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セリエA新世代コーチ、レナート・バルディ。ボローニャでの新たな探求

2020.07.30

『モダンサッカーの教科書II』発売記念 エピローグ公開

7月29日に発売となった 『モダンサッカーの教科書Ⅱ セリエA新世代コーチの現場で進む「知られざる革命」』 。大好評だった前作に続き、現役セリエAコーチのレナート・バルディが複雑化するサッカー戦術を対話形式でわかりやすく解説する。今回は発売を記念して、本書のエピローグパートを特別公開

前作の反響、新世代コーチの可能性

片野「2年前に上梓した『モダンサッカーの教科書』は、サッカーファンはもちろんプロとして現場に立っている選手やコーチの方々にも広く読まれ、高い評価を受けました。おかげでこうして続編を出すことになりました」


バルディ「日本のサッカーは大きな進歩のプロセスをたどっており、ヨーロッパの最前線で起こっている様々な動きに対しても幅広い知見が共有されていると聞いています。その中で私たちの仕事が注目され評価されたことを、とてもうれしくまた誇りに思っています。

 忘れられないのは、昨年の夏、ボローニャからキャンプ地であるオーストリアに移動するために乗った長距離列車の中での出来事です。ほとんどの選手が携帯をいじったりタブレットで映画を見たり、あるいはカードゲームに興じたりしている中で、トミ(冨安)だけは何か本を読んでいました。よく見たら、それが『モダンサッカーの教科書』だったんです。その後も彼と話をしたりトレーニング中に指導をしたりする中で、『これは本の中に書いてあったあれですよね』というような会話をする機会が何度もあります」


片野「それは、本の内容とピッチ上での指導の内容が繋がっている証明でもありますよね。ゲームモデルに関して、机上だけでとどまっていては何の意味もない、ピッチ上に落とし込んで機能させることこそが目的、という話がありましたが、我われの本そのものが机上だけでなくピッチ上でも役に立っているとすれば、それに勝る喜びはありません」

現在、バルディがコーチを務めるボローニャでプレーする冨安健洋(Photo: Getty Images)


バルディ「トミのプレーを視察に来た日本代表のコーチが、わざわざ本を持ってきて見せてくれたのもうれしかったですね。代表チームのコーチと比べれば、一介のクラブチームのスタッフである私など小さな存在です。情熱を傾けて取り組んだ仕事が、一般のサッカーファンはもちろん国際レベルで活躍している同業者にも刺激になっていることは、私にとっては大きな喜びであり満足でもあります。サッカーそのものの進歩にもいささかながら貢献できたということでしょうから」


片野「以前は、監督としてのメソッドというのは一種の職業的秘密であり、それを積極的に公開・共有して議論し合おうというメンタリティは、少なくともイタリアの古い世代の監督・コーチにはありませんでしたよね。でもレナートたちの姿勢は正反対で、むしろ共有し議論し合うことによって進歩が加速していくという考えですよね」


バルディ「私は、サッカーに秘密など存在しないと思っています。本当に革命的な何かが突然発見されることなど、もはやあり得ない。単にサッカーというゲームを今までとは違う視点、違う角度から見たり、考察したりすること、いろいろな人々の取り組みを参考にし、そこから得たアイディアや思考を組み合わせることで、自分自身の何かが生まれるということだと思います。例えばグアルディオラが、フレンドリーマッチで対戦したミランのコーチである私に、オープンかつフランクにすべてを話し、また議論に応じてくれたのも、それをよく知っているからだと思います。それに、誰かがやっていることをそのままコピー&ペーストして真似したところで、機能するはずもありません。何も生み出さない。個人的には、トレーニングも本来ならばすべて公開した方がいいとすら思っています。試合直前に相手を想定した戦略的な準備をする時だけは別ですが、それに関しても例えば試合後に、どのような考え方でどのような準備をしたか、公開し説明して、それについて建設的な議論をする機会があればいいと思います。試合直後だとまだアドレナリンが残っていて感情も高まっていて冷静になれないので、翌日や翌々日の方がよりいいかもしれません」

