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数理モデルによる“被カウンター”に着目した攻撃時の配置評価。スポーツデータサイエンスコンペティション最優秀研究を解説

2024.05.05

日本と世界、プロとアマチュア…
ボーダーレス化が進むサッカー分析の最前線
#10

日本代表のアジアカップ分析に動員され注目を集めた学生アナリスト。クラブの分析担当でもJリーグに国内外の大学から人材が流入する一方で、欧州では“戦術おたく”も抜擢されている今、ボーダーレス化が進むサッカー分析の最前線に迫る。

第10回では、日本でも盛んになってきているサッカー分野における研究成果の最新例を紹介。footballistaでは「きのけい」の名前で記事を寄稿する木下慶悟氏が栗原柾由氏(どちらも東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻・島田研究室)とともに研究を進め、2023年度スポーツデータサイエンスコンペティション・サッカー部門で最優秀賞を受賞した”サッカーにおけるスペース評価に基づく攻撃時の選手配置評価”について、いったいどんな研究内容なのか木下氏が自ら解説する。

 近年のサッカーを語る上で欠かせないキーワードとなっているポジショナルプレーという概念が代表するように、サッカーはピッチ上という空間に選手をどのように配置するかが非常に重要なゲームである。チェスや将棋といったボードゲームの戦術、さらに根源をたどれば戦争における軍事戦術などとの類似性が指摘されるこの配置論は、サッカーというスポーツにおける最も興味深いテーマの1つとなっている。

 日本でもこの配置論の定性的な議論が盛んに行われてきた。一方で、その配置の良し悪しを定量的に評価することができるようになれば、現場の指導者が選手やチームのパフォーマンスを改善するだけでなく、サッカーファンがサッカーをこれまで以上に理解し、楽しむことにも繋がっていくだろう。しかし、ひと口に配置の評価と言っても、当然そう簡単ではない。

サッカー分析の2つのアプローチと研究目的

 そもそもサッカーとは、相手よりも多くボールをゴールに入れる(=勝利する)という目的を達成するために、互いのチームの選手11人が広大なピッチ上を自由に動き回るスポーツである。技術の発展により、パスやシュートのイベントデータに加えどの選手がいつどこにいたかを表すトラッキングデータを取得できるようになったものの、その多くの変数が相互に影響し合いながらダイナミックに時間変化していくがゆえに、それらの関係性を含めてモデル化し数学的に記述することは困難を極める。

 そんな中、これまで大きく分けて2つのアプローチが採られてきた。1つは数理モデルによるアプローチ、もう1つは機械学習によるアプローチである。

 前者は既知の物理法則や知識、統計的な関係性などの理論に基づき、対象となる現象やシステムの振る舞いをモデル化するアプローチである。少量のデータしかない場合でも一定の信頼性のある分析を行うことができ、理論的な基盤に基づいているためモデルや結果の解釈が容易である。一方で対象が複雑であればあるほどモデル化することが難しく、専門的な知識が必要となる。

 後者はアルゴリズムによってデータから規則性を自動的に学習し、統計モデルを訓練して未知のデータに適用するアプローチである。対象が複雑でも柔軟に対処できる一方で、大量のデータを必要とし、モデルや結果の解釈が難しい場合がある。

 このように両者は一長一短でトレードオフのような関係にある。サッカーの複雑性の高さはすでに述べた通りで、近年は機械学習によるアプローチを採用する研究が増加傾向にあるものの、依然として数理モデルによるアプローチによる新たな知見も得られており、どちらが正しいかという問いに絶対的な答えはない。重要なのは、研究目的を明確にし、目的に応じた最適なアプローチを選択することである。

 ポジショナルプレーあるいは配置論に話を戻すと、なぜ攻撃時に選手が秩序のある配置をとる必要があるのかと言えば、当然ながら攻撃を成功させるためである。シュートを打ち、ゴールを奪うために選手は配置をとる。一方で、実際には攻撃の成功だけでなく、もしボールを奪われトランジションが発生した際に相手によるカウンター攻撃、すなわち“被カウンター”を阻止するということもまた、配置をとる上で考慮しなければならない。被カウンターを常に想定しながら配置をとることがいかに重要であるかは、近年のポジショナルプレーを実践するトップレベルのチームを見ていれば明らかだろう。

 よって我われのチームは、“攻撃時の選手配置の良さを被カウンター阻止という観点から定量化する”ことを目的に設定し、研究を行った(研究成果を2023年度スポーツデータサイエンスコンペティションのサッカー部門で発表し、最優秀賞を獲得した[1])。以下、もともとボールを持って攻撃をしており、トランジション後に守備に移行して相手のカウンター攻撃を受けるチームを“被カウンターチーム”、反対にもともと守備をしており、トランジション後にカウンター攻撃に移行するチームを“カウンターチーム”と呼ぶこととする。

仮想的な経路の“進みにくさ”でモデル化

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Profile

きのけい

本名は木下慶悟。2000年生まれ、埼玉県さいたま市出身。東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻所属。3シーズンア式蹴球部(サッカー部)のテクニカルスタッフを務め、2023シーズンにエリース東京FCのテクニカルコーチに就任。大学院でのサッカーをテーマにした研究活動やコーチ業の傍ら、趣味でレアル・マドリーの分析を発信している。プレーヤー時代のポジションはCBで、好きな選手はセルヒオ・ラモス。Twitter: @keigo_ashiki