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トッテナムを再編したデータコンサルタント集団、Twenty First Groupとは何者か

2024.03.11

footballista創刊当時は試合中継のスタッツもシュート数、コーナーキック数、オフサイド数、ファウル数、警告・退場数くらいにとどまっていたが、17年経った現在ではポゼッション率やパス成功率、平均ポジション、走行距離のリアルタイム提供が当たり前。近年ではゴール期待値をもとにした新指標も続々登場するなど、データは今やファン・サポーターがサッカーを語る上で欠かせない存在になっている。一方クラブの強化現場では、どのように客観的な数字や分析が役立てられているのか?その最前線と未来を昨夏トッテナムのチーム再編を支えたデータコンサルタント集団、Twenty First Groupの最高戦略責任者に教えてもらった『フットボリスタ第100号』掲載インタビューの完全版をお届けする。

ポステコグルー監督招へいの舞台裏。経験不足、豪州人…偏見を取り除いた可能性

──まずは読者のみなさんに、Twenty First Group(以下TFG)とご自身について紹介していただけますか?

 「ベン・マーロウと申します。まずTFGについてご紹介させていただくと、私たちは、チーム、リーグ、放送局、スポンサー、投資家に助言・情報・仲介サービスを提供する世界的なスポーツインテリジェンスエージェンシーとして、競争力や観客数、視聴者の増加ひいては収益の増加に繋がるよう、サッカーからゴルフまで様々なスポーツの魅力を高めるためにデータを使って各競技のパフォーマンス分析を行っています。その中で私自身は最高戦略責任者を務めており、事業全体の戦略やグローバルなコンサルタント業務の指揮を執っています。TFGに入社してもう8年になりますが、それ以前はPwCの戦略事業部で働いていました」

──取材前にTFGのWEBサイトを拝見させていただきましたが、掲載されているケーススタディの多さに驚きました。どれくらいの数のチームや選手と、どのようなお仕事をされているのでしょうか?

 「私たちが密接に仕事をしてきたチームや選手は100以上に上ります。その中にはトッテナム、エバートン、アヤックス、浦和レッズも含まれていますよ。そもそもTFGがサッカーチームを支援するようになったきっかけは、『エボリューション』と呼ばれるクラブ向けソフトウェアの開発でした。ログインして選手の契約情報、年齢情報、パフォーマンス情報などを入力すると、チームの編成計画を立てられるサービスを提供していたんです。ただ、それを普及させようと実際にコミュニケーションを取っているうちに、クラブによって抱えている課題や問題意識が異なることに気づきました。だから現在はオーダーメイドのアドバイスやテクノロジー、レポートを提供しています。それでもどのクラブも変わらないのは『人件費の効率を最大化して可能な限り予算を抑えつつ勝つこと』です。そこで私たちはデータを活用したパフォーマンス分析を通じてチームが抱えるリソースの最大化を支援しています。

 例えば、現体制でクラブが掲げる目標を達成できる可能性がどれくらいあるか、選手層は高齢化していないか、高額な年俸を支払っているにもかかわらず出場時間が少ない選手はいないか、という長期的な懸念事項について数値化して伝えているということですね。そこで改革に着手する場合は、監督でも選手でも最適な人材を探すお手伝いもしていますし、選手を売却する場合は適切な移籍金を得られるように戦略も立案します。だから私たちはそのクラブのオーナーからリクルートチームにコーチングスタッフへ至るまで広く深く協力しながらアドバイスを提供していますよ。

 好例がトッテナムですね。彼らはもう一緒に仕事をして7年目に突入している緊密なパートナーです。私たちはダニエル・レビィ会長や取締役会、強化部や分析部門に至るまで、オーナーシップのレベルから協業しています。取締役会ではどの監督を雇うかというような意思決定に役立つ情報を提供していて、人件費の計画についても携わっています。例えばクラブが目標をCL出場権獲得に設定するか、プレミアリーグ優勝に設定するかによって投資額は変わってくるわけです。その差を可視化することで取締役会が必要な決断を下せるように支援しています。ただ誤解していただきたくないのは、私たち自身がクラブの意思決定者であるというわけではないこと。最終的に決断を下すのはクラブで、最善の選択ができるよう様々なパフォーマンスをデータ化して助言しているのが私たちだということです」

──あくまでも仕事はデータコンサルタントだと。ただ、コンサルティングにはクライアントの意思決定に直接は関わらないがゆえに無責任になってしまったり、逆にクライアントを依存させてしまうような線引きの難しさもありますよね。

 「むしろ私たちはクラブに自立を促しています。例えばトッテナムの内部に存在する多くの分析チームがより効果的に仕事をこなせるよう、自力でクラブのプレー哲学や強化方針を数値化できる特注のテクノロジープラットフォームを開発したりもしています。もちろん彼らは世界最大規模のビッグクラブなのでかなりのリソースがありますが、そうではないクラブも多いですよね。だからそもそもアナリストの人数が限られていたり、存在しなかったりするチームにはまずはツールやモデル、指標を提供しながら徐々にクラブが自力でデータ分析を行えるように支援していきます。それはコンサルティングとテクノロジーサービスを融合させている私たちにしかできない仕事で、最終的にはクラブが自立して私たちが離れるのが理想的ですね」

──トッテナムでは監督選びにも関与しているというお話でしたが、昨夏のアンジェ・ポステコグルー監督招へいの裏でもTFGが動いていたのでしょうか?