片野「我われの共通の友人である林舞輝さん(JFL奈良クラブ監督)は昨シーズン、GMとして試合後にサポーターを集めてレビューをしていましたよ。監督になった今シーズンも継続するようです」


バルディ「それは勇気ある選択だと思います。イタリアなら、勝った時はいいですが、引き分けたり負けたりした時には間違いなく非難や攻撃にさらされるでしょう。日本にはそれぞれの立場や仕事に対する理解とリスペクトがあるからこそ、そういうオープンな試みができるのでしょう。羨ましいですね」


片野「その林さんもそうですが、レナートやエミリオ(デ・レオ)もプロ選手の経験を持たず、アカデミアを通して、あるいは独学で自身のメソッドを深め、ピッチ上で経験を積み重ねながら現在のポジションに到達した、いわゆる新世代の『ラップトップコーチ』ですよね。ヨーロッパでもそうした新しい世代のコーチがトップレベルで活躍する事例が増えてきています。そうした変化をどう見ていますか」


バルディ「以前も話したことですが、私がセリエAのクラブで仕事をするきっかけは、幼なじみであり地元のアマチュアクラブでも一緒に仕事をしてきたエミリオがサンプドリアに呼んでくれたことです。ただそれが可能だったのは、ミステル(シニシャ・ミハイロビッチ監督)が一切の偏見を持たず、私たちの能力を認め可能性を信じて抜擢してくれたからです。その点で間違いなく私たちには幸運もありました。大きな情熱をサッカーに捧げ優れた仕事を残している優秀なコーチは、アマチュアの世界にもたくさんいます。彼らがプロの世界にもっと簡単にアクセスできたら、それを可能にする機会がもっと増えれば、間違いなくプロのトップレベルでも大きな貢献を果たすだろうと思います」


片野「近年はテクニカルスタッフの所帯も大きくなってきていて、ビデオアナリストやデータ分析官といった新たなポストも増えていますから、そういうところからチャンスが広がるといいですね。本来ならプロ監督のライセンスもプロ選手経験のないコーチに対してもっと門戸を開くべきだと思うのですが、イタリアは元選手が優遇され過ぎですよね。ちなみに日本もそうなんですが……」


バルディ「プレーヤーと監督というのは本来まったく別の仕事なのですが、サッカー界の内部には一種のカースト制度が確立されていて、そこでは元トッププレーヤー、元代表選手が一番上にいます。この構造はそう簡単には変わりそうにありません。ただ、テクニカルスタッフの一員として様々な形で活躍する機会が広がってきているのは進歩だと思っています」

ボローニャでの仕事とミステルの闘病

片野「この本に話を戻すと、2年前の1冊目はグアルディオラ研究やゲーム分析のフレームワークをはじめ、総論的な内容が多かったわけですが、今回はむしろ第2章を中心に、現場での仕事をベースにして各論に踏み込んだ内容が多くなりました。分析だけでなく実践にも大きな部分を割いています」


バルディ「トリノでの仕事が中断された後、₁年弱のブランクを経て昨年1月からボローニャで現場に戻ったこともあって、そこでの取り組みを具体的に取り上げたセッションが多くなりましたね。サッカーファンはもちろん指導の現場に立っている方々にとっても、刺激になったり参考にしてもらえる部分が多いかもしれません」


