誰も悪くないが、全員の責任。イタリア育成を壊す「インセンティブ連鎖」とは【特集総括後編】
【特集】イタリア代表はなぜ、弱くなったのか?#9
W杯4度の優勝を誇るイタリアが、2大会連続で出場できず、北中米W杯予選でも再びプレーオフに回ることになった。だが、より深刻なのは結果そのものではない。バッジョ、トッティ、デル・ピエーロといった天才を輩出してきた「タレント大国」から、世界を驚かせる選手がほとんど生まれなくなっているという事実だ。少子化、外国人枠、若手の出場機会減――説明は出尽くした。しかし、どれも決定打にはなっていない。本特集では、成功している国ではなく、失敗している国の内側にこそ学ぶべきものがあるという視点から、イタリアサッカーが直面している問題点を検証する。
第8&9回は今特集の全ての取材を担当した片野道郎氏による総括。イタリアサッカーの問題は、イタリア的な価値観がそれぞれの現場で合理的な行動を生みながらも、結果として「優れた選手を育てる」という本来の目的とは逆方向に働いてしまうところにある。この国の育成を縛っているのは「負のインセンティブ連鎖」なのかもしれない。最後に、それを乗り越えるために必要なものを考えてみたい。
アカデミーも結果至上主義に支配されている
何よりもまず目先の結果を要求されるがゆえに、当事者の選択と行動も本来の目的を逸脱してそれに最適化されてしまう――という構造は、アカデミーの運営にも当てはまる。育成部門の監督にすら目先の勝利を要求し、その仕事もプロ選手輩出という長期的な成果ではなく、その年代のリーグ戦順位やタイトルによって評価されるという現実がある以上、現場がその評価基準に沿って最大限の結果を出そうとするのは、必然的な結果だからだ。
アカデミーにおいてすら、目先の結果を最重要視するという文化、それに歯止めをかけて育成が本来あるべき方向に向かうようなインセンティブを与える制度の不在という上部構造が、クラブの現場の戦略、意思決定、運営を規定している。しかも、トップチームの構造とモデルがそのままアカデミーにまで落ちてきているという、ラッリが指摘した問題が、そこに拍車をかけている。
それが育成現場のあり方にまで深い影響を与えていることは、3人が揃って指摘している通りだ。ここでも問題は、環境全体が「目先の勝利」のために最適化されてしまっているところにある。今、このカテゴリーで結果を出すことを求められている以上、今すぐに使える選手を選び、今すぐ勝つためのトレーニングを行うことが合理的な行動になるからだ。
スカウティングや選手起用において、心身の発達が早く、その年代で即座にパフォーマンスを出せる選手(その多くは早生まれになる)を優先し、技術やインテリジェンスはあっても身体的成熟が遅い選手、長期的な成長を前提とするタイプの選手は振り落とされがちになる。それによってモチベーションを失いスポイルされていくタレントも少なくないだろう。
日々のトレーニングも、長期的な能力形成よりも目先の試合に勝つことに最適化された形でメソッドが設計されていく。選手がどのように学習し向上するかにフォーカスするよりも、チームとして今週末の試合に勝つための戦術的完成度を高める方が、優先順位が高いからだ。結果として、技術やインテリジェンスを伸ばすトレーニングは軽視され、戦術トレーニングが多くなる。そして選手にもその中で機能することばかりが要求されるようになる。
すべてを結ぶ「インセンティブ連鎖」
こうして見ると、ラッリが一貫して指摘しているように、上から下まですべてのレイヤーが連鎖しており、相互に補強し合う関係になっていることがわかる。それぞれのレイヤーの当事者は、自らの立場から見れば合理的に振る舞っている。しかしその行動を導いているインセンティブは、「優れた選手を数多く輩出する」という本来の目的をむしろ損なう方向に働いており、結果として育成そのものが機能不全に陥っているという構造だ。環境全体にネガティブなインセンティブ連鎖が働いていると言ってもいい。あえて単純に図式化すればこうだ。
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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。