 「その通りです。まず大前提としてトッテナムには伝統的にアグレッシブに主導権を握るサッカーを展開してきた歴史があります。そうした背景もあって近年のジョゼ・モウリーニョとアントニオ・コンテの下で、守備ブロックを低く敷いてカウンターを繰り出すようなサッカーにはサポーターが愛想を尽かしかけていました。だからクラブとしては自分たちのアイデンティティに戻ったサッカーを実践できるような監督を探していて、それに合った人材を見つけられるよう広範な分析を行いました。そこで挙がった候補の1人がアンジェだったのです。

2023年6月からトッテナムを率いているポステコグルー監督。就任後のプレミアリーグ10試合を無敗の首位で終え、早々に手腕を発揮していた

 一方で懸念されたのは当時去就が不透明だったハリー・ケインが退団した場合に、ベースとなる既存戦力をレベルアップさせられるかどうかでした。そこで過去に率いたクラブの補強戦略も踏まえながら、アンジェ自身の手腕も数値化しつつ選手個人の成長にどれだけ貢献していたのかを分析していきました。その結果、ブリスベン・ロアーから横浜F・マリノスにセルティックまでコーチングスタッフが変わりながらも、あらゆるチームを進化させていることが証明された。ビッグクラブでの指揮経験の不足やオーストラリア人というプロフィールから不安視されていましたが、その偏見を無視できるだけのアンジェの可能性をデータで提示していったというわけです。もちろん数字では評価できないようなコミュニケーション能力についても考慮していて、例えばモウリーニョやコンテは時に強烈な態度を取ることがありましたが、アンジェはとても率直な話し方をする人望家です。そうした根拠を提示しながら推薦しましたが、繰り返すように最終的に決断したのはクラブで彼らの選択ですよ」

ケイン放出と国外からの補強に成功。昨夏の英断を促したデータモデル

──同じく昨夏に注目を集めたそのハリー・ケインの放出にも関わっていたのでしょうか?

 「もちろんです。実際に選手の移籍金というのは単純な実力だけでは決まりませんよね。当時のケインは29歳で残りの契約期間は1年に迫っていましたが、そうした中堅以上で契約切れが近い選手はたとえ彼のように世界最高峰のストライカーであってもそのクオリティよりも安い値打ちになりがちです。さらには移籍市場のトレンドもあって、特定のリーグや特定のポジションでプレーする選手は、他の選手よりも価値が高かったり、代替可能な選手が売りに出されていなかったり、転売を目論むクラブが増える中で若手の価値がますます高まっていたりするわけです。加えてトッテナムとしてはプレミアリーグのライバルたちに売却したくはなかった。そうした文脈に基づいて選手の適正価格を算出できるモデルを私たちは持っていて、妥当な移籍金の金額を助言していました。その結果、彼らは売却を決断したということですね」

──トッテナムは昨夏の補強も当てていますが、ケイン退団後のチーム編成についても助言を行ったりしていたのでしょうか?

 「そうですね。私たちは『ワールドスーパーリーグ』や『プレーヤーコントリビューションモデル』といった様々なデータモデルを使って提言しています。そうした獲得候補の客観的な評価に、スカウトのような専門家による主観的な意見を加え、選手獲得における意思決定のプロセスをより強固なものにしているというわけです」

最大1億2000万ポンド(約216億円)とも報じられる移籍金を置き土産に今夏トッテナムを退団したケイン。写真は昨年8月7日に本拠トッテナム・ホットスパー・スタジアムで開催されたシャフタール・ドネツィク戦で、在籍最後の試合が終わると1人でスタンドに歩み寄ってサポーターの声援に応えていた

──「ワールドスーパーリーグ」とは何でしょうか?

 「近年では国際移籍も活発化していますが、ますます難しいのは現在所属しているクラブやリーグでのパフォーマンスが他のクラブやリーグでも発揮できるかどうかを判断することですよね。それを予想するために存在するのが『ワールドスーパーリーグ』です。各チームやリーグのクオリティを評価して算出した『変換レート』をもとに、移籍先となり得るクラブやリーグにおけるパフォーマンスを予測します。『変換レート』は普段のリーグ戦からCLやクラブW杯のような国際大会までの各試合のデータを参考に割り出していて、それをかけ合わせると例えばJ1リーグで20得点を叩き出した選手がベルギーリーグのクラブ、ブンデスリーガのクラブ、プレミアリーグのクラブに移籍した場合にそれぞれ何点挙げられるのかがわかるわけです。もちろん『ワールドスーパーリーグ』はあくまでもパフォーマンスに限った分析で、実際の選手は機械ではなく人間です。特に例えば日本人選手が欧州クラブへと移籍した場合、文化や言語、食事もまったく違うわけですから、実力が十分だったとしてもそれ以外の要因でうまくいかない可能性は常に付きまとうわけですよね。それを前提にした上で活用する必要はありますが、獲得候補を精査する上で参考になるのは間違いありません」