片野「ボローニャは、セリエAのクラブとしてはサンプドリア、ミラン、トリノに続いて4つ目になるわけですが、仕事場としての環境はどうですか?」


バルディ「ここボローニャの環境には、いい意味での驚きがありました。クラブとしての組織体制が非常にしっかりしており、トップもフロントの幹部も高い見識とバランス感覚を持っています。私たちの仕事に対しても、冷静かつ筋の通った評価を下してくれます。奇妙に聞こえるかもしれませんが、これはカルチョの世界ではなかなかないことなんです。トップが目先の勝ち負けに振り回されて、感情的な意思決定を下すことが少なくありませんから。その点ボローニャの場合、オーナーであるジョーイ・サプート会長が長期的な視点に立った明確な経営方針を持っており、それに基づいてクラブが運営されています。トレーニングセンターの充実度は、宿泊施設がないことを除けばミラネッロとも大きく遜色はありませんし、スタジアムも数年以内に大改築が予定されています。スカウティングも、冨安がその好例ですが、無名ながら大きなポテンシャルを秘めた若手を主体に、質の高い選手を発掘し獲得してきています。昨シーズン途中に私たちが着任した時点の状況は、順位はもちろんチームの心理状態としてもかなり深刻かつ困難なものでした。しかし、クラブが当初から私たちを全面的に信頼し積極的にバックアップしてくれたことで、過大なプレッシャーを受けることなく仕事を進めることができました」


片野「着任してから数試合の仕事に対する評価が、結果ではなく客観的なパフォーマンスデータに基づいて行われたという話にも、クラブの考え方や姿勢がはっきりと表れていますよね」


バルディ「我われの仕事を通じてチームがどこに向かおうとしているのか、パフォーマンスにどんな傾向が見られるのかといった、客観的なデータにもクラブは大きな注意を払っています。しかしそれ以上に、現場における日々の仕事を常に見守り、理解しようとしてくれています。スポーツディレクターのリッカルド・ビゴン、チーフスカウトのマルコ・ディ・バイオはほぼ毎日トレーニングを見ていますし、強化全体を統括するワルテル・サバティーニも、ゲームモデルから日々のトレーニングまで、我われの仕事のメソッドに大きな注意を払っています」


片野「クラブとの信頼関係は、2019年夏に起こった不測の事態(ミハイロビッチ監督の急性白血病罹患・闘病による長期離脱)に際しての手厚いバックアップ体制からも伝わってきました」


バルディ「ミステルが何カ月もチームを離れ、病院からリモートでスタッフ全体の仕事をコントロールするという難しい状況を強いられたにもかかわらず、クラブは私たちスタッフを信頼し、サポートしてくれました。昨シーズン着任してからの仕事を見て、私たちのメソッドを理解し評価してくれていたからこそだとは思いますが、クラブにとっては勇気のいる決断だったと思います」


片野「チームは監督不在という大きな困難を乗り切って中位に踏み止まり、ミステルが復帰してからは着実に順位を上げてきていましたよね。この波乱に富んだシーズンを通して『チーム・ミハイロビッチ』とクラブとの絆がさらに深まり、目先の勝ち負けに一喜一憂せず中期的なプロジェクトにともに取り組んでいく土台が固まったように見えます」


バルディ「そうなることを願っています。サプート会長はボローニャの未来について野心的なビジョン、そしてそれを支える経済的基盤を持っています。現在のポジションからさらに上を目指す条件は整っているということです。私たちも、クラブはもちろんチームの選手たち、さらにはサポーターからの支持と信頼を感じています。腰を落ち着けて仕事に取り組む上では理想的な環境と言ってもいいでしょう。逆に言えば、私たちにとっても言い訳のできない環境ではありますが」


片野「ミステルが闘病のために不在という状況の中で仕事をするのは、残されたスタッフにとっても簡単なことではなかったと想像します」


バルディ「ミステルが病魔に襲われたことは、何よりもまず感情的なレベルで大きなショックでした。自身の強烈なパーソナリティとカリスマ性によってリーダーシップを発揮し、チームを引っ張っていくタイプの監督であるがゆえに、そこにいないことがもたらす欠落感も余計に大きかった。私たちは、彼に取って代わろうなどという大それたことは最初から考えず――そんなことは不可能ですからね――、自分たちの役割を今まで通り果たしながら、そこにそれぞれが何かしらのプラスアルファを上乗せすること、そして全員の結束を強めることを通して、この困難を乗り越えようとしてきました。それが結果的に、我われテクニカルスタッフだけでなく、チームの選手たちからフロントまで、ボローニャというクラブ全体の結束をより強めることにも繋がりました」


