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「サンフレッチェ広島が知りたい情報はすべてオープンにする準備がある」――1. FCケルンのアカデミーダイレクターが語る育成業務提携の意義

2024.05.08

2024年4月5日、ドイツ・ブンデスリーガ1部に所属する1. FCケルンの代表団が来日した。同クラブは2021年9月よりサンフレッチェ広島と育成業務提携を締結しており、滞在期間中は提携強化を目的としたディスカッションが行われた。

4月8日には提携の契約期間を2027年まで延長することを発表。ドイツ・ブンデスリーガの初代王者であり、過去には奥寺康彦、槙野智章、大迫勇也など日本人選手も所属した古豪はサンフレッチェ広島との関係、未来をどのように考えているのか。

契約期間の延長が発表された翌々日、都内某所で1. FCケルンでアカデミーダイレクターを務めるルーカス・ベルク氏に話を聞いた。

通訳 笹原丈(1. FCケルン)

サンフレッチェ広島が優秀な選手を育成できている証拠

――ようこそ日本にいらっしゃいました。先週末はサンフレッチェ広島-湘南ベルマーレ戦を観戦されたようですね。今年完成した新スタジアム・エディオンピースウイング広島はどうでしたか?

 「サンフレッチェ広島の仙田(信吾)社長のアテンドでスタジアム内を見学させていただき、トップクラスのスタジアムだと感じました。サッカーを観戦しやすい造りも素晴らしいですが、特に感動したのは立地です。街の中心地にあり、広島の歴史との繋がりを感じることができる。こういうスタジアムは世界中を探しても、なかなかありません」

――湘南ベルマーレ戦では試合前に来場者に挨拶をされ、同日の夜には広島市内でパブリックビューイングを開催するなど、クラブとして日本人ファンと交流する機会があったとお聞きしました。

 「長期間滞在している訳ではないので、正しい認識かは分かりませんが、日本のファンにはポジティブなメンタリティを感じます。湘南ベルマーレ戦ではゴールが決まった瞬間にスタジアム中が感情的になっている様子には驚きました。ドイツには試合中ずっと選手に文句を言っているファンもいて……日本にも少しはいるのかもしれませんが(笑)、ポジティブに応援される方が多い印象です」

エディオンピースウイング広島で挨拶を行うルーカス・ベルク氏

――ミヒャエル・スキッベ監督が指揮を執って3年目を迎える今シーズン、サンフレッチェ広島は優勝候補の1つだと言われています。

 「試合の前後にスキッペさんと話す時間をいただきました。そこで言及されていましたが、ゲームを支配する時間は長いものの、決定力に少し課題はあるようですね。ただ、選手個々のクオリティは非常に高く、ポテンシャルの高さを感じる素晴らしいチームだと思います」

――スキッベ監督は若手選手を積極的に起用するタイプです。1. FCケルンでアカデミーダイレクターを務めているルーカス・ベルクさんにとって、トップチームで若手選手が起用される意義をどのようにお考えになりますか?

 「スキッベさんはドルトムントやシャルケでU-19の監督経験があるので、育成に理解があるタイプであることは起用法を見ていても分かります。育成部門で働く立場としては、そういう監督がトップチームを率いるのは素晴らしいことです。ただ、監督もクオリティがない選手は起用できない。つまり、若手選手が起用されているのは、サンフレッチェ広島が優秀な選手を育成できている証拠とも言えます」

――実際に現役のサンフレッチェ広島ユースの選手たちを見た印象を教えてください。

 「今回の訪日ではスケジュール的にサンフレッチェ広島ユースの選手たちのプレーを見る機会はあまりなかったのですが、逆にケルンに来てくれた際に見た印象としては我慢強いメンタリティが素晴らしかった記憶があります。プロで活躍する上ではメンタルは非常に重要なので、どのように育てているのか興味を持ちました」

――ポストユース(18歳以降)の育成について1. FCケルンはどのように考えていますか?日本ではトップチームに昇格できるにも関わらず、出場機会を求めて大学に進学する選手もいます。

 「ポストユースの育成については、ドイツも同じような課題認識を持っています。10代でトップチームの即戦力として活躍できる選手は限られているので、経験を積んでもらう必要があります。日本では大学、我々はU-21のチームやレンタル移籍を活用して、システムは違いますが、ステップを踏んでもらうことが大切です」

――一方で高校卒業後即欧州でのプレーを希望するポテンシャルの高い選手も増えており、高卒後にトップチーム昇格のない高体連のチームを選択するケースもあります。

 「日本サッカーの仕組みに関する深い理解がある訳ではないので、詳しいことは言えません。ただ、Jクラブのアドバンテージは早いタイミングでトップチームでの経験を提供できる環境があること。優秀な選手はプロとしての1歩目を高校生の年齢で経験できることをアピールして選手を獲得することも必要なのかもしれません」

――今後、1. FCケルンに所属する若手選手のレンタル移籍先として、サンフレッチェ広島を候補とする可能性はあるのでしょうか?

