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外池大亮はどこへいく 元Jリーガー、愛と目算のセカンドキャリア論

2019.06.03

Jリーガーのセカンドキャリアを取材した「Hard After Hard(ハード・アフター・ハード)」という本がある。著作名が”現役生活もハード、引退後もハード”であることに由来している通り、多くの選手は社会性の欠如や年齢などの問題を理由にサッカー以外の職で生活をしていく困難さを抱えている現実がある。

そうした中、異色のセカンドキャリアを歩む元Jリーガーが存在する。外池大亮。2007年に湘南ベルマーレで引退後、電通、スカパー!と渡り歩き、2018年からは母校でもある早稲田大学ア式蹴球部の監督に就任。一見、After Hardだとは思えない道を外池はどのように切り拓いたのか。スカパー!の後輩でもある筆者が、外池“先輩”に話を伺った。

――今回のテーマは「セカンドキャリア論」です。このテーマでは既に何度か取材を受けているようですので、今回は他のメディアがやらない突っ込んだ質問をさせて頂きます。

 「よろしく。これ、フットボリスタに載るんでしょ?そうなると、やっぱりコアなこと聞かないとダメだよね(笑)」

――では、まずは引退前から。現役時代、シーズンオフを使ってインターンに積極的に参加されてます。きっかけは何だったのですか?

 「2002年に横浜F・マリノスから戦力外通告を受けたこと。トライアウトを受けたら何とかあると思ってたら1月に入っても所属先が決まらない。そこで初めて引退を自覚する訳ですよ。けど、引退後の自分なんてイメージできない。だから、Jリーグに相談しに行ったら、インターンという制度があるよと教えてもらった」

――そのオフは最終的にヴァンフォーレ甲府との契約を勝ち取っています。その後、2007年に現役引退するまでの間、契約状況に関わらず毎年インターンに参加されてますよね。必ずしも参加する必要はなかったようにも思えるのですが。

 「それは現役選手を続けるモチベーションに役立つと思ったから。Jリーグのステークスホルダーの人達と接することで、選手に求められている振舞いを理解できた。それまではプレーヤーとして以外の引き出しを持っていない。視野が狭いというか。けど、色んな会社の人達とネットワークができることで選手としての価値をどうやって上げていくかを考えるようになったし、人としての成熟度を高める経験だった」

――合計で何社インターン行ったのですか?

 「8社かな。電通、Jスポーツ、フロムワン、リクルートエージェント、朝日新聞、中日新聞、アディダス、Jリーグ事務局。大体、1社4日間くらい。元々、新聞記者になりたい夢を持っていたからメディア系が多いんだよね」

――そして、現役引退。セカンドキャリアのスタートは電通でした。外池さんの何が評価されて採用されたんですか?

 「僕の仕事は大手飲料メーカーの営業担当。サッカー界にとって大きなスポンサーであり、代理店にとっても重要なクライアント。当時、求められていたのはビジネスライクなPRではなく、生活者としてサッカーに関わる人達に企業としてどのように寄り添えるかということ。その企業を担当するチームの中に1人くらい元Jリーガーというまさにサッカーのど真ん中に生きた人間がいて、そういうキャリアを歩んできたからこそ示せるアイデアや感受性を期待されてたように感じる。まあ、社会人としての経験はないから1年目はとにかく基本的なことを教育してもらいました(苦笑)」

――Jリーガーがセカンドキャリアに苦労する理由として「社会性の欠如」はよく挙げられる要素です。基本的なことを教育してもらったというサラリーマン1年目で一番苦労したことは何ですか?

 「挨拶、メール、電話などのマナーしかり、営業だったので何をもってホスピタリティを作り出せるのかなど基本的な部分はもちろんだけど、一番苦労したのは組織人としての振舞い。現役の頃は個人事業主として生きてきたので、個を削ぎ落として、いかに組織の歯車として機能していくのか。自分のパフォーマンスだけではなく、クライアントの満足度が評価の基準であり、そこに対価が発生するという価値観はJリーガー時代にはなかったから」

――一方で元Jリーガーだからこその強みもあるのではないでしょうか? 例えば、負けず嫌いな性格とか。スカパー!の社内フットサル大会でも元Jリーガーなのに忖度なくガチンコでプレーしたりする訳じゃないですか。

