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イタリア代表を変貌させた「育成改革」。「FIGCの頭脳」が明かすゲームモデルの転換点

2021.06.20

マウリツィオ・ビシディ(イタリア代表育成年代統括コーディネーター)インタビュー前編

ロシアW杯欧州予選で失意のプレーオフ敗退を味わったイタリア代表は、2018年10月から現在に至るまで無敗を継続。今月開幕したEURO2020でも従来のイタリアサッカー像を覆す、ポジショナルプレーをもとにした攻撃的なサッカーを披露しており、今や優勝候補の一角として期待されるまでに変貌を遂げている。

一転して結果、内容ともに充実の時を迎えている背景には、 「FIGC(イタリアサッカー連盟)の頭脳」マウリツィオ・ビシディが主導するアリーゴ・サッキの育成年代改革プロジェクトの結実がある。彼と古くから親交のあるジャーナリストの片野道郎に打ち明けた「育成改革」の全容、そして成果と課題――なかなか表には出てこない大変貴重なインタビュー(2020年11月収録)をぜひ読んでほしい。

前編では、トレーニングメソッドの進化、ゲームモデルの転換、そしてコロナ禍の影響について語ってもらった。

※『フットボリスタ第82号』より掲載。

育成改革の成果と新たな課題

──アカデミックな研究の進展やテクノロジーの進化によって、育成年代の選手をどう育てるかという考え方やメソッドは、近年大きな変化が生まれてきているのではないかと思います。育成と一言で言っても、個々の選手が持っている能力をどう引き出し伸ばすか、11人でプレーするゲームの中でそれをどのように活用し機能させるかという2つの側面がありますよね。タレントと戦術と言ってもいいし、インディビジュアル(個)とコレクティブ(集団)という言い方もできるかもしれない。もちろんその2つは相互に関連し影響し合っているわけですが。今日は、近年のヨーロッパ、とりわけ代表レベルのエリート育成において、その2つの観点からどのような取り組みが行われ、どのような革新が進んでいるのかについて、イタリアでの取り組みを例に聞かせてもらえればと思っています。

 「そうだね。イタリアのケースで言うと、育成年代代表のパフォーマンスは、近年はっきりと向上している。それはUEFAのユースランキング(下図)に表れている。U-17、U-19、U-21と各年代のランキングがあって、それぞれ過去4年間の公式戦の結果に基づく係数によって順位づけされているのだけれど、そのいずれにおいてもイタリアは順位を上げている。2020年のランキングでは、U-17とU-19が4位、U-21が5位。各国の育成のパフォーマンスは、この3つのランキングを足した数字がある程度の指標になる。1つの年代だけで突出している場合はタレントに依存している可能性もあるけれど、2年刻みの3世代で4年間をトータルした結果ならば、その国の育成がどのくらい機能しているか、かなり客観的に反映されるからね。それで言うとイタリア(13)は、イングランドとスペイン(10)、フランス(12)に次ぎ、ポルトガルと並んでヨーロッパで4番目。オランダ(14)、ドイツ(16)を上回っている。私とサッキが育成年代代表のプロジェクトを始めた10年前は10位台後半、私が責任者になった2016年の時点では9位だったから、我われが進めてきた取り組みは間違ったものではなかったと言えると思う。特に近年の成果には満足しているし、誇りにも思っているよ。10 年かかってようやくトップグループに追いついたという感じだね」

──その結果はどのようにして得られたのか、というのが今日の主題の1つです。

 「テクニックという観点から見ると、イタリアはまだ遅れている。育成において、個のテクニックを向上させることに十分な注意が払われない時期が長く続き、そのツケをまだ払い終わっていないんだ。そうなった理由は2つある。1つは、イタリアの監督たちは戦術が好き過ぎるということ。それ自体は悪いことではないのだが、育成年代の指導となると話が違ってくる。技術よりも戦術を重視すると、毎日のトレーニングも個人よりチームでのメニューの方が多くなる。選手のためというよりも監督自身の満足のためにトレーニングを組んでいるようなことになってしまう。一方子供たちは、技術を高める機会が足りないまま育ってしまうわけだ。もう1つは、トレーニングメソッド上の問題だ。近年、サッカーの技術は試合の中で実際に直面するシチュエーションを再現するトレーニングによってしか向上できない、という考え方が広く支持されるようになってきている。これは、ドリル形式の技術トレーニングはまったく有効ではないという考えに繋がってくる。テクニックをピッチ上の状況から抜き出してそれだけを鍛えることには意味がない、したがって相手のいない技術トレーニングは無用だ、というわけだ。しかし私はそれに全面的には同意することはできない。ドリル形式の技術トレーニングにも特定の有効性はあると考えているからだ。イタリアの場合、もともとチームとしての戦術トレーニングが多かったところに、ドリル形式の技術トレーニングは無用だという考え方が重なったことで、技術を高める機会はさらに少なくなっていった。もちろんシチュエーショントレーニングの中でも技術は鍛えられるが、特定の技術を高める方向には働かない。こうしてイタリアでは、テクニックに優れた選手が育ちにくい環境ができ上がってしまった。実際代表レベルで戦っていても、イタリアの育成年代の選手たちは他の主要国と比べてテクニックで劣っているという実感があった。これは憂慮すべきことだった」

──シチュエーションがすべて、というのは戦術的ピリオダイゼーションの考え方ですよね。それがイタリアの育成年代でも広まっていると。

 「そう。それ自体は非常にいいことだと思っているよ。他の国々からは、『イタリアは以前よりもいいサッカーをするようになった』『どのようにして変わったのか』と訊かれることがよくある。もちろんそれには理由がある。大きいのは、戦術的ピリオダイゼーションの考え方が取り入れられて、守備よりも攻撃に軸足を置いたトレーニングが行われるようになったこと。以前は戦術トレーニングも、プレッシングとかラインコントロールとか、守備の局面ばかりだった。しかし幸運なことにグアルディオラをはじめとする先駆的な指導者たちのおかげで、近年は後方からのビルドアップやラスト30mでの崩しといった攻撃にフォーカスしたトレーニングに注目が集まり、育成年代でも積極的に行われるようになってきた。攻撃に関わる戦術トレーニング(技術を高めるシチュエーショントレーニングという側面も持っている)が増えたことで、テクニック、そして攻撃的なメンタリティという観点から見た向上の機会は、従来と比べて明らかに増えてきた。攻撃的なポジションはもちろんDFやGKにとっても同じことが当てはまる。それが代表レベルでのパフォーマンスにも反映されていることは確かだね。私の下で各年代の代表を率いている監督たちも、トレーニングでは基本的に攻撃のエクササイズしかやらない。攻撃の戦術トレーニングが技術を高めるという点でもポジティブな影響をもたらしているのは、近年の大きな変化の1つだと思う。テクニックの向上にとってそれだけで十分か、という議論はまた別にしてね」

── GKを組み込んで後方からビルドアップするという振る舞いが広まったことで、GKやDFに対するテクニカルな要請は以前とは段違いに高まりましたよね。それも大きいのでは?……

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イタリア代表マウリツィオ・ビシディ育成

Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。