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若きジェフ時代の意地、大分で体感したJ1、意を決した増本監督への電話。「苦しくも幸せだった」町田也真人のサッカー半生(引退インタビュー後編)

2026.02.10

2025年シーズンかぎりで、町田也真人がスパイクを脱いだ。2012年にジェフユナイテッド千葉でプロキャリアをスタートして7年、松本山雅で1年、大分トリニータで5年。最後にギラヴァンツ北九州で1年。その14年間の実績は、Jリーグ通算263試合出場31得点。カップ戦を合わせると289試合出場34得点。現役引退を機に、ボールを蹴りはじめてからのサッカー半生を、たっぷりと振り返ってもらった。

後編では、プロ入り後の苦悩と意地、愛するジェフを飛び出した経緯、キャリア晩年の感覚と最後の決意などを語ってもらっている。

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プロ入りが決まった経緯と辛かった若きジェフ時代

――大学で結果を出して、先輩や同期たちもプロ入りを果たしていった中で、(町田)也真人くんとジェフとの出会いは。

 「ジェフのスカウトが専修大に来ていたのは、長澤和輝を見るためだったんですよ。僕じゃない、他の選手をずっと見ていた。その中で監督やコーチが『いやいや、うちの10番を見てください』ってずっと推薦してくれていて。でも周りの人たちからは『選抜メンバーにも入ってないし、まあ上手いけど、プロで通用するのかな』っていう評価だった。おそらく体格のところがネックになってたんだと思います。

 でも、天皇杯のゼルビア戦が終わった後にシャワーを浴びてたら、コーチが『也真人! ジェフがオファーするって!』って叫びながら駆け込んできたんです。スカウトの人が天皇杯を見て『大人相手でもやれる』って思ってくれたみたいで。最終的にジェフとゼルビアからオファーをいただいて、ジェフを選びました」

――サッカーをはじめた当初から体が小さいというイメージで見られがちだったけれど、それを覆してプロのオファーを勝ち取るところまで来た。その秘訣は何だったと思いますか。

 「なんだろう……。いま考えれば、つねにその場所で順応してきたからかなと思います。トップレベルにたどり着くまでに時間はかかるけど、その準備期間で自分の中でしっかり積み重ねていって、いざ自分のターンが来たときに最初は毎回ちょっと苦戦するんだけど、その時期を乗り越えると、中学でも高校でも大学でも自信を持ってプレーできた。準備期間に考えて、そのときどきで足りないものを補うことをイメージしながらプレーしてきました」

――足りないものというのは、たとえばテクニック、ポジショニング、タイミング、戦術理解度といろいろな要素があると思いますが、具体的にはどういったところですか。

 「いちばんは、つねにボールを受けるポジションを探していたこと。その力は特に大学で身についたと思います。庄司と意思疎通が出来ている中で、庄司からパスを受けるためにどこに動けばいいだろうといつも考えていて。そしたら自ずと、ここが空いてるなとか、ちょっとこうやって動いたらこっちで受けられるなとかいったことが見えるようになって、そこで一気に身についた感じでした。

 その庄司と離れてプロになってからは、最初は苦労しましたよ。自信も何もかもへし折られた。でも、間で受けるコツは身につけていたので、そこからさらに、自分の映像を見て分析したんです。自分がどこで、どうなったときにボールを失うか。そしたら、3タッチしたらボールを失うことが多い。2タッチまでなら失っていない。安全なところでならボールに触れるけれど、そうじゃないところで3タッチ以上するとほぼロストしているから、まずはここだなと。それで、ボールを受ける前に次はどうするかを考えて、なおかつ受けるときにはすでに状況が変わっている可能性があるから、それも想定しながらキャンセルしてチェンジできるようにと自分に課題を与えてプレーするようにしました。間で受けるときに、ここでトラップしたら狙われるなと思いながら、ちょっとパスがずれてもダイレクトで出せるイメージを持って入っていったり。

 プロ1、2年目はそういう準備期間になりました。それがよかったのかもしれないですね。

 特に1年目は苦しかったです。練習も満足にやらせてもらえず紅白戦にも出られないから、いつもお決まりの若手4人で延々と1対1や2対2をやっていた。コーチや先輩が声をかけてくれるのに支えられながら、歯を食いしばって。つらかったんですけど、フクアリで試合を見ると、ここでプレーしたいっていう欲がどんどん高まるんです。だったらやるしかないと。いま考えると、よく頑張ったなと思いますね。このままでは絶対に終われないと思ってました」

不遇に抱いた意地「相手チームじゃなくてセキさんを倒す」

――デビュー戦のことは覚えていますか。

……

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Profile

ひぐらしひなつ

大分県中津市生まれの大分を拠点とするサッカーライター。大分トリニータ公式コンテンツ「トリテン」などに執筆、エルゴラッソ大分担当。著書『大分から世界へ 大分トリニータユースの挑戦』『サッカーで一番大切な「あたりまえ」のこと』『監督の異常な愛情-または私は如何にしてこの稼業を・愛する・ようになったか』『救世主監督 片野坂知宏』『カタノサッカー・クロニクル』。最新刊は2023年3月『サッカー監督の決断と采配-傷だらけの名将たち-』。 note:https://note.com/windegg

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