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制御工学からサッカーへ。数理モデルによる解析で新しいスポーツの見方を提示する研究者

2021.04.23

2018年5月に創設されたフットボリスタのオンラインサロンフットボリスタ・ラボ」。国外のプロクラブで指導経験を持つコーチに部活動顧問といった指導者から、サッカーを生業にこそしていないものの人一倍の情熱を注いでいる社会人大学生、現役高校生まで、様々なバックグラウンドを持つメンバーたちが日々、サッカーについて学び合い交流を深めている。この連載では、そんなバラエティに富んだラボメンの素顔とラボ内での活動、“革命”の模様を紹介していく。

今回は、名城大学理工学部准教授の小中英嗣さん。制御工学を研究される中で、スポーツ分野にも研究の幅を広げたという小中さんに、その研究内容からスポーツ×データの未来まで話を聞いた。

※『フットボリスタ第81号』より掲載。

スポーツと統計データを結びつける


── まずは簡単な自己紹介からお願いします。

 「名城大学の理工学部で教員をしている小中です。サッカーとの繋がりとしては、小学校はサッカー部だったんですけど、その後は基本的に見る専門ですね。ルールを覚えたりするのが好きで、基本的にどんなスポーツでも楽しく見られます」


── 今は大学でスポーツの統計データを分析する研究をされているんですよね。

 「制御工学という、数理モデルを使って装置やロボットなどの制御を行う分野の研究をしています。そこからスポーツを研究分野にしたきっかけは、ある時ふと『スポーツの得点の移り変わりって数学でアプローチできるんじゃないか』と考えたんです。そこからいろいろ試行錯誤を始めて、5、6年前からスポーツ統計として研究発表の形で出し始めました。最近はもうスポーツメインでやっている感じです」


──最初はどのスポーツの研究から入っていったんですか?

 「実はバレーボールからだったんですよ。当時バレーボールを観戦する機会がよくあって、その中で、大体同じくらいの点数で終わりますよね。そこで得点差の分布というか、点差の幅を研究できるのではないかと考えました。これはいわゆる確率過程みたいなものかなと思って、各チームが持っている、得点できる能力を定量化して取り出していくと、次の試合の予測ができるんじゃないかと思いました。それでまず自分なりの考えで自力でやって、あとで先行研究をされている人のアプローチを調べたんですが、問題の立て方がほとんど一緒で自信がつきました。そこから、バレーボールの世界ランキングの研究に入っていきました」


──サッカーではどのような研究をされてきたんですか?

 「最初にやった研究は、Jリーグの2ステージ制についてでした。たまたま卒業研究でJリーグをよく見る学生さんが来て、『2ステージ制って実際どうなんだろうね?』という疑問がスタートですね。ステージチャンピオンを決めるといいつつ、実際は年間の1、2、3位が優先される形式ですよね。ステージ優勝したけど4位以下に年間でこぼれ落ちる確率って実際どれくらいなんだろうと。そこで数理モデルを使って仮想のシミュレーションを作りました」


──結論としてはどうなったんですか?

  「結論は、2ステージ制は事実上1ステージ制と同じでした。当時、最後に優勝を決めるチャンピオンシップの形式は複雑なパターンが提示されてましたよね。最大5クラブが出場するパターンも提示されていました。ただ、今のJ リーグの実力分布で実際にそのパターンがどれぐらい起きそうなのかを現実に近いような確率モデルを入れて計算してみると、例えば5チームが出るパターンは数%しかなかったんです。結局は年間勝ち点の多い3チームだけで、チャンピオンシップをやる確率が非常に高かった。Jリーグが説明している内容と実際に起き得るパターンがずれていないかという問題提起ですね」


──なるほど。そこで、このコンペティションのルール設定は現実的じゃないんじゃないかという問題提起ができるわけですね。

 「実際、2回やって2回ともそうなっていましたしね(2015年、2016年の2シーズン実施された2 ステージ制+チャンピオンシップで、チャンピオンシップは2 回とも年間勝ち点上位3チームで争われた)。ただ2分の2というだけだと統計的には弱いです。なので、確率モデルを入れてコンピューターの中で水増しをして結論を出しました」


──ちなみに、先ほどバレーの世界ランキングの話がありましたが、サッカーはどうなんですか?

 「サッカーは2018年に大幅にFIFAランキングの算出方法が変わったんです。イロレーティングっていうのなんですけど、予測勝率のモデルを仮定して、それと結果の差で修正するという方法です。レーティングの差が大きい時は予測勝率が1 に近くて、実力差がなかったら0.5。これに対して実際に勝った場合1、引き分け0.5、負けという形で値をつければ、予測勝率と結果の差分が取れます。それを使って修正をする方式です。理論上は精度は上がっているはずなのですが、今は大陸間の親善試合が組みにくくなっているので検証は難しいですね」


──特にヨーロッパ勢とはW杯でしか戦わないみたいなことになりそうですからね。

 「そうなんですよ。それによって、『強さ』の評価値が大陸の中だけで動いて大陸間で動かないことになるので。W杯の時だけ大きく動いて、その後は大陸間の中だけで動くというふうになるので、その辺をどう評価するかという感じです」

2018年のネーションズリーグ誕生以降、UEFA加盟国はヨーロッパ大陸内で大半の国際試合を戦うことに。写真は初代王者のポルトガル


──最近はどんな研究をされているんですか?

