの日常を取り戻す地点に来たという充実感が漂っている。

「遅咲きのエース」を襲った大怪我

 わずか2カ月前、新聞でもネット上でも、なでしこジャパンの支柱ともいえるMFの周りは「絶望」であふれかえっていた。

 皇后杯準決勝、安藤のゴールで先制して迎えた前半42分、猶本はスーパーゴールを奪った。広島のDFが跳ね返したボールを胸でワントラップ、詰めてきたDFを左足のトラップで軽やかにかわすとワンバウンドさせて右足を思い切り振り抜く。ボールはゴールの右隅に決まるスーパーゴールだった。

 1本のシュートに、長く地道に取り組んできたトレーニングや円熟期にも入ったテクニックといった「フットボーラー猶本光」の要素全てが詰め込まれている。何より2年ぶりの皇后杯奪還を手繰り寄せたはずの1点に、ガッツポーズを繰り返した。

得点後に歓喜の輪の中心で笑顔を見せる猶本(Photo: URAWA REDS)

 ところがサッカーは時にこんな歓喜と正反対の過酷な試練を、同じピッチに潜ませるから厄介だ。

 後半序盤を過ぎ、左ひざに経験のない違和感を覚える。9分に交代すると、粘る広島に2-1から同点にされ試合は延長、PK戦にまでもつれ込んだ(PK戦で決勝進出)。

 違和感の中身が分るのに時間はかからなかったが、2月1日、三菱重工浦和レッズレディースが発表したリリースは、パリ五輪最終予選に挑むはずだった猶本と昨年40歳でWEリーグMVPを獲得した安藤、日本女子サッカー界が誇る看板2人の前十字じん帯損傷を伝える、辛い内容だった。

 「猶本 パリ五輪出場は絶望か」

 「なでしこ猶本光がパリ五輪絶望」

 「左ひざ十字じん帯損傷の猶本 今夏パリ五輪出場は絶望的」

 「女子W杯で活躍の猶本 五輪絶望的か」

 昨年のオーストラリア・ニュージーランドW杯で初選出以来実に9年ぶりに、初めてW杯出場を叶えた「不運のヒロイン」は一転、遅咲きのエースと称えられる。1次リーグ2戦目のコスタリカ戦では、チームを決勝トーナメントに導く先制ゴールを決め、W杯8強、さらにパリ五輪に向かうなでしこの中心を担う存在となっていった。

 北朝鮮とのアジア最終予選突破にも主力として大きな期待と、もちろん自信、強い自覚も持っていたに違いない。しかし今度は、大怪我で五輪を断念する「悲劇のヒロイン」となった。

 しかし、不運も遅咲きも絶望も、猶本が表現した言葉ではなく、彼女はずっと変わっていない。いい時も、悪い時も、浦和でもドイツでもずっと。

 そうやってサッカーに向き合ってきたフットボーラーの目の前に、突如表われる絶望とは一体何だろう。オリンピックに出場できなくなるだろう事実と、本人の絶望の中身はもしかすると違っているのではないか。約3カ月間のリハビリで、何か答えは見つかったのだろうか。インタビュー前、猶本は広報担当と一緒に会議室のテーブルと椅子を取材用に準備しながら「そんなにお話できるものもまだないんですが……よろしくお願いいたします」と笑った。

絶望と希望の狭間で覚悟した引退

――先ほど、安藤さんと一緒にどこかをかばう仕草もなく歩いていたので、ここまで順調にきているのでしょうか。……

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三菱重工浦和レッズレディース猶本光

Profile

増島 みどり

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年独立しスポーツライターに。98年フランスW杯日本代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞。「GK論」(講談社)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作多数。フランス大会から20年の18年、「6月の軌跡」の39人へのインタビューを再度行い「日本代表を生きる」(文芸春秋)を書いた。1988年ソウル大会から夏冬の五輪、W杯など数十カ国で取材を経験する。法政大スポーツ健康学部客員講師、スポーツコンプライアンス教育振興機構副代表も務める。Jリーグ30年の2023年6月、「キャプテン」を出版した。

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