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データベースの中に世界がある。移籍市場を変えた「Wyscout」

2017.11.09

創業わずか10年(2015年時点)で顧客数は450クラブ。欧州や南米の主要クラブはほぼすべて契約していると言っても過言ではない。移籍市場を変えた画期的なデータ提供サービス「Wyscout」は、もはや世界のサッカー関係者の必須アイテムになっている。「データベース化」「移籍」「プラットフォーム」が、イタリアの片田舎で誕生したベンチャー企業の成功のキーワードだ。

 ここ何年か、プロコーチや代理人の口から「Wyscout」という名前を耳にすることが多くなった。世界中のあらゆるカテゴリーの試合や選手の動画を集めてタグ付けした巨大なデータベースをオンライン上で提供しており、年会費を支払って会員登録することで、そのすべてにアクセスできるという画期的なサービスだ。

 クラブのスカウティングスタッフは、オフィスにいながらにして、世界80カ国、下部リーグや育成年代まで含めた170のリーグで行われてきた約15万試合、30万人以上の選手のプレー動画にアクセスすることができる。しかもその動画は、ゴール、アシスト、ショートパス、ロングパス、インターセプト、ボール奪取など20ものタグが付いて細分化されており、見たいプレー、見たい場面だけをピックアップして、ストリーミングで視聴したりダウンロードしたりできるのだ。

 さらにデータ会社の「Opta」や「Prozone」が提供しているものと同じレベルのプレー分析データやスタッツ、そして移籍情報サイト「Transfermarkt」で見られるようなキャリアデータまでが、すべてWEB上の一つのプラットフォームの中に収められている。

 これだけ充実したデータベースが、月790ユーロ(約10万円)というコストで手に入る(対象国を5カ国までに限定した料金プランなら半額以下)のだから、欧州各国のメガクラブはもちろん、無名のタレントを他に先んじて発掘したい中小クラブまでが、こぞって顧客になったのは当然のことだった。

様々な試合から見たいプレー、見たい場面だけをピックアップして再生できるのも「Wyscout」の利点だ

始まりはイタリア片田舎のベンチャー

 興味深いのは、この「Wyscout」はつい10年前にイタリア・リグーリア州の小都市で何もないところからスタートした、典型的なベンチャー企業だというところ。創業者のマッテオ・カンポドニコは元アマチュアプレーヤー。大学卒業後、情報系企業でビジネスアナリストをしていた28歳の時に、試合の映像にプレー項目ごとにタグを付けて編集したDVDをクラブに提供するというアイディアを思いつき、地元のセミプロクラブを相手にサイドビジネスとして事業化したのが始まりだった。

 大きな飛躍の契機となったのは、大手の分析サービス会社ですら試合映像をDVDに焼き、プリントアウトした分析レポートと一緒に宅配便で送っていた時代に、これらの動画をデータベース化してオンライン上で提供するというアイディアを得たこと、そしてメインの顧客ターゲットを監督やコーチングスタッフではなく、スポーツディレクターやスカウティングスタッフに移したことだった。

 さらに、ちょうどこの時期にiPadが発売されたことも追い風になった。iPadが登場した2010年、いち早く専用に開発されたアプリとともに本格的に展開が始まったサービスは、2年後には220クラブ、そして5年後は450ものクラブを顧客にするに至っている。

 成功の秘密はそれだけではない。試合、選手、分析データという「全部入り」のデータベースを一つのビジネスプラットフォームとして捉え、スカウトだけでなく代理人エージェント、監督、選手、審判というプロサッカーに関わるすべてのターゲットに対し、それぞれのニーズに合わせて最適化したインターフェイスを用意して売り込んだのだ。

 代理人ならば、新たに契約すべき選手を探すだけでなく、データベースの映像を使って自分の契約している選手を売り込むためのビデオクリップを作成できる。監督・コーチは今や「Prozone」などと変わらないレベルまで進化したスタッツや分析データを、自チームや対戦相手の分析に活用することができる。選手(や審判)ならば、自分のプレー(ジャッジ)を分析データとともに見直したり、次の試合で対戦する相手のプレーを「予習」したりできる。こうして現在では、450のクラブに加えて500もの代理人、1500人のプレーヤー、そして42カ国のサッカー協会が顧客リストに名を連ねている。

顧客コミュニティの価値に着目

 これだけの数の、しかも各カテゴリーでトップレベルの顧客が集まれば、それ自体が大きな資産である。「Wyscout」が凄いのは、データベースに基づく情報提供サービスだけに留まらず、彼らを一つのコミュニティとして扱い、その交流とマッチングにも自分たちのビジネスを広げたところだ。

 2011年から年2回、移籍ウィンドウが開く1、2カ月前に開かれる「Wyscout」のフォーラムは、世界中から150近いクラブと代理人が集まる交流と情報交換、そして移籍交渉のファーストコンタクトの場所として機能している。

年2回行われる「Wyscout」のフォーラム。集めた顧客に交流の場を与えることで、さらにブランド価値を高めている

 またオンライン上のプラットフォームには、代理人とクラブがアクセスできるトランスファーセクションがあり、プロフィールや連絡先、契約選手などの基本的な情報に加えて、直接メッセージのやり取りもできるようになっている。

 「Wyscout」がこうしたサービスを通してクラブとエージェントの「出会いの場」を広げたことで、国際的な移籍マーケットのオペレーションは大幅に効率化され、またコンタクトも増えた。例えば、MLSで得点王になったイタリア代表ジョビンコがユベントスからトロントFCに移籍するきっかけとなったのは、2014年11月のフォーラムでの接触からだった。

 試合と選手に関する動画データベースを唯一のプラットフォームとしながら、そこに関連のニーズに対応したサービスを付け加えて、スカウティングと移籍マーケットに関わる市場を丸ごと取り込み、さらに起業時のターゲットだった監督・コーチなど戦術分析部門のニーズにも、トップクオリティの分析データで対応する――。こうして「Wyscout」は起業からほんの10年で、プロサッカーに関わるすべてのカテゴリーの顧客にとってのワンストップサービスとして、圧倒的なシェアを手に入れつつある。

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Wyscout移籍

Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。

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