冬にラッシュフォード、アセンシオら大型補強!「再生工場」エメリにビッグクラブ化を託したアストンビラの賭け

今冬の移籍市場で主役となったクラブの1つがアストンビラだ。一足先にCL16強入りを果たしていた“ビランズ”は、マーカス・ラッシュフォードやマルコ・アセンシオらビッグネームを中心に大型補強を敢行している。シーズン途中に大幅な戦力アップを図った裏側にある「ビッグクラブ化」への野心を、Xで「AVFC Japan」として日本のサポーター向けにアストンビラの情報を発信している安洋一郎氏と探っていこう。
2024-25シーズン、冬の移籍市場でアストンビラが大きく勝負に出た。
1982-83シーズン以来の参戦となったCL(当時はチャンピオンズカップ)で、今季から導入された36チームによるリーグフェーズを決勝トーナメント進出が確定する8位でフィニシュしたこともあり、ネームバリューで見ればクラブ史上最高レベルの補強を行った。
昨季のドルトムントでチーム得点王に輝いていたオランダ代表FWドニエル・マーレン(移籍金2500万ユーロ)を完全移籍で、マーケット終盤にはパリ・サンジェルマンからスペイン代表MFマルコ・アセンシオ、マンチェスター・ユナイテッドからイングランド代表FWマーカス・ラッシュフォード、チェルシーからフランス代表DFアクセル・ディサシ(レンタル料600万ユーロ)をそれぞれローン移籍で獲得した。
スペイン2部のレバンテから700万ユーロで引き抜いた急成長中の右SBアンドレス・ガルシアを含めて、冬の移籍市場だけで5人の即戦力を手元に加えている。
一方で放出に目を向けると、CLリーグフェーズ第2節バイエルン戦で決めた決勝ゴールが記憶に新しいコロンビア代表FWジョン・デュラン(→アル・ナスル/7700万ユーロで完全移籍)、昨夏に復帰したばかりのU-21イングランド代表FWジェイデン・フィロジーン(→イプスウィッチ・タウン/2370万ユーロで完全移籍)、セビージャ時代にEL優勝経験があるブラジル人DFジエゴ・カルロス(→フェネルバフチェ/1147万ユーロで完全移籍)、背番号10を背負うアルゼンチン代表MFエミリアーノ・ブエンディア(→レバークーゼン/半年間の期限付き移籍)ら前半戦に戦力として計算していた選手たちがチームを去った。
収支で見れば7417万ユーロの黒字ということもあり、大型補強は退団した選手の穴埋めと言ってしまえばそれまでだが、ここまで戦力を入れ替えたのには明確な理由がある。
「左編重」をはじめとする負の解消策として
ここまで大きく動く必要があったのは、結果として“昨夏の補強では不十分“だったことが成績によって証明されたからだ。
CLではラウンド16に勝ち上がったが、中位を彷徨っているプレミアリーグを含めて総合的に今季を振り返ると、昨季の前半戦とは対照的に大苦戦を強いられた。10月末から12月初旬にかけてはウナイ・エメリ体制で初となる公式戦8戦未勝利と大きく調子を落としている。
その理由を大きく占めるのが「左に偏ったスカッド構成」だった。
開幕時点での2列目の顔ぶれを見ると、モーガン・ロジャーズ、ジェイコブ・ラムジー、フィロジーン、ブエンディアの4人が中央から左サイドを得意としていた一方で、右サイドの方が得意な選手はレオン・ベイリーしかいなかった。
エメリからすれば昨季のプレシーズンで右サイド起用がハマっていたフィロジーンの爆発に期待したのだろう。しかし、彼は度重なる細かいケガの影響でコンディションが上がり切らず、右でも左でもボールロストを連発してチームにアクセントを加えられなかった。
この状況で絶望的だったのが、昨季のリーグ戦で10ゴール9アシストを記録していたチーム唯一の本職右ウイングであるベイリーの絶不調だ。初ゴールを決めるまで公式戦23試合もかかり、スパイクが合わないのかピッチ上で軸足を踏ん張り切れずにスリップする様子が毎試合のように複数回散見され、開幕当初はシュートが枠に飛ぶことすら稀だった。
右SBもウィークポイントで、今冬にRBライプツィヒへとローンアウトされた19歳のコスタ・ネデリコビッチも指揮官からの信頼度が低かったため、計算できる本職のライトバックはマティ・キャッシュのみに。そんな彼も今季だけですでに3度もハムストリングを負傷しており、ベイリーの不調、もしくは負傷離脱が重なると右サイドの攻撃は完全に機能不全に陥った。
これに加えてロジャーズを除く2列目の得点力不足も顕著で、本稿執筆時点でのプレミアリーグでの得点数は下から8番目の35と壊滅的。ラムジーとベイリーがそれぞれ1ゴール(いずれも2025年突入後)、2列目で多くの出場機会を得ている万能なジョン・マッギンが0ゴール、退団したブエンディアとフィロジーンもネットを揺らすことができなかった。
他にもEURO2024で負ったケガの影響で、特に序盤戦の調子が最悪だったエースのオリー・ワトキンスがリーグ最多となる決定機逸を記録。欧州5大リーグのDFの中で空中戦勝率が下位7%、タックル成功率が下位1%のジエゴ・カルロスの低調かつ、集中力を欠くパフォーマンスなど、今季のチームが調子を落とした理由を挙げればキリがない。
彼らとは対照的に、ロジャーズやユーリ・ティーレマンス、ルカ・ディーニュら調子の良い選手もいる。しかし、勝敗に直結する部分では、全体的な下振れの状況をデュランのミラクルな一撃と、彼と同じく後半途中からのロス・バークリー投入に伴う中盤の機能性向上でカバーしていたのが前半戦のアストンビラである。クラブの収支を整える必要があったことに加え、上記の“負“の部分を入れ替えることに注視したのが今冬の移籍市場だった。
フィロジーンをイプスウィッチに放出した額とほぼ同額で、右サイドを得意とするマーレンを獲得し、選手層の薄い右SBにはアンドレス・ガルシアを獲得。CBはクオリティ不足と負傷癖の懸念からジエゴ・カルロスと、ケガが少ないことで知られるタフなディサシを入れ替えた。
そして彼らの獲得以上に注目を集めているのが、デュランとブエンディアの退団に伴って加入したアセンシオとラッシュフォードの両名だろう。
「次のレベルに引き上げてくれた」エメリとロドリの二人三脚
彼ら2人は、厳密にはキャリアの歩み方が違うが、若い頃から前者はレアル・マドリード、後者はマンチェスター・ユナイテッドの将来を背負うことが期待されていた“ワールドクラス予備軍”であったことは共通している。
それぞれ現在は29歳、27歳とキャリアのピークを迎えてもおかしくない年齢に差しかかっているが、ブレイク当初の期待に反して2人とも直近の所属元では構想外に近い扱いを受けていた。
彼らのようにやや伸び悩んでしまっている未完の大器は多くいる。そこに目をつけたのがエメリ監督だった。……



Profile
安 洋一郎
1998年生まれ、東京都出身。高校2年生の頃から『MILKサッカーアカデミー』の佐藤祐一が運営する『株式会社Lifepicture』で、サッカーのデータ分析や記事制作に従事。大学卒業と同時に独立してフリーランスのライターとして活動する。中学生の頃よりアストン・ヴィラを応援しており、クラブ公式サポーターズクラブ『AVFC Japan』を複数名で運営。プレミアリーグからEFLまでイングランドのフットボールを幅広く追っている。