【イタリア代表アナリスト分析】「非常にヨーロッパ的なチーム」柏レイソル、巧みな非対称ビルドアップの構造とファイナルサードでの課題

レナート・バルディのJクラブ徹底解析#3
柏レイソル(前編)
『モダンサッカーの教科書』シリーズの共著者としてfootballistaの読者にはおなじみのレナート・バルディ。ボローニャ、ミランなどセリエAクラブの分析担当を歴任し、FIGC(イタリアサッカー連盟)ではアナリスト講座の講師を任されている。現在はイタリア代表のマッチアナリストとしてスパレッティ監督を支える「分析のプロ」の目で、Jリーグ注目クラブの戦術フレームワークを徹底的に解析してもらおう。
第3&4回は、新たに監督に迎えたリカルド・ロドリゲスが志向するポジショナルなスタイルと新戦力ががっちり噛み合い、再現性の高いサッカーを見せている柏レイソル。前編では、10試合あまりですでにかなりの完成度に至っているビルドアップの構造と、「攻撃のボリュームに対して決定機創出の頻度が少ない」というファイナルサードでの崩しについて分析する。(取材日は4月18日/本文中の数字は取材時点)
「技術」と「戦術眼」を兼ね備えた11人
――Jリーグ注目チームの戦術を、ヨーロッパ基準のニュートラルな視点から分析していこうという新シリーズの今回は、開幕から好調を保ち首位争いに絡んでいる柏レイソルを選びました。昨シーズンは17位と残留だけで精一杯だったチームですが、今シーズンからスペイン人のリカルド・ロドリゲス監督を迎え、スペインサッカーのフィロソフィを色濃く反映したポジショナルなポゼッションサッカーを展開して、期待以上の躍進を見せています。前回の浦和レッズと同様、直近の3試合を分析して、チームとしての戦術的枠組み、それを支えるゲームモデルとプレー原則を、保持、非保持のフェーズごとに見ていくことにしましょう。
「最初に言えるのは、柏は原則においてもチームとしての振る舞いにおいても、非常に『ヨーロッパ的』なチームだということです。リカルド・ロドリゲスは、スペインで育成年代を指導した後、タイで監督キャリアを積み、日本でその地位を確立した監督なんですね。自身の哲学を持ってチームに明確なアイデンティティを与えるタイプで、ポジショナルな配置に基盤を置いたボール支配を通じて主導権を握り、試合を支配しようという攻撃的な姿勢を打ち出しています。ボール支配率は常に相手を上回っており、平均58%強でリーグトップです」
――戦力的に見ると、登録選手の市場価値総額(『トランスファーマルクト』参照)ではリーグ10位に留まっていますが、金額的には1位浦和の2053万ユーロに対して1513万ユーロと7割強の水準です。例えばセリエAだと1位インテル(6億6400万ユーロ)と10位トリノ(1億9100万ユーロ)の間には3倍以上の開きがありますから、その点から言うとJリーグは戦力の均衡度が非常に高いリーグと言っていいと思います。柏には外国人選手が1人しかいないので、4~5人を抱える浦和、G大阪、広島、神戸、鹿島といったライバルと比べると市場価値総額が低くなっていますが、実質的にはそれほど大きな戦力差はなさそうに見えますよね。まず、レギュラーと想定される選手について簡単にコメントした上で、戦術分析に入っていきましょう。
「GKの小島は、『11人目のフィールドプレーヤー』としてビルドアップに積極的に参加するクオリティを備えています。正確なパスワークとプレービジョンを備えており、高く押し上げた最終ライン背後のスペースを管理するスイーパーキーパーとしての能力も高い。ただ、ハイボールへの飛び出しやゴールキーピングに関しては、明らかな欠点をいくつか持っています。私が見た試合がたまたまそうだった可能性もありますが、いくつかの失点場面ではもっとうまくやれたはずでした」
――小島は今シーズンの新戦力で、新監督の要望に応じて獲得されたと聞いています。ゴールキーピングよりもビルドアップ能力に優先順位を置いてGKを選ぶというのは、やはりスペイン人のセスク・ファブレガスがコモに今冬ジャン・ビュテズを獲得したのと同じアプローチですよね。
「私が今受講しているUEFAプロの監督ライセンスコースにはセスクも参加しているのですが、彼自身がはっきりそう言っていました。ビュテズがゴールキーピングという観点から見てベストの選択ではないことは承知の上で、ビルドアップの方に高い優先順位を置いている、意識的な選択であり一種の妥協でもある、と」
――最終ラインは3バックです。
「基本システムは[3-4-2-1]で、攻撃時には[3-2-5]に、守備時には[5-2-3]あるいは[3-4-2-1]に可変します。最終ラインのリーダーは、3バックの中央を務める古賀でしょう。足下のテクニックに優れ、質の高い縦パスを第1プレッシャーラインの背後に位置するボランチはもちろん、第2プレッシャーライン、つまり敵中盤ラインの背後にいるアタッカーにずばっと通すことができる。ビルドアップ能力の高さという点では、3バックの右に入る原田、左に入る田中も同様です。中でも原田は特に印象に残りました。イタリア代表におけるディ・ロレンツォと同じように、ビルドアップにおいて展開の中で中盤に進出し、ポジショナルな優位性を作り出すことができる。パスの受け方、パス出しの両面で、プレーの展開に異なる選択肢をもたらす存在です」
――中盤センターの2ボランチは熊坂と原川または山田、ウイングバック(WB)は久保と小屋松がレギュラーです。
「熊坂は縦に運べるタイプで、流れの中で敵陣に進出していく頻度も相対的に高いのに対して、原川はボールのラインの後ろに留まって、的確なポジショニングで攻守のバランスを保つタイプと、補完的な関係になっています。原川のところに山田が入った時にも、低い位置に留まって2CBの間に落ちたり、外側に開いたりしていました。ウイングバックは、右の久保、左の小屋松ともに右利きで、小屋松は逆足サイドでプレーしているため、中に入り込んでくることも少なくありません。ともにテクニカルで攻撃的なWBです」
――前線は、日本で「2シャドー」と呼ばれるトップ下に小泉、渡井、1トップには垣田が入る形が多いようです。渡井のところに細谷が入って2トップ+トップ下という構成を取った試合もありますね。
「小泉と渡井はともにライン間にスペースを見出す感覚に優れています。ビルドアップ時には中盤に下りてきて数的優位を作ることも多く、それによって前線に生まれたスペースにもう1人が動くことで、ボールサイドにオーバーロードをかけることもあります。流動性が高く、連携も良く取れています。垣田は187cmと大柄ですが、基準点型ではなく動的なタイプのCFで、2シャドーと同様にスペースを作る動きに優れています。ただ、10試合で2得点という数字が示すように、得点力はそれほど高いとは言えないようです。
こうして見ると、11人全員が十分以上のテクニックと戦術的インテリジェンスを備えており、自分たちが何をすべきかを明確に理解している、戦術的秩序の高いチームだと言うことができます」

際立つキーパスの多さ、一方でデュエルに弱い
――GK小島、DF原田、田中、MF久保、原川、小泉、渡井と6人が新戦力で、熊坂、垣田も昨シーズンは準レギュラーだったとのことなので、昨シーズンと比べると11人中8人が入れ替わったことになります。新監督の意向がしっかり反映された補強を行い、明確なコンセプトの下でチームを構築したことが窺われます。 ……



Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。