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暗黙知を形式知へ 松原良香が大学院で学んだこと

2019.10.18

現役時代はFWとして国内外のクラブで活躍し、引退後はサッカー解説者やサッカースクールの代表を務める松原良香氏が日本サッカー界の課題である“決定力不足”の克服をテーマとした書籍「ストライカーを科学する -サッカーは南米に学べ!-」を出版した。西野朗氏が「世界で勝つためのストライカー論」と太鼓判を押す一冊は松原氏が2018年に大学院生として研究発表した修士論文がベースになっている。S級ライセンスを所有した上で修士号も取得するという異質のセカンドキャリアを歩む背景にあるものとは。

苦難のセカンドキャリア

「実力不足を痛感しました」

 2015年秋、同郷の先輩・望月重良に誘われて監督に就任したSC相模原での日々を思い出すと、今でも不甲斐ない自身への怒りがこみあげてくる。指揮を執ったのはシーズン残り3試合のみ。就任前4連敗中だったチームを2勝1分けと立て直したが、チームをマネジメントすることは想像以上に難しいものだった。監督就任初日、主力選手が寝坊で練習に遅刻。チーム内の規律を尊重する松原は当然のように週末の試合で当該選手を外したが、事情を知らないサポーターから反発を受ける。選手、サポーター、社長、スポンサー……監督が向き合うべき相手は想像以上に多く、それぞれに求められるスキルも違った。

 相模原SC監督就任前からサッカーだけの知識ではセカンドキャリアを生き残れない自覚はあった。現役引退後に立上げたサッカースクールは複数チームを持つまでに拡大し、経営は順調に推移していたが、2014年に不覚にも1チームの経営権を失ってしまう。翌年にはGMとして携わっていたチームから志半ばで離れるなど苦難が続いた。その時の経験は今でも思い出すと悔しさで胸が苦しくなる。

 「力を付けて、1から出直したい」

 自分に足りないものは何か。自問自答を繰り返し、選んだ道は日本サッカー界に多くの人材を輩出している筑波大学大学院への入学だった。同大学OBである知人から紹介を受け「ここならしっかり勉強できる」と2015年夏に一般入試で受験した。相模原SCからは監督続投オファーも受けたが「今は大学院で勉強することが先決」と断った。

 「ヨーロッパの監督は勉強家の方が多いですよね。(オリバー・)カーンがMBA(経営学修士)を取得していますし、(オリバー・)ビアホフも大学で経営を学んでいる。より広い視野でサッカーを見ることで指導も変わってくると思います。僕は引退後にサッカースクールを立ち上げて、そこで初めて世の中が見えてきた。監督や経営者としてセカンドキャリアを過ごす日々の中で学ぶ必要性を感じました」

修士論文のテーマはストライカー研究

 大学院では歴史学、経営学、社会学、生物学……様々な分野の授業を通じ、スポーツを多角的に捉える知見を深めていく。若かりし頃、3日で阪南大学を辞めた松原にとっては人生初のキャンパスライフ。社会人として活躍する様々なバックボーンを持った同級生と協力しながら夜遅くまで課題に取組み、授業後はお酒を飲みながら夢を語る日々は忙しくも新鮮だった。

 ただ、楽しいことばかりではないのが大学院の世界。「基本的には感覚的に生きてきた」松原にとって大学院のロジカルな思考法には戸惑った。エビデンスが尊重される世界において松原の意見は主観や経験ベースであり、教授から何度も注意された。

 「この経験は現在の解説業にも活きています。“なぜ”そのプレーが成功したのか、失敗したのか理由を明確にした上で言葉を発することができるようになりました。現状を把握して、どのような対策が有効なのか仮説を立てて、事実を重ねて整理していく」

  大学院を卒業するには修士論文の発表が義務付けられている。選んだテーマは「ストライカー論」。日本サッカー界が優秀なストライカーを輩出するために必要なものを南米出身のストライカーへのインタビューを通じて明らかにする研究を2年間かけて取り組んだ。松原自身の経験や強みを活かす点においては最適である一方で、感覚的に語られる要素の強いテーマでもあり、修士論文として理論化の難易度は高い。事実、ストライカーをテーマとしている先行研究は少ない。

 そうした状況の中、この研究を後押ししたのが松原の指導教員を務めた高橋義雄准教授である。

 「松原さんが南米を中心にカバーニなどトップレベルのストライカーと友人で話が出来ることをゼミで聞いて、それは他の研究者では実現できないアドバンテージであると話しました。過去のW杯の結果を調べてみると南米のストライカーに優位性があるデータも出てきたので研究テーマとしての意義もありました。

