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“アジア最弱”から5年。ブーム到来に沸くキルギスサッカーの今

2019.11.14

11月14日、日本代表は敵地に乗り込みキルギス代表と対戦する。8年ぶりの対戦となった前回のタジキスタンとは違い、ちょうど1年前にホームでの親善試合で4-0と一蹴しておりタジキスタン程の不気味さはないかもしれない。ただそのタジキスタン戦でも最終的なスコア以上に苦しめられたように、未知なるアウェイでの一戦は一筋縄ではいかないもの。

2022年W杯カタール大会/2023年アジアカップ中国大会アジア予選でグループ2位につけ、次ラウンド進出へ死に物狂いで日本から勝ち点を奪いにくるであろうキルギスの国内事情やサッカーを取り巻く状況について、篠崎直也さんに解説してもらった。

チケットはすでに完売

 前節のタジキスタンに続き、再び中央アジアに乗り込んだ日本代表の次なる相手はタジキスタンの隣国キルギス。FIFAランクは現在94位だが、2013年3月には201位まで落ち込み、以前はアジアでも最弱国の1つだった。それがわずか5年ほどの間に急成長を遂げ、2018年5月には過去最高となる75位まで上昇。同国のサッカーを見つめてきたファンにとっては奇跡のような飛躍だ。

   独裁体制を築いた大統領が中心となってサッカーの強化を進める中央アジアの周辺国とは異なり、キルギスはソ連崩壊後に民主化への道を選択。しかし、経済の低迷や不正が蔓延する政治に対して国民の不満が高まり、政権交代と反政府運動が繰り返された。不安定な国内情勢はサッカーにも影響し、代表チームはまともに活動もできず、1994年のW杯予選や2007〜2015年のアジアカップ予選には参加すらしていない。

   2010年の大規模な騒乱による政変以降、徐々に社会が安定し始めると、代表チームも新たな歴史を刻む。出場枠が16から24に増えた2019年アジアカップへの出場権を初めてつかみ取り、本大会でも韓国や中国と接戦を繰り広げながらGSを突破。決勝トーナメント1回戦では開催国のUAEを延長戦まで追い詰め、美しい敗者として世界から称賛を浴びた。この大会をきっかけに国内ではサッカーブームが到来し、今回の日本戦もチケットはすでに完売。試合当日は街の中心部からスタジアムに至るサポーターの行進も予定され、アジア屈指の強豪との一戦に熱気が高まっている。

ドイツのアンゲラ・メルケル首相(右)と会見に臨むキルギスのソーロンバイ・ジェエンベコフ大統領

代表ブームの立役者

    代表人気の立役者は2014年からキルギスの指揮を執るロシア人のアレクサンドル・クレスティニン監督だ。32歳だった2010年に選手兼監督としてロシアからキルギスへ渡ると、FCネフチを国内リーグ初優勝に導き、2017年からは最多優勝記録を持つ名門FCドルドイを代表と兼務で率いている。「キルギスのサッカーを知り尽くした男」は、代表選手の多くをFCドルドイの選手で固め、活動日数が制限される代表の強化をクラブレベルで継続。「11人全員が一体にならなければ格上の相手には絶対勝てない」と日々連係を磨いている。公用語がロシア語であり、ソ連崩壊後もロシア系住民が残っているこの国では大きな反発もなくロシア流を貫くことができる。

キルギス代表のアレクサンドル・クレスティニン監督
キルギスの アレクサンドル・クレスティニン監督

    キルギス代表の愛称は「アク・シュムカル」 (白いハヤブサ) 。山岳地帯で狩猟を行う伝統文化のシンボルだ。国民の7割を占めるキルギス人は見た目が日本人にそっくりで、現地では「肉が好きな者はキルギスに残り、魚が好きな者は日本へ渡った」とよく言われている。ただし、サッカー代表はフィジカルに秀でたロシアや中東にルーツを持つ選手の割合が高く、この点にもキルギス躍進の秘密がある。

    近年キルギスは国外の代表資格を持つ才能の発掘に注力した。キルギス生まれで現在ロシア代表のMFイルザト・アフメトフにはラブコールが届かなかったが、DFワレリー・キチン(ディナモ・ミンスク)はロシア代表入りが叶わずキルギスを選択。他にもボルシア・メンヘングラッドバッハの下部組織で育ったDFアレクサンドル・ミシェンコ(FCドルドイ)、ドイツU-17代表経験のあるDFビクトル・マイヤー(ビーデンブルック/ドイツ5部)、MFエドガル・ベルンハルト(ケダFA/マレーシア)やFWビタリー・リュクス(SSVウルム1846/ドイツ5部)といったドイツ育ちの選手たちが目立ち、世界的には無名な存在ではあるがアジア予選を戦うための効果的な戦力となっている。

18年11月の日本戦でボールを追うキルギスのMFエドガル・ベルンハルト

厳しいサッカー環境。日本への影響も

   このような強化が実ったキルギス代表だが、その環境は決して恵まれている訳ではない。W杯予選で使用する首都ビシュケクのドレン・オムルザコフ・スタジアムは2000年に改修を施した後は手付かずで、土が見えるほど禿げてしまっている芝は緑色の塗料によって何とか体裁を整えた。荒れたピッチでのプレーはケガも増加するが、クレスティニン監督は「我われのチームドクターは何が禁止薬物かさえ知らなかった。この国のスポーツ医療は破滅的な状況だ」と改善を訴えている。8チームのみで行われている国内リーグのレベルは低く、主力に故障者が出ると代わりの選手が見当たらない。選手層の薄さに加えて、故障の予防やリハビリに対する医療体制が不十分なため、代表は常にケガ人に悩まされベストメンバーを組むことができない状態だ。今回の日本戦でもFWリュクスが直前に肩を痛め欠場となる見込みで、前線は10番のミルラン・ムルザエフに頼るしかなく、中盤のベルンハルトや期待の20歳アリマルドン・シュクロフが彼をどれだけサポートできるかが数少ないチャンスをものにする鍵となりそうだ。

   国内メディアは「日本はこのグループの絶対的本命」として、中島翔哉の評価額が自国代表選手11人を合わせても10倍も上回ることを紹介。キルギスサッカー界では数カ月も無給での活動を強いられ、選手の半数がチームを去るといった事例がたびたびあり、代表チームへの金銭的な支援も乏しい。指揮官はこうした現状に対して「私は選手たちと話し合って決めたんだ。まずはピッチ上で結果を出そう。そうすれば自然とピッチ外の問題も解決する」と意気込んだ。日本はもちろん強いが、簡単に白旗を上げるつもりはない。

   W杯予選はアジアカップの予選も兼ねているため、キルギスは「最低でもアジアカップ2023出場権獲得」を目標としている。代表の活躍により国内各地では以前よりも子供たちがサッカーをする姿が目立つようになったが、グラウンドなどの環境整備はまだ課題が山積みだ。次なる進化の段階にまでたどり着いたキルギスのサッカーが、これから人々の生活に文化として根付くかどうか、その命運は代表チームの勝利に懸かっている。


Photos: Getty Images

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Profile

篠崎 直也

1976年、新潟県生まれ。大阪大学大学院でロシア芸術論を専攻し、現在は大阪大学、同志社大学で教鞭を執る。4年過ごした第2の故郷サンクトペテルブルクでゼニトの優勝を目にし辺境のサッカーの虜に。以後ロシア、ウクライナを中心に執筆・翻訳を手がけている。

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