 「ホームアドバンテージの研究をしています。2020年のサッカーは無観客試合になりましたよね。ヨーロッパのリーグを中心にデータを取って、ホームのチームがどれくらいの勝敗かを調べています。単純にホームチームの勝った数を集計してもいいんですけど、シーズンの途中から無観客になったので、たまたまホームで強いチームの試合が多く残っていたりといった誤差が出てくる可能性も考慮して、チームの強さとホームアドバンテージの両方を入れて、ホームアドバンテージだけを取り出す統計の方法を使ってやってみました。すると、やっぱり無観客試合ではホームアドバンテージが弱くなっていました。ブンデスリーガのホームチームの勝ち数が負け数を下回ったという記事も出ましたよね。あれが象徴的なんですけど、ドイツ、イタリア、スペイン、イングランドを調べて、この4カ国を平均するとホームアドバンテージが減少する傾向にありました。ちょっとした揺らぎで減ったというわけではなくて、明確に有意差があって減ったんです」


──1つの指標として面白いですね。それをリーグごとに出すと国ごとにホームアドバンテージの強さが見えてきそうです。

 「リーグごとの比較も、過去のデータも含めて勝ちと負けの引き算を取れば簡単に出すことができます。ただサッカーで難しいのは、試合が少ないのでデータも少ないところですね」

未来のサッカーはハックされるのか?


──今後サッカーのデータ解析はどうなっていくと思われますか?

 「将棋がAIでハックされつつあるのとアナロジーでよく考えてるんですけど、将棋はあのルールと駒の配置で初期条件から始めた時に、ハックされてしまうのは避けられない。AIの助けを借りて、コンピューターの中でたくさん将棋をやれちゃうわけですね。それでちょっとずつ人間が今まで発見してこなかった最良手みたいなものが出てきている。それのアナロジーからすると、AIの助けを借りてサッカーの物理モデルがたくさん再現できたりとか、サッカーのデータを分析することで革新的な戦術が特定の状況では発揮される、などが出てくるのではないかという期待はあります。もしくは今まで人間が積み上げてきたものが、実はもうすでに最適解に近かったという結論になったりするかもしれません。そういう関心はありますね」


──イチローの引退会見で話題になりましたが、MLBで今起こっていることとしてデータで答えがあらかじめわかってしまう中でプレーしていて楽しいのか、という問題はありますよね。複雑性の高いサッカーの攻略はもっと難しいのかもしれませんが。

 「時間の問題という人もいれば、結局選手のスキルが伴わないといけないのでその状況が実現できるのかわからないという人もいますね」

2019年の引退会見で「日本の野球は頭を使う面白い野球であってほしい」と語ったイチロー


──ところで、小中さんはなぜラボに入られたんですか?

 「単純に、サッカーをコアに見ている人がたくさんいるコミュニティへの興味がありました。実際、何回かイベントに参加したのですが、横浜F・マリノスの分析官(杉崎健氏)の方のイベントはすごいなと思いました。僕も中途半端な仕事はできない、外野は外野でわきまえた仕事をしないといけないなと思いました(笑)。僕自身プレーの経験がないですし、クラブの中に入った経験もないので、そういう人じゃないとわからないような内容にはやっぱり手を出さない方がいいかなという意味で勉強になりました。僕がやるべきなのは、ランキングやホームアドバンテージのように、特定の団体に所属していない人がファン的な目線で外からデータを取ってわかることなのかなと思いますね」


──今後ラボでやりたいことはありますか?

 「ラボに入って、自分はスポーツをあくまで見る専門で、まったくサッカークラブみたいな組織には何も関与してなかったんだなというのに気がつきました。高校の先生とか、実際にコーチをされている方とかとイベントで会ったりして、最初に思っていたのとは違う意味で勉強になりました。サッカーという社会がどう成り立っているかに無頓着だったんだと感じました。なのでそこの勉強は続けたいというのと、あとはデータ関連で何かやりたいですね」


──データってピッチ内で使う競技レベルを向上させるためのデータだけじゃなくて、見る側に新しい見方を提示するというのもありますしね。

 「どちらかというと私のモチベーションはそこで。もともと見る専門だったので。今後もラボで同志を増やしていけたらと思います」


──本日は貴重なお話をどうもありがとうございました!

フットボリスタ・ラボとは?

フットボリスタ主催のコミュニティ。目的は2つ。1つは編集部、プロの書き手、読者が垣根なく議論できる「サロン空間を作ること」、もう1つはそこで生まれた知見で「新しい発想のコンテンツを作ること」。日常的な意見交換はもちろん、ゲストを招いてのラボメン限定リアルイベント開催などを通して海外と日本、ネット空間と現場、サッカー村と他分野の専門家――断絶している2つを繋ぐ架け橋を目指しています。

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Edition: Mirano Yokobori (footballista Lab), Baku Horimoto (footballista Lab)
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フットボリスタ・ラボ分析

Profile

浅野 賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。