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加入4日で即フル出場!ディナモ・ザグレブはなぜ金子拓郎を獲得したのか?

2023.07.31

新天地を求めた日本人ウインガーにとって、そしてクロアチアの名門クラブにとって「Win-Win」の移籍となるか。チーム状況から財政事情まで、近著『もえるバトレニ』も好評発売中のおなじみ長束恭行氏による、どこよりも詳しいディナモ・ザグレブ最新情報をお届けする。

 7月25日、ディナモ・ザグレブは金子拓郎の加入を発表した。北海道コンサドーレ札幌で「JリーグNo.1ドリブラー」の称号を得た26歳の右ウイングバックは、ディナモの公式サイトで意欲を語る(クロアチア語からの日本語訳)。

 「このような立派な欧州のクラブに加入することはとても幸せで満足している。今回の移籍決定には長い時間を要したけど、最終的には僕にとってもクラブにとってもポジティブなエピローグで終えられたことがうれしい。ディナモは僕にとって欧州サッカー界への第一歩。長年にわたって欧州カップでは競争力のあるクラブであり、誰もディナモから勝ち点を皮算用できないことを知っている。同時にチーム内の競争が非常に激しく、挑戦的なものであることも知っている。だが、挑戦が好きじゃなければ僕はここに来なかっただろう。個人的にはまず実力を証明したい。自分に対して、そしてクラブ幹部やサポーターに対して。寄せられている信頼に応え、(スタディオン・)マクシミールで多くの美しい瞬間を経験すると僕は確信している」

 ディナモが獲得を検討していることがクロアチア国内で初めて報道されたのが7月1日。それ以降にリークされた情報や公式発表を整理すると、契約内容は1年間の期限付き移籍(2023年7月24日~翌年7月21日)。札幌に支払われる額は40万ユーロで、買い取りする場合の移籍金は130万ユーロ。買い取りオプションは付随しているものの、出場数などに伴う履行義務はなし。札幌サポーターからは「安過ぎる」との声が挙がっているようだが、金子と札幌と間で交わされた契約や合意を知らない以上、移籍額が適正価格かどうかについて触れるつもりはない。むしろ、クロアチアサッカーを長くウオッチしてきた私としては「ディナモがなぜ金子を獲得したのか?」という背景について深く考察したい。

クロアチアと日本人、ミキッチというキーパーソン

 今から24年前、ディナモ(当時の名称はクロアチア・ザグレブ)は三浦知良(現オリベイレンセ)を獲得した。あの移籍劇は、初代大統領フラニョ・トゥジマン肝いりのクラブが日本のスター選手を迎え入れることで、スポンサー収入やグッズ販売などのマーケティング効果を期待したものだった。また、12年前にハイデュク・スプリトが伊野波雅彦を獲得した際は、クラブ側がマーケティング効果を高望みした一方、伊野波自身が入団時点で「いつの日にかイタリアに行きたい」と口走るようなミスマッチが生まれていた。どちらも不幸な結末を迎えてしまったが、すでに時代は「一回り」あるいは「二回り」しており、サッカー界を取り巻く事情は大きく異なっている。

 『Wyscout』をはじめとしたスカウティングのプラットホームが充実したおかげで、海を隔てたJリーグの日本人選手を正当に評価することはクロアチアでも日常的に可能となった。日本経済が「失われた30年」のうちに弱体化した背景は否めないが、クロアチア国内で「金子獲得が日本でのマーケティングに繋がる」なんて甘い期待はどこからも聞かれない。あくまで補強選手として考慮されているのは、昨シーズンのクロアチアリーグではバラジディンの浦田樹(現マリボル)やシベニクの新井晴樹(現セレッソ大阪)が印象的な活躍を見せたこと、カタールW杯で日本サッカーに対する評価や認知度がクロアチアであらためて高まったことと無縁ではないだろう。

日本人初のクロアチアリーガーとなった三浦。大勢の日本メディアが毎日のように取材していたのは、今でも現地で語り種になっている

 そんな中、欧州で戦えるようなJリーガーを発掘しては古巣のディナモに推薦してきたキーパーソンがミハエル・ミキッチだ。サンフレッチェ広島の9年間で3度のリーグ優勝に貢献し、湘南ベルマーレでの2018シーズンを最後に現役引退。2019年10月には大親友のイゴール・ビシュチャン監督が率いるU-21クロアチア代表にスタッフ入閣し、21-22シーズンはディナモでアシスタントコーチとして働いた。現在はスロベニアのマリボルでアシスタントコーチを務める本人から直接聞いた話では、現役時代からディナモには報告を入れており、サガン鳥栖の鎌田大地、川崎フロンターレの三笘薫(現ブライトン)、横浜F・マリノスの前田大然(現セルティック)など数々のJリーガーを推薦してきたそうだ。ところが、その多くは選手側から断られ、一度もディナモ移籍は実現しなかった。その後の彼らの欧州での活躍ぶりを考慮すれば、ミキッチの審美眼は確かなもの。筆者とのインタビューでミキッチはこう述べる。

 「今でもJリーグのすべてをチェックしている。彼らは移籍金を払う価値があるプレーヤーだ。日本にはとても優秀なプレーヤーが数多くいると思っている」……

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Profile

長束 恭行

1973年生まれ。1997年、現地観戦したディナモ・ザグレブの試合に感銘を受けて銀行を退職。2001年からは10年間のザグレブ生活を通して旧ユーゴ諸国のサッカーを追った。2011年から4年間はリトアニアを拠点に東欧諸国を取材。取材レポートを一冊にまとめた『東欧サッカークロニクル』(カンゼン)では2018年度ミズノスポーツライター優秀賞を受賞した。近著に『もえるバトレニ モドリッチと仲間たちの夢のカタール大冒険譚』(小社刊)。

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