 「それは元Jリーガーとして受けて立たなきゃならないとこもあるから(笑)。プロにはなれなかったけどっていう若手社員もいる中で、全く思うように動かなくなった身体だったとしてもそういう場で盛り上げに貢献することはできると感じているよ。

 あと、僕の強みは負けず嫌いよりも決断力。瞬時の判断を迫られるスポーツをやってきたし、その判断の重さを味わってきたから。だから、社会人としてのベースが出来てからは普段の業務がゆっくりに感じることもある。確認や共有の重要性も理解しつつ、もっと早くアクションを起こさないと……そう思う時もある」

――外池さんがスカパー!に入社するって聞いた時にどんな人か色々調べたんです。その中に「サポーターの声援に真摯に応える選手」という言及があったことを覚えています。こういうコミュニケーション能力はセカンドキャリアでも重要だと思います。

 「それこそインターンに行って、プロサッカー選手とは何かを考えてから、そういう態度の必要性や効果を意識し始めた。選手としてピッチの中心にいるからこそ、サポーターの方々をはじめとする外側にいる人達を巻き込むことができる。これも1つの決断力。自分のポジショニングを意識してる。どこで自分の強みを発揮するのか。そうした意識を持てることが他の人との違いになると考えた。まあ、批判もされました(苦笑)。『現役引退後を意識している奴と一緒にプレーしたくない』って若いチームメイトから言われたこともあるし。こういう保険を持たない人が偉いみたいな価値観って日本スポーツ界にまだまだ残る悪しき美学だよね」

――元会社の後輩として外池さんを見ていて「批判への耐性」も強みじゃないかなと感じています。早稲田大学ア式蹴球部監督とスカパー!の兼業もそうですけど、パイオニアは嫉妬もあるから周りから批判される。けど、外池さんはそういうのを無視して我が道を進んでいる様に見えます。

 「そんな我が道という自覚はないのだけど、その批判で自分がマイノリティになれていることを実感できるから。能力ではなく、立ち位置で優位性をつくれることってあると思う。自分の存在意義を見出せるポジションを見つけた奴が力を発揮し貢献する可能性が上がるみたいな。ポジショナルプレーって言うんですか(笑)。これは自分のサッカーの捉え方にも近い。誰が既にいるところに向かっても意味がない。例えば、一般企業においてチームに元Jリーガーは4~5人もいらないのかもしれない。でも、1人になるからこそ意味があったりする訳で。もちろん批判され続けるのは面白くないから、新しい場所で結果を出すことで価値は示す。「外池はどこに行くのだろう」って思われたらそれはそれでアリかなと(笑)」

――批判の流れで下世話な質問をさせてください。早稲田大学と言えば、筑波大学と並んで日本サッカー界の一大派閥です。川淵三郎さん、西野朗さん、岡田武史さん、原博実さん……そうしたOBから圧力はかかりますか?

 「監督就任前はそういうものはあると正直思ってた。だから、それを紐解きに行った。OB会とかに参加して。けど、一般的にイメージされる圧力をかけるOBは虚像です(苦笑)。誰も何もネガティブなことは言っていない。もちろん色んな助言は頂きますが。圧力がある様なことを現場サイドが誇張して、勝手に作り上げているだけ。だから、現場が主体的に責任をもってアイデアを示せば、ある意味何でもできるのんじゃないかな。自分もOBとして、そう考えますし、考えたい」

Jリーグのチェアマンを目指す!?

――話をセカンドキャリア形成に戻します。電通、スカパー!、早稲田大学という選択に「サッカー」という軸があるのは分かります。それ以外に何か基準や一貫性はありますか?

 「サッカーがキャリアの中心にあることは間違いなくて、それを“広げる”ことは意識している。点を線にして、線を面にするとでも表現すればいいのかな。まずは選手をやって、サラリーマンを経て、今は監督をやってる。色んな経験をできたことで自分の居場所が広がっているんだよね。指導者の経験だけだったらその世界のライン上で生きていかなきゃダメだけど、僕はそういうことがない。それは現役時代にインターンなどの社会経験を通じてサッカーというコンテンツの市場規模を学び、ネットワークが広がり、外側でも生きていけるなと認識していたからこその捉え方なんだとは思う」

――色んなことをやるってパワーが必要だと思うんですよ。環境を変えることをリスクと捉える考え方もある中で、そのモチベーションはどこからくるんですか?