──グリエルモ・ビカリーオ、ミッキー・ファン・デ・フェンという国外から獲得した新戦力が、さっそくトッテナムで活躍しているのも偶然ではないということですね。もう1つの「プレーヤーコントリビューションモデル」についても教えてください。

 「『プレーヤーコントリビューションモデル』は選手個人がどのようにチームのパフォーマンスに貢献しているかを評価するデータモデルです。私たちはスタッツが表すプレーの質や量そのものよりもチームのプレースタイルにどれだけ合致しているかどうかをより重要視しているからですね。例に挙げるのは古いかもしれませんが、パオロ・マルディーニです。

ミラン一筋の25年間で26ものタイトルを手にした往年の名DFマルディーニ

 今ではタックル数やデュエル数、それらの成功率が出されるのがお馴染みですが、そうした数値では彼のように本当に優れたDFを評価できません。そもそも正しいポジショニングを取り続けて相手にスルーパスではなく横パスを出させていたマルディーニは、そうした守備のアクションだけで判断してしまうと悪いDFに映ってしまうからです。だから私たちはそのチームがどのようなプレースタイルかを分析して、その実現にそれぞれの選手がどれだけ貢献しているかを見ています。例えばディエゴ・シメオネ監督のチームのように守備ブロックを低く組んで失点を低く抑えようとしているようなクラブにとってふさわしいDFが、ペップ・グアルディオラ監督が率いているチームにはフィットするのかどうか?そういった文脈を踏まえた視点で選手個人を評価しています」

Jリーグに眠るビジネスチャンス。「次の三笘」を適正価格で送り出せるか

──そうしたデータモデルを駆使すれば、欧州クラブは「次の三笘薫」のような掘り出し物を簡単に見つけられそうですね。

 「その通りです。もちろん不確定要素やリスクはありますが、正当な評価がされておらず、欧州クラブが認知あるいは注目できていない才能は日本に数多く埋もれているというのが私たちの見解です。Jクラブにとっても選手の価値に見合った移籍金を得られるチャンスが眠っていると感じています。私たちにはそれを証明する手段としてデータやモデルがあるので、その手助けをできればと考えていますね」

──逆に言い換えると欧州クラブでもまだまだデータ主導のアプローチを取れているチームは少ないということでしょうか?

 「正直なところ、そう多くはありません。例えばプレミアリーグでは全クラブがデータサイエンティストを雇っていますが、やはり古くからのコネクションやバイアスに依存してしまう中で、必ずしも意思決定にその存在を効果的に反映できているわけではない。一方でまさしくその三笘をイングランドに連れてきたブライトンや、ブレントフォードのように分析結果をうまくそのプロセス取り入れてライバルよりも正確な見通しを立てながら中・長期的なアドバンテージを得ている賢いクラブも存在します。両クラブのオーナーはベッティングで名を馳せた人たちですからね。ゲームに勝つにはまずライバルよりも一手先を予測できなければならないことを上層部もわかっているからこそでしょう。実際に私たちのデータモデルはブックメーカーにも採用されています」

ビッグクラブからの関心が噂されながらも、2023年10月にブライトンとの契約を2027年夏まで延長した三笘。その2年前に川崎フロンターレから300万ユーロ(約4億円)で加入したドリブラーの市場価値は、今や8450万ユーロ(約131億円)にまで上っている

──売り手となるJリーグ側としては、そのプレミアリーグと30年前は市場規模が変わらなかったものの、今では約6倍もの開きが生まれています。そうした現状を受けて、ベンフィカやアヤックスを例に海外から得られる移籍関連収入を上げていく動きもあるようです。

 「私たちはそのお手伝いができると考えています。日本サッカーは世界的に過小評価されている市場で、違約金が低く設定されがちな傾向も相まって、三笘のように才能にあふれた日本人選手が安く買い叩かれているわけですよね。ただ、Jクラブとしてはその価値を最大化したいはずです。そこでデータ分析とネットワークに自信のある私たちと協力できれば、その選手の適正価格を算出した上で、これまで繋がりのなかったような欧州クラブにも『ぴったりの選手が日本にいますよ』と売り込めます。これは選手個人にとっても良いことで、適切なレベルかつプレースタイルがフィットしたチームに移籍できれば出場機会を得やすくなります。すなわちキャリアアップして成功できる可能性が高められるわけですよね」

――しかもそこからトッテナムの事例のように、売却後の再建までサポートできるのは心強いですね。……

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Profile

足立 真俊

1996年生まれ。米ウィスコンシン大学でコミュニケーション学を専攻。卒業後は外資系OTAで働く傍ら、『フットボリスタ』を中心としたサッカーメディアで執筆・翻訳・編集経験を積む。2019年5月より同誌編集部の一員に。プロフィール写真は本人。Twitter:@fantaglandista

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