 「興味深いアイデアをありがとうございます。そういう機会を検討しても面白いかもしれません。ただ、ドイツと日本では生活環境があまりにも違うので、コンディションを落としてしまう可能性がありますし、サンフレッチェはJリーグでもトップレベルのクラブで素晴らしい選手が多く、(1. FCケルンの若手選手が)出場機会を得られるのは簡単なことではないでしょう。そうしたリスクを考えると、やはりレンタル移籍先としてはドイツ国内を優先的に考えますね」

誰にとっても身近なクラブでありたい

――あらためて、提携相手としてサンフレッチェ広島を選んだ理由を教えてください。

 「育成を重視するという同じ理念を持っていることです。サンフレッチェ広島はJリーグの中でも屈指の育成クラブで、話を進めていく中で様々な共通点や共感できる考えがあったことは、提携において大きなポイントでした。我々はスポンサーをはじめ、様々なパートナーを探す上で理念を共有できるかを重視しています」

――同じ理念を共有できているからこそなのでしょう。サンフレッチェ広島との育成業務提携を2027年まで3年間延長することが発表されました。

 「双方の指導者が日本とドイツを行き来して、ディスカッションする中で違う視点を共有できるのは有意義なことです。今回の広島訪問では、日本の高校年代における『部活動』の課題を聞きました。ドイツではクラブチームでプレーするのが一般的なので、日本で(部活を指導する)先生の労働時間が長くなっている話は印象的でした。日本でドイツのようなクラブチームを作るためには……といった視点で育成を考える機会を得られたのは、私にとっても学びになっています」

――ドイツ人であるスキッベ監督がサンフレッチェ広島で結果を出していることは、本提携にどのような影響がありますか?

 「我々との提携クラブの監督が、必ずしもドイツ人でなければいけないということはありません。ただ、スキッベさんがサンフレッチェ広島で評価されているのはとても嬉しいことです。繰り返しですが、スキッベさんが若手選手の育成に定評がある監督であるという点も、アカデミー出身選手を積極的に起用したいと考えている1. FCケルンの理念に通じますし、(スキッベ監督の存在は)ポジティブな影響があると言えます」

サンフレッチェ広島で3シーズン目の指揮を執るスキッベ監督

――ケルン体育大学で学び、1. FCケルンの国際部での勤務実績もある松尾喜文コーチ(サンフレッチェ広島)も本提携に影響を与える1人なのかなと想像しています。

 「松尾コーチの存在は(提携相手である)1. FCケルンにとっても、スキッベ監督にもとってもポジティブな影響があります。ドイツ語で直接コミュニケーションをとれることは勿論、我々のクラブの仕組みや考え方を理解してくれている人がサンフレッチェ広島にいるのは非常に重要なことです」

――サッカー指導者養成機関としても知られるケルン体育大学は、多くの日本人も学んだドイツの名門です。1. FCケルンとの関係を教えてください。

 「1. FCケルンはケルン体育大学と様々な分野で連携しています。例えば、『スポーツ心理学』の分野。1. FCケルンではクラブ内の全カテゴリーのチームに必ず担当のスポーツ心理学者が帯同しています。スポーツ心理学者は担当チームとチーム内の選手全員とシーズンを通した密なコミュニケーションをもって育成に関わってくれています。他にも1. FCケルンが協力して、学生が育成に関する研究や論文を書くこともありますし、逆に大学からスポーツ科学の最新情報を提供してもらうこともあります」

――ケルン体育大学との提携はクラブの特徴の1つです。そうした地域性を含め、日本で言うところの県民性、街の歴史も含めて目指すサッカーが決定される側面もあると考えますが、1. FCケルンが重視する育成方針は何ですか?

 「育成方針は多岐に渡るので、すべてを説明するのには時間がかかります。ただ、重視していることの1つを挙げるならば『人間を育てている』という意識を持つことです。我々にとっての育成とはサッカーだけではなく、人間性を育てることも含まれます。

 では、人間性を育てるとは何なのか。どのようなプロセスをふめば選手を成功に導けるのか。現在、ヨーロッパの各国リーグでプレーする1. FCケルンのアカデミー出身の選手は70人程度いて、ここまでの育成は成功していると思っていますが、新しい方法も含めて探り続けることも重要です」

――Jリーグは30年以上の歴史を重ねた中で、世代交代や人事の変更などもあり、育成方針が変化しているクラブがあります。『変わる』ことについて、ルーカス・ベルクさんはどのようにお考えですか?

 「成功した方法にもいつか終わりは訪れます。『変化』は私にとってキーワードでもあります。良いアイデアは積極的に採用したい。ただ、育成においては『我慢』も重要で、結果だけを見て短期間で指導方針や人事を変えてしまうのは勿体ない。我慢の先に大きな成長があるケースもあります。クラブによって変化させる部分と変化させない部分を設定し、人事が入れ替わっても受け継いでいくことが大切です」

――レアル・ソシエダ×徳島ヴォルティスハノーファー×水戸ホーリーホック、アヤックス×ガンバ大阪……近年、Jリーグでは欧州クラブと育成を対象とした提携を締結する事例が増えています。他クラブの提携と比較して、1. FCケルン×サンフレッチェ広島の提携の特徴は何だとお考えでしょうか?

 「いくつかあると思いますが……すぐに思い付いたのは『親近感』ですね。我々は誰にとっても身近なクラブでありたい。2021年の提携以降、双方に日本とドイツを行き来して、オンラインでもミーティングを重ね、サンフレッチェ広島が知りたい情報はすべてオープンにする準備があります。育成業務提携を締結しただけで満足するのではなく、密なコミュニケーションが取れる関係性を築けるのが我々の特徴だと思います」

サンフレッチェ広島との共同記者会見の様子

――最後にサンフレッチェ広島との育成提携について、今後の活動プランを教えてください。

 「これからの3年は、ここまでの3年で積み上げてきたことを土台に新しいことにも挑戦したいと考えています。若い選手にとって海外での経験は、サッカー選手としてだけでなく、人間としてとても大切です。広島からケルンに短期留学に来る選手の数と回数を増やしたいですし、チーム同士での試合も増やして、選手たちの成長に繋げていきたいです」

ルーカス・ベルグ氏(1.FCケルン アカデミーダイレクター)

Photos:©1FCKoeln , Getty Images

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1. FCケルンサンフレッチェ広島

Profile

玉利 剛一

1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime

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