 「愛でしょ(笑)。サッカー愛だよ。これまでのサッカー界を築いてきた方々への敬意であり、育ててもらったサポーターの方々の感謝であり、一緒に切磋琢磨できた先輩、後輩、仲仲間たちへの誇り」

――失礼承知で聞きますが、反骨心はないのですか?現役時代の不完全燃焼が今のパワーになっているとか。

 「反骨心は全然ない。色んな環境で働いているのは、サッカー界の中だけにいるだけでは恩返しはできないという考えを思ってるから。長くキャリアを積んだ人ほどサッカー界に残る構図に対する違和感はずっと持ってた。まあ、天邪鬼なんだろうね(苦笑)。さっきも話したけど、マイノリティになることで自分の存在意義をつくれることが見えてきたから、いかにそういう存在になれるかをモチベーションとしている部分はあるかもしれない」

――少し視点を広げます。外池さんのセカンドキャリアは成功していると思いますが、一般的にはセカンドキャリア問題はまだ切実な問題だと捉えています。メディアやサポーターなど世間の関心も低いと感じますが、改善策など何か思うところありますか?

 「セカンドキャリアは外がどうにかするのではなくて、中の問題だと思う。選手達にどのようなマインドセットを持たせるかでしかない。構造上仕方ない部分はあるのだろうけど、サッカーしか教えない指導者、サッカーしかやってきていない指導者が多い弊害だよね。だからこそ、僕は早稲田で違うアプローチを心掛けてる。選手達が求めているのはサッカーの技術的なことじゃなくて、どうしたら豊かに生きていけるのかとか、自分達はどういう選択肢を持てるのかとか、生き方の部分。そういうことを知った方がプレーをするモチベーションも上がる」

――正に外池さんがインターンで経験したようなことですね。

 「そうそう。早稲田には色んな学部があって、留学生だったり、芸術やスポーツの領域も広く、色んな人がいる環境で、自分達の捉え方次第で世界が広がることを気付かせてあげたい。そういうマインドセットを持った奴が社会に出ていくことがセカンドキャリア問題の解決策の1つになるんじゃないかな」

――今回は過去の話を中心に聞いてきましたが、最後は未来について聞かせてください。スカパー!社内では「外池さんはJリーグのチェアマンを狙ってる」なんて噂がよく話題になっていたのですが、この先のキャリアイメージはありますか?

 「えー、そうなの(笑)。……Jリーグチェアマンになることは引退して4日後くらいに考えた」

――噂は本当だったんですね(笑)。

「ただ、それは『選手ではなくなること』を受け入れる上での一つの捉え方としてね(笑)。選手ではなく、サッカーに強く深く広く携わるための立ち位置の象徴というか。そのためには社会を知らなきゃダメだと思った。俯瞰してサッカーを捉えられない人がチェアマンやるとかリスクでしょ。だから、引退後にビジネスの世界に行って、メディアも経験して、今はまた現場に戻ってきているキャリアは自分の目指しているところに近づいていると思う。

 自分は恵まれているなと思うよ。すべてのキャリアに共通して言えることだけど、それぞれの組織に歴史や伝統がある中で、タイミング的に自分が機会を与えていただける環境になったということだとも思うから。さっき『愛』って言ったけど、それは自分の経験を下の世代に伝えることで示せるはず。経験だけでなく、生き方としても継承していくことが大切。未来を担える人材や土壌を育てることがこの時代を生きさせてもらっている僕の役割だと思ってる」

Daisuke TONOIKE
外池大亮

早稲田大学ア式蹴球部監督。1975年横浜市出身。1997年からJリーガーとして11年間7クラブでプレー。現役引退後はサラリーマンへ転職。広告会社の電通にて営業を5年、その後はスカパー!にてスポーツコンテンツの編成、制作、PRなどに従事。昨年よりスカパー!に所属しながら、業務委託という形で監督業を務めている。

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外池大亮育成

Profile

玉利 剛一

1984年生まれ。関西学院大学社会学部卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリ開発等を担当。2018年より筑波大学大学院に所属し、スポーツ社会学を研究。修士号取得。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」管理人。footballista編集部。