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初心者向け戦術図解シリーズ。CL決勝から新しい戦術用語を知ろう!

2020.09.06

フットボリスタでは、しばしば難解な専門用語が登場することもあり、「難しい」という感想をいただくことがある。そこで今回は、CL決勝を題材にイラストを交えて、欧州サッカー界で使われている新しい戦術用語を紹介してみた。

 パリ・サンジェルマンとバイエルンが欧州の頂点を懸けて激突したCL決勝。フットボールファンの心をわしづかみにする素晴らしいゲームだったが、単なる「熱狂的なファン」だけのものになってしまうのはもったいない。今回は、 CL決勝を例に可愛いイラストを添えながら、「新しい戦術用語」をできる限り簡単に説明していこう。

「カバーシャドウ」

 現代サッカーにおいて、相手陣内から仕掛けるプレッシャーは必修科目になってきている。ボールを丁寧に繋ぎながら前に運ぼうとする攻撃側のチームに対し、守備側のチームは前からボールを追いかけていく。当然、敵陣でボールを奪えればゴールは目の前だ。攻撃と守備が分業制だった旧来と比べ、11人全員が献身的に走るサッカーが求められるようになり、その境目は失われつつある。

 バイエルンの監督や選手が口をそろえて「全員がハードワークすること」を語っているように、チームとしての献身性は重要になっている。世界最高のプレーヤー、リオネル・メッシを擁するバルセロナが準々決勝でバイエルンに大敗したことは、個の閃きに頼るアプローチの限界を感じさせた。

 そのような「全員守備の時代」を象徴するバイエルンとPSGは、両チームが待ち構えるのではなく自ら敵陣でプレッシャーを強めることで相手のミスを誘おうとする。ブラジル代表のエース、ネイマールでさえ前線から鬼気迫る表情で相手を追い回すのだ。

 しかし、プレッシングの圧力ではバイエルンが数段上だった。見えない鎖に繋がれているように、味方同士で適切な距離感を保ちながら、バイエルンはPSGのセンターバックを苦しめていく。

 そこで重要になったのが、「カバーシャドウ」というスキルだ。シャドウ(影)という言葉が使われているように、ボールを受けようとする相手を自らの影に入れ、パスコースを封じる戦術的アクションを指している。

 上のイラストを見てもらおう。PSGのセンターバックが自陣でボールを持っているが、縦のパスコースはボールに詰め寄るバイエルンの選手の影になっている。同時にもう1人、前線の選手がゴールキーパーと中央のパスコースを消しながら近づいてきており、他の選手もサボらずに相手をマークしている。こうなるとセンターバックにはパスを出す選択肢がなくなってしまう。

 スピードを武器にするアタッカーがそろう前線を走らせたかったPSGだが、カバーシャドウを巧みに操るバイエルンのプレッシャーの下、前進に失敗する場面が多かった。

「ゴール期待値」

 膨大なデータを基にコンピューターはオセロを解析し、チェスのチャンピオンを倒し、今では将棋でもトップ棋士と互角に渡り合う。苦手な領域とされていた囲碁の世界でも、今やコンピューターが人智を上回りつつある。

 スポーツの世界でも、データ分析はサッカーよりもピッチに立つ人数の少ないバスケットボールやハンドボールで積極的に導入されている。同時にアメリカではその発展が著しく、もともと数値化がしやすい野球では多様な統計的指標が導入された。映画『マネーボール』に代表されるように、統計的指標を重視したアプローチは実用的なものとなった。

 サッカーでも、「シュート数」のような簡単な指標は昔から使われていた。当然シュートを狙わなければゴールにはならないので、たくさんシュートを打つ方が良い。ただし、「そのシュートの質は?」という疑問にシュート数という量は答えてくれない。

 そこで発明されたのが、「ゴール期待値」という指標だ。これは、「どれだけそのシュートチャンスが得点になりやすいか?」を統計データから数値化したものだ。

 例えば、当然のことだがゴールに近い方がシュートは入りやすい。バスケットボールでもシュートを狙う時、距離が近ければ近いほどがゴールに入りやすいことはイメージしやすいだろう。遠ければ遠いほどシュートは難しくなり、さらにサッカーにはゴールキーパーが存在するため、彼らにシュートを防ぐ時間を与えてしまうことになる。

 もう一つ重要なのは角度だ。当然、ゴールの正面からシュートする方が狙えるエリアは広い。サイドからのシュートはコースが狭く、ゴールキーパーからすればシュートコースを消しやすい。

 また、相手DFの距離や数もゴール期待値に寄与する要素だ。相手が近くにいればシュートがブロックされる確率は高く、多ければ狙えるシュートコースは限られる。

 これらを基に各シュートシーンで算出されるゴール期待値を試合ごとにまとめていくと、その試合で起こり得たスコアを知ることができる。

 例えば、CL決勝でPSGとバイエルンはともに1.1のゴール期待値を記録していた。つまり、両チームともに1.1得点を決めるチャンスを手にしており、決勝に相応しい接戦を繰り広げたということだ。

 最終的にはバイエルンが0-1で勝利しているが、PSGもチャンスを決めていれば試合の行方はわからなかった。こうして実際のスコアと比較することで、そのチームの決定力を知ることができるのだ。

 ここで、両チームの「ゴール期待値が高かった場面」をイラストで紹介しよう。このように「決定機」に注目すれば、ハイライト映像を見返すのも楽しくなるはずだ。

 キミッヒのセンタリングをファーサイドから走り込んだコマンが頭でゴールに叩き込んだシーンは、あまり角度こそなかったがゴール期待値は0.4を記録。バイエルンのシュートの中でも最もゴール期待値が高い場面となった。

 一方のPSGが演出したゴールチャンスで、最もゴール期待値が高かったのはムバッペのシュートだ。前半終了間際にバイエルンのパスミスを敵陣中央で拾ったムバッペがエレーラにボールを預けると、ダイレクトで完璧なリターンパス。右サイドに守備が偏ってしまったところで、ムバッペがゴール正面でシュートチャンスを得ている。

 ゴールキーパーのノイアーも右にポジションを寄せており、左のコースへのシュートが狙えていれば得点の可能性も高かったのではないだろうか。ストライカーが相手のミスから得た決定機を決められなかったことは、PSGにとって重いダメージとなった。

 専門用語は一見難しく映るが、サッカーをより深く理解する助けにもなる。今以上に、みなさんのサッカー観戦が豊かで楽しいものになることを祈りながら、今回は筆を置くことにしたい。

Illustrations: tori
Photo: Pool via Getty Images

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Profile

結城 康平

1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。