片野「レナート自身にとっても、これまでに経験したことのない状況だったと思います」


バルディ「こういう状況がなければ絶対経験しなかったことがたくさんありました。あらゆる意味で密度の濃い時間でした。私は毎日のトレーニング、そして試合の間、病室でTVモニターを通じてピッチ上の様子を見ているミステルと電話で繋がり、何か気づいたことがあるたびに指示を受けて、それをチームに伝える役割を担っていました。ミステルのあの気性、あの感情の起伏と向き合って、しかもそれを的確にコミュニケートするというのは、まったく簡単なことではありませんでした。試合中も、例えば選手がケガをしてすぐに交代しなければならない時など、ミステルとやり取りしつつ観客席からベンチに下りてエミリオにそれを伝えて議論したり。病室でモニターを通して試合を見ているミステルは、言ってみれば檻の中のライオンみたいなものですからね。それだけでなく、白血病という生死に関わる病に襲われ、それに正面から立ち向かうミステルを間近で見守り、同時に力を合わせながら毎日の仕事に取り組んでいく中では、本当にいろいろなことがありました。その経験と記憶はこれからもずっと私の中に残っていくでしょう」

シニシャ・ミハイロビッチ監督(Photo: Getty Images)

コロナ禍での気付き


片野「今シーズンはもう1つ、COVID-19によるロックダウンと、それに伴うセリエAのシーズン中断という不測の事態がありました。このコロナウイルス禍とそれがもたらした中断をどのように受け止め、どのように過ごしたかも聞かせてください」


バルディ「未知のウイルスに対する不安や怖れは当然ありましたが、それ以上にこのロックダウンは、自分にとって何が最も重要なのかをあらためて見つめ直す機会でもあったと思います。私自身は以前から、仕事やお金よりもまず、自分自身が精神的に豊かであり幸福であることが一番重要だと考えてきました。ミステルがトリノを解任されて次のチームを探している時にも、もしイタリアからあまりにも遠くに離れなければならないのなら、スタッフとしてついて行くことはできないかもしれない、と伝えたほどです。正直に言えば、仕事やお金のために家族と過ごす時間や生活の質を犠牲にすることは、私にはできません。ここまでは個人的な話ですが、仕事に関しては、この状況の中でできることを探し、それに対してベストを尽くすという姿勢がすべての基本です。中断を嘆いている暇があったら、再開に向けてやるべきことを始める方がずっといい。チームとしてのトレーニングが禁止されていた期間には、フィジカルコーチと連係して、家でもできるトレーニングメニューを作って選手に送り、zoomを使って一緒にトレーニングしたりミーティングを行ったりすることで、フィジカルはもちろんメンタル的な側面からもチームの活力と結束を保つよう努めてきました。その一方でスタッフの間では、今シーズンの試合をビデオとデータの両面から振り返って検証し、チームにと個々のプレーヤーのそれぞれについて改善すべきポイントを洗い出して、再開後のトレーニング計画を準備しました。選手に刺激を与えるために、新しいトレーニングメニューもいくつか取り入れています。感覚的には、新しいシーズンに向けて準備しているようなものです」


片野「本書は『モダンサッカーの教科書』の続編にあたるわけですが、我われのコラボレーションが続いていく限り、本書も1つのシリーズとして第3弾、第4弾を出していければと考えています。今後もよろしくお願いします」


バルディ「こちらこそ。取り上げたいテーマはまだまだたくさんありますからね」

(2020年5月)

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モダンサッカーの教科書Ⅱレナート・バルディ

Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。