SPECIAL

ゲームモデルは、選手を自由にする。理論と実践を繋ぐ東大生コーチの指導論

2019.07.04

2018年5月に創設されたフットボリスタのオンラインサロン「フットボリスタ・ラボ」。国外のプロクラブで指導経験を持つコーチに部活動顧問といった指導者から、サッカーを生業にこそしていないものの人一倍の情熱を注いでいる社会人や大学生、現役高校生まで、様々なバックグラウンドを持つメンバーたちが日々、サッカーについて学び合い交流を深めている。この連載では、そんなバラエティに富んだラボメンの素顔とラボ内での活動、“革命”の模様を紹介していく。

今回は、鹿島アントラーズユースから東京大学に進学という異色の経歴を持ち、現在は東大ア式蹴球部(サッカー部)の学生コーチを務める山口遼さん。欧州サッカーや最新の理論を学び自チームで実践する彼に、ゲームモデルの真価について語ってもらった。

アントラーズユースから東大へ


──つくば出身ということですが、サッカーを始めたきっかけは?

 「少年団からスタートして、小5くらいでクリスティアーノ・ロナウドを見てサッカーにはまって。それでアントラーズのジュニアユースに入ったら、中1、2の頃に08-09シーズンのバルサに出会い、大きな衝撃を受けてサッカーのことを研究するようになりました。でも選手としてはドリブラーで、今の指導者としての自分が見たら発狂するようなプレースタイルでしたね(笑)。その後、中学の後半で身長が伸びたこともあり、アントラーズユースに滑り込みました」


──その後東大に進学。これはなぜですか?

 「今考えると甘々な感じでユース生活を送ってしまって、高2にもなるとプロなんてもっての外の状況になり、そこで一度勉強の方に力を入れようと決断しました」


──そこから1年で東大に行ったんですか?凄いですね。

 「1浪したので2年です。現役時は8点足りなくて。東大のサッカー部も、当初は入る気はなかったんですが、やっぱりサッカーに何か置いてきたという気持ちはあったので、結局入りました」


──大学でもプロを目指していたんですよね。

 「はい。結局大学外のチームでプレーすることになったんですが、そこでも挫折して。戦術的な考えが少ない今の日本のサッカー界では、プロになっても結局選手にできることには限界があるとも感じました。それでプロを諦めて東大サッカー部に戻り、学生コーチに転身しました。指導者になりたかったというよりは、自分を拾ってくれたサッカー部への恩返しの意味合いが強かったです」


──でも実際やってみると楽しかった?

 「楽しいというのもあるんですが、自分で言うのも変な話ですが向いているなと。選手時代の僕は自分が戻らないくせに、平気で他の選手に『戻れ』と指示していましたからね。そりゃあ相手は納得しないだろうなと。自分はスタミナがないので各選手の特徴や全体のバランスを考えた上での判断だったんですが、いち選手がそれをやっちゃダメだろと。むしろ指導者になって、選手としては正しい目線じゃなかったんだと気づきました」


──指導を始めるにあたり、サッカーの指導論なども広範囲に学ばれたそうですね。

 「自分の中でサッカーは追求なんです。ペップのサッカーが原体験で、あのシャビイニエスタに近づきたい、という想いがまずあった。だから必要なものは勉強しようと。中でもフィジカルは、本を何冊読んだのかというくらい勉強しました。今のトレーニング理論はフィジカルの調節がメインになっているので。あとリーダーシップスポーツ心理学戦術的ピリオダイゼーションは英語の本を読んで、その元になっている複雑性科学も考え方の基礎は勉強しました」


──東大サッカー部を指導し始めて今2年目ということですが、1年目はどんな指導をやろうとしていたんですか?

 「僕はペップのようなサッカーが好きですが、理想だけではいけないので、選手やリーグのレベルに合わせて調節して。自分の中で一番大切なのは、とにかく楽に、無理せずサッカーをするということ。そうなると、配置、ポジションを重視する考え方が自分の中でしっくりきました」


──効率良く戦うために、ポジションにこだわるという発想なんですね。

 「『ポジションがとにかく大事だ』って最初はずっと言っていました。例えば守備だと、[4-4-2]とかは何となくできるんですけど、4対4のミニゲームとかになると動き過ぎる。落ちていく選手に全員ついていって、そうなると攻撃もフリーな選手ができなくて。ボールポゼッションも、片方のグリッドに全員入ってしまったり……。『動くな、ここにいろ』とずっと言っていましたね」


──ただ、難しいのはポジショナルプレーをやろうと思っても、現実は縦ポン、カウンターに負けてしまう例がよくあることです。それについてはどう思いますか?

 「ペップも言っていますが、まず守備なんですよ。カウンターサッカーにやられるのは攻撃ではなく守備の問題なので、守備のトレーニングをやれよという話で。そこを押さえるからポジショナルプレーが効いてくる。ボールを奪う位置が高くなってボール保持の時間が増える中で、攻撃が良くなって安定感が増していくという流れなんです」

ゲームモデルによって選手はうまくなる


──ここからはフットボリスタ第68号の『ゲームモデル』特集と絡めたテーマですが、山口さんはゲームモデルをどのようなものとして捉えていますか?

