ボローニャコーチのバルディが語る「教え子」冨安健洋、2年目の成長
ミハイロビッチの戦術分析コーチとしてサンプドリア、ミラン、トリノ、そして現在はボローニャと、セリエAを舞台に活躍してきたレナート・バルディ。昨季、彼のチームに日本代表の期待の新星が加わった。果たして、新世代コーチの目に冨安健洋はどう映っているのか――『モダンサッカーの教科書』コンビが2年目のシーズンを掘り下げる。
前編では、右SBから左CBへポジションを移した理由や新しいポジションに求められるタスクを解説してもらった。
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「守備的SB<モダンなCB」の資産価値
片野「ボローニャは、昨シーズンを通して『SBとCBのハイブリッド』とでも言うべき右SBに固定してきた冨安を、今シーズンは左のCBにコンバートして開幕に臨みました。昨シーズンの起用法は攻守両局面で彼のクオリティを最大限に引き出す、非常に的を射たものだったと思うのですが、あえて違うポジションで使った理由はどこにあったのでしょうか?」
バルディ「トミがDFとして成長する上で、昨シーズンの経験を違う形で生かす機会を与えたいという理由が1つ。もう1つ、チームの戦力的な事情として彼をCBとして起用する以外の解決策が乏しかったという理由もありました。昨シーズン左CBのレギュラーだったバーニが移籍したため、クラブとしては、スピードとテクニックを備えた現代的で質の高い若手を1人、後釜として補強したいというのが当初の構想でした。そこで、2年前に半年間レンタルで加入し、いい仕事をしてくれたリヤンコ(トリノ)の獲得に動いていたのですが、それがうまく行かなかった。クラブとミステルがチームの構想を練る中で、ではどうするか、となった時に、質の高いCBなら外を探さなくともチーム内にいるじゃないか、ということで冨安の名前が挙がったのです」
片野「開幕時点のボローニャの陣容を見ると確かにそうですね」
バルディ「ええ。率直に言って、このポジションを最も安心して任せられるDFがトミだった、という事情があったことは確かです。ただ、もともとはCBが本職だったわけですし、昨シーズンの起用法は確かに彼にとって大きな新境地を拓いたけれど、その経験を今度はCBで生かせばさらに成長するきっかけになるはずだ、という目論見もありました。さらにもう1つ、クラブにとっては資産としての価値をより高めることができるという側面もありました。今のヨーロッパにおいて、守備的なキャラクターの強いSBというのは、あまり市場性が高いとは言えません」
片野「確かに、SBには攻撃のクオリティを求めるのが昨今のトレンドですからね」
バルディ「はい。それと比べると、体格、スピード、テクニック、インテリジェンスをすべて兼ね備えたCBは、ヨーロッパを見回してもほんの一握りです。そういうCBとして実力が認められれば、守備的なSBよりもずっと高い値段がつく可能性が高い。資産としての市場性という意味でも、トミをCBで起用するというのはクラブにとって悪くない話なのです」
片野「どのポジションで起用するかを決める上で、技術・戦術的な観点だけでなく資産としての観点も入ってくるというのは、なかなか生々しい話です」
バルディ「クラブにとって選手は重要な資産でもあります。ボローニャは若いタレントを発掘して使いながらその価値を高め、利益を出して売却することで経営を回していくという戦略を採っていますからなおさらです」
片野「ピッチ上に話を戻しましょう。CBが獲れなかった一方で、右SBにトリノからフリーでデ・シルベストリが加入したのも大きかったのでは?」
バルディ「ええ。ロレンツォ(・デ・シルベストリ)とは我々もサンプドリア、そしてトリノで一緒に仕事をしてきましたから、彼もミステルの考え方やサッカーをよく知っているし、信頼関係も確立されています。右SBに彼を起用することで、トミをCBに回すというやりくりが可能になったということです」

片野「CBとしてのパフォーマンスに対する不安はありませんでしたか?」
バルディ「いいえ。ただもともと本職だとは言っても、セリエAという要求水準の高い舞台でCBとしてプレーするのはトミにとって初めての経験ですから、ある程度の適応期間が必要になるだろうというのは、あらかじめ織り込み済みでした。右SBとしては昨シーズンの開幕からすぐに高いパフォーマンスを見せてくれたわけですが、ポジションとしての難易度や複雑さという点ではCBの方が上ですからね。不安や迷いを抱かず常に落ち着きと確信を持ってプレーできるようになるためには、それなりの経験値が必要です。ただ、パートナーとしてセリエAでの経験が長くリーダーシップも備えたダニーロと組むというのは、その点で助けになるだろうという目算もありました」
なぜ「左」CB、冨安のタスクは?
片野「開幕して最初の11試合は左CB固定でしたが、この間のパフォーマンスはどう評価できるでしょう?」
バルディ「確かなのは、試合を重ねるごとに着実に成長してきたということです。その過程ではいくつか、失点に絡むミス、危険な状況をもたらすミスもありました。しかし全体として見れば、攻守両局面とも質の高いパフォーマンスを見せてきました。ボール保持の局面では、昨シーズン3バックの右で見せてきた高いビルドアップ能力を、今度は3バックの左で同じように発揮しています」
片野「冨安もダニーロも右利きですよね。冨安を左に置くことを選んだ理由はどこにあったのでしょう?」
バルディ「トミは右足だけでなく左足もほとんど遜色ないレベルで使いこなすことができます。少なくともショートパス、ミドルパスに関しては実質的に右と変わらないし、本人も意識して左を使おうとしているほどです。その点で左で起用しても右利きのデメリットはほとんどない。もう1つ、トミは組織的守備では4バックの左CBに入りますが、ビルドアップ時は3バックの左として外に開いたポジションを取り、後方でのパス回しに参加することはもちろん、前方にスペースがあれば積極的に持ち上がって攻撃をサポートするという、昨シーズンと左右が違うだけで実質的には変わらないタスクを担っています。これが4バックの右CBだと、ビルドアップ時には3バックの中央になるので、持ち上がりや攻撃参加の可能性が大きく制限される。それでは彼のせっかくの持ち味を生かすことができませんし、彼自身もそれを好みません。守備の局面だけを見れば、4バックの右SBと左CBではタスクも機能も明らかに異なりますが、攻撃の局面、とりわけビルドアップ時は3バックの右か左かというだけで、担う役割にそれほど大きな違いはないのです」

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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。