 確かにストライカーは理論化が難しい研究テーマです。主観をどのように客観化するのか。選手個人が持っている経験や感覚のことを暗黙知と呼ぶのですが、まずはそこを会話で引き出す必要性がある。その上で、会話のどの部分が重要なのかを理解する。これはトップレベルでのプレー経験のない私ではできないこと。けど、松原さんなら出来る可能性があると考えました」

 インタビュー後は元日本代表監督ザッケローニ氏の通訳を務めた矢野大輔も協力し、日本語で文字起こしを行った。客観的なインタビューの解釈を試みるために筑波大学蹴球監督の小井土正亮、同蹴球部コーチの深山知生と共にディスカッションを繰り返し、フィッシュボーン図(特性要因図)を作成。高橋准教授が当時を振り返る。

 「フィッシュボーン図の作成というのは暗黙知を形式知にしていく過程の作業です。要は主観的な言葉も複数人の人が確認しながら、使われた言葉を文脈で読む……つまり、複数の人の同じ認識が取れたときに形式化されます。海外でのサッカー経験が長い松原さんにとって小井土監督など日本サッカー界でのキャリアが長い指導者のバックアップは大きかったと思いますよ。日本と海外で言葉の解釈が違うこともあるので」

松原の指導教員を務めた高橋義雄准教授

大学院修了後に目指す未来

 松原はストライカーを育てられると考えている。修士論文を書き上げた今、それは確信に変わった。日本サッカー界は“感覚”や“才能”という言葉に逃げずに、本気でストライカーを育成すべき。ゴールは起こるべくして起きている事象であることを今後は現場で証明するつもりだ。

 2019年11月からは吉備国際大学でスポーツコーチング論の授業を担当する他、修士論文を読んだ西野朗氏の紹介によって日本サッカー協会技術委員長の関塚隆氏とストライカー育成についての会談も現在調整中である。そして、その先に見据える未来は現場復帰である。

 「大学院修了後は色んな活動をさせて頂く機会を頂けて本当にありがたいです。こうした経験を活かした先に自分が何を目指すのか、本当にやりたいことは何かを考えると……やっぱり現場。相模原で監督をしていた頃と違って、勝つためにシーズンを通じて何を準備すればいいかを今は理解している。修士を取得する過程で様々な経験が出来た。その知見を活かしてどのような環境でも創意工夫できる自信がある」

 高橋准教授も松原の現場復帰を期待している1人だ。

 「修士論文で形式化した理論は具現化しなければいけない。実践する中でまた松原さんや選手に暗黙知が生まれるでしょう。理論の精度を高めるためにはずっとこのサイクルを回し続ける必要があります。松原さんには次の段階に進んで欲しい」

 アトランタ世代として括られる同年代の元Jリーガーからは未だ監督として成功している人物が出てきていない。前園真聖、城彰二、鈴木秀人、小倉隆史……。その事実もアトランタオリンピックでブラジルを破り、新たな扉を開いた時と同じように「勝負したい。一番になりたい」と松原のモチベーションとなっている。

 厳しい世界であることは理解している。だからこそ、人から必要されることのありがたさ、支えてくれる会社や大学院の仲間達への感謝の気持ちが強くなった。大学院通学中に気付いた「自分は生かされている」という意識と共にセカンドキャリアを再出発する。

 「キャリアを切り拓く上で大切なのは家族や仲間など自分の周りにいる人を大切にすることだと理解しました。疎かになりがちですけど、大学院と仕事の両立など厳しい状況にいる時に助けてくれたのはそういう人達。彼ら彼女らのサポートがあってこそ気持ち良く動くことが出来るし、相手を思いやる気持ちの余裕が好循環を生み出す。これからは誰かのために生きていこう。そう決めているんです」

Yoshika MATSUBARA
松原 良香

1974年8月19日生まれ。静岡県出身。ウルグアイのCAペニャロールを経て、1994年にJリーグ、ジュビロ磐田に入団。清水エスパルスをはじめ、クロアチアやスイスなど国内外を問わず全12チームでプレー。各年代の日本代表としてプレーし、1996年アトランタオリンピックでブラジル代表を”マイアミの奇跡”の一員として破った。引退後はサッカースクール・クラブチームを経営し、2015年にはSC相模原の監督を務めた。2018年3月に筑波大学大学院人間総合科学研究科・体育学修士号を取得。現在はJリーグ選手OB会の副会長やサッカー解説者として活動中。

Photos: Koichi Tamari

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ビジネス文化松原良香育成

Profile

玉利 剛一

1984年生まれ。関西学院大学社会学部卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリ開発等を担当。2018年より筑波大学大学院に所属し、スポーツ社会学を研究。修士号取得。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」管理人。footballista編集部。