 「戦術的ピリオダイゼーションにおけるゲームモデルは、そもそもやるサッカーそのもの。それをイメージできるかが一番大事です」


──選手にはゲームモデルをどのように落とし込みますか?

 「戦術的な話ができる選手には言葉で詳しく伝えることもありますが、基本的にはトレーニングの中で状況設定をして習慣化させていきます。言葉はあくまで補足で、戦術的ピリオダイゼーションの本来のアプローチはトレーニングだと思います」


──トレーニングはどのように構成するのですか?

 「ゲームモデルは僕にとってルールの集合体です。大きな目的である主原則と、それを実現するために必要な準原則ルールの集合体ですね」


──欧州のクラブでも、プレーエリアごとに『アグレッシブに前向きにプレーする』とか『ミドルゾーンでは2タッチ以内』といったルール設定があるようですね。

 「僕もそんなイメージです。そしてそれらのルールを実現するにあたり大事なのが、トレーニングの切り取り方です。トレーニングを作る上では、プレーエリアがどこか、そこに関わるのはどこのポジションの選手なのかがほぼすべて。日本にはその考えが欠けたトレーニングが多いんです。例えば、なんとなく5対5のゲームをやらせたりしますが、どの局面を切り取ってるのか、どのポジションの選手の設定なのかと考える必要があります」


──ポジションの概念が消えて、ただの鳥かご的なゲームになる。

 「そうなんです。なので、どこをトレーニングしているかはメニュー作りの大前提です。状況の再現にあたっては、最終的にはゴールの設定が肝になります。例えばサイドの崩しの場面なら、選手のキャラクターに合わせ、ゾーンゴールでドリブル突破や、人に斜めに縦パスを入れて終わりなどといった設定をします」


──ゲームモデルには、選手は不要な判断が省略でき、必要な判断のためのリソースを確保できるという意義もありますよね。

 「それは間違いないです。ゲームモデルという言葉を使うとルールで決められたことをやるというイメージになりがちですが、ゲームモデルは選手が自由にプレーしているのに味方と呼吸が合うし、相手は嫌な感じになるという究極の理想に近づくためにある。選手がただ好き勝手にプレーしたら、味方と合わないし、相手にとって有効ではない可能性もある。だから自由にやっている状態を最適化する必要があって、そのためにあるのがゲームモデル。そこが最適化されれば、選手としては『何となく俺がやりたいことを普通にやっているだけなのにチームがうまく回る』という状況になります」


──ペップのサッカーを実現するには高度な選手の能力が必要と言われますが、疑問ですよね。ウォーカーに本当にトップレベルの戦術的インテリジェンスがあるのかと。

 「そうなんですよ。もちろん求めるサッカーによって最低要件はあると思います。ただシティのサッカーはシルバじゃないとできないわけじゃない。シティの選手はみんなうまくなっているし、バイエルンの選手も、もともとポゼッションなんてできなかったのにああやって変わる。そしてそれを『ゲームモデルによって助けられている』と評価するのは間違っています。戦術の保護を受けているのではなく、判断が最適化されて、自分の能力を解放した結果、単純にうまくなっているんです。ウォーカーってもともと牛みたいな選手だったじゃないですか(笑)。闘牛で突っ込む側だったのが、最近では旗を振ってかわす側になっちゃっている。あれができるんだから、選手のポテンシャルなんていくらでも変えられるんです。あれがまさにトレーニングによる進化で、それがサッカーの面白いところだと思うんです」


── 少し前にフットボリスタWEB上でCL特集として山口さんや林舞輝さん、カーディフの平野さんに記事を書いてもらいました。みなさん20代前半で、面白い世代ですよね。

 「この世代のコーチたちは、今はみんな学んだり準備している段階ですが、ここから3、4年の間にピックアップされていかないと日本サッカーは厳しくなるかもしれません。欧州サッカーの進歩は速いので、新しい考え方がどんどん現場に入っていかないと離されていくなと」


──ただムードも変わってきて、SNSなどで才能が可視化されるようになってきていますし、例えば林舞輝さんのように記事やインタビューが決定権を持つ人に届けば一緒に仕事をしたいという流れも増えていくと思います。

 「だから林舞輝さんは頑張ってほしいですよね。若い人を登用していく流れが広まってくれば面白いと思います」


──そうですね。今日はありがとうございました。

フットボリスタ・ラボとは?

フットボリスタ主催のコミュニティ。目的は2つ。1つは編集部、プロの書き手、読者が垣根なく議論できる「サロン空間を作ること」、もう1つはそこで生まれた知見で「新しい発想のコンテンツを作ること」。日常的な意見交換はもちろん、ゲストを招いてのラボメン限定リアルイベント開催などを通して海外と日本、ネット空間と現場、サッカー村と他分野の専門家――断絶している2つを繋ぐ架け橋を目指しています。

フットボリスタ・ラボ14期生 募集決定!

フットボリスタ・ラボ14期生の募集が決定しました。

募集開始日時:2019年7月5日(金)12:00~(定員到達次第、受付終了)

募集人数:若干名

その他、応募方法やサービス内容など詳細はこちらをご覧ください。皆様のご応募を心よりお待ち致しております。


Edition: Mirano Yokobori (footballista Lab), Baku Horimoto (footballista Lab)

TAG

フットボリスタ・ラボ

Profile

浅野 賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。