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シティの「3敗」には、重大な意味がある。東大ア式蹴球部HCが分析

2019.01.11

2018年12月9日のチェルシー戦で今季初黒星(2-0)を喫すると、同12月23日のクリスタルパレス戦(2-3)、12月27日のレスター戦(2-1)で2連敗を喫したマンチェスター・シティ。その後は持ち直し、サウサンプトンそして首位リバプールには勝利したものの、どことなく調子が安定しない。

過密日程に加え、度重なる主力選手の負傷と来れば、負けが込んでしまうのも仕方ないところ。だが、東大ア式蹴球部ヘッドコーチ・山口遼氏(@ryo14afd)は「気がかりなのは、負けが込んだ時期、シティが『意図したチャンス』をほとんど作り出せなかった点」と分析する。

鹿島アントラーズユースを経て、弱冠23歳で大学チームのヘッドコーチを務める俊英の分析をお楽しみいただきたい。

3敗は「不運」ではない

 シティに土をつけたチェルシー、クリスタルパレス、レスターは、どこも似たような戦い方をしていた。

 守備時には[4-5-1]でセットし、基本的に自陣にブロックを作る。中盤とDFラインの距離を近く保ち、[4-4-2]ブロックの泣きどころであるチャンネル(SB-CB間のスペース)にインサイドハーフ(以下IH)を配置し、フリーランにはついて行かせることで、シティの十八番であるウイング(以下WG)およびIHによるチャンネル攻略に対して3vs2(IH、SH、SB)の数的優位で対応できる、というわけだ。また、中盤が5枚なので、1人中盤からフリーランについて行っても4人でラインを維持できる、という強みもある。

 崩しの肝を完全に封じ込まれたシティは、試合終盤にはハイクロスを上げるパワープレー気味の攻撃に終始するなど、普段のアタッキングフットボールを披露することができなかった。

 ポジショナルプレーにおいて、攻撃と守備は密接に関わっている。攻撃の威力が弱ければ、カウンタープレスの威力も弱まる。フェルナンジーニョを欠いた守備陣は、その劣位を誤魔化せず、何度もカウンタープレスをすり抜けられてしまった。

 結果、「崩せていたけど不運だった」という感じではなく、どの試合もチャンスらしいチャンスもなかなか作れず、ボールも安定して持てず、消化不良のまま敗戦という閉塞感を感じさせた。

スターリング&サネ批判は、本質を見失う

 シティのスタイル、哲学として定着して久しいポジショナルプレー。その方法論は、「勝利のための『優位性』を獲得するために、『位置的優位』をチームとして追求する」ということだ。その追求の仕方は、監督やチームによって様々である。

 昨年秋にヴィッセル神戸の監督に就任したファンマ・リージョの言葉を解釈すると、ポジショナルプレーの目的の一つは、「チームで最も『質的優位』が期待できる選手に、良い状態でボールを渡す」ことだ。ペップのチームにおいて、それはバルセロナではメッシであり、バイエルンとシティではWGであった。

 よって、ポジショナルプレーにおける3つの優位性(質的優位、位置的優位、数的優位)の関係性は、「最終的な質的優位を活かすために、位置的優位を利用してピッチのどこかに数的優位を生み出し、崩しのための亀裂を生む」ということになるだろう(もちろん大いに単純化すると、ということである) 。

 この関係性を出発点に考えると、連敗した試合では、質的優位を持つWGに対して1vs3、あるいは2vs3の状況を作られてしまったということで、「ポジショナルプレー」という枠組みで考えれば、失敗だったということになる。

 つまり、あの試合を見て、スターリングやレロイ・サネを批判してしまうと、問題の本質を見失ってしまう。真の問題は、そこに至るまでのビルドアップであり、そこで十分な優位性を獲得できなかったことにある。

シティの質的優位の担い手、スターリングとサネ

サッカーとは、一種の資源管理ゲームである

 少し抽象的になるが、サッカーは、スペースと選択肢という資源を奪い合う一種の資源管理ゲームであると考えている。

 この2つを失うと、選手はミスをしやすくなる。詳しい説明は省くが、スペースよりも選択肢の方が重要だ。これらの資源を消費することで、プレーヤーは先に述べた3つの「優位性」を獲得する(選択肢を利用して位置的優位な味方を使う、など)。また逆に、優位性を駆使して新たな「資源」を獲得する(質的優位で相手を攻略してスペースを手に入れる、など)。

 こうして資源の獲得、消費、再獲得……のサイクルを繰り返してゴールに迫っていくスポーツなのだ。

 サッカーにおいて、これらの要素は全て極めて短い時間で相手に奪われてしまう。時間は特に本質的な資産であり、あらゆる資源や優位性を得るために必要である。リバプールやRBライプツィヒが「速い選手」にこだわるのは、サッカーというゲームにおいてそれだけ時間という資産が重要だからだ。

 また、近年「認知」が重要視されているのも、この時間という資産を利用するためである。選手が状況を認知し、判断し、実際に行動に移すのには「時間」を使う。

 この前提に立って考えたとき、シティのビルドアップにおける問題点は3つであると感じた。1つ目は、中央でのプレーが少ないこと、2つ目はパスのタイミングが遅いこと、3つ目はポジションチェンジが少ないことである。

問題点1:中央でのプレーが少ない

 具体的には、中央の3レーンを使ったプレーを指す。バルサ時代からバイエルン、シティと年を追うごとに減少しており、バルサ時代とそれ以後を分ける決定的な違いになっている。スペイン語では「フエゴ・デ・インテリオール」と呼ばれるが、中央でのプレーは2つの点で有効である。

 1つは、中央はサイドよりもパスを出せる範囲が広いため、相手の管理すべき「スペース」が増えること。もう1つは、中央でのパス交換は相手の視線を切りやすく、相手の守備時の認知に負荷をかけやすいことだ。すなわち中央でのプレーは、サッカーというゲームにおける「優位性を生みやすい」行動なのである。

 一方で、中央はあらゆる選手からのプレッシャーにさらされるので、リスクもまた高いプレーである。おそらくこのリスクを嫌って、このところのシティのビルドアップはハーフスペースを起点に「外に外に」という傾向が非常に強い。しかしサイドチェンジには時間がかかり、相手DFの視線も切れないので、相手はハーフスペースに人を配置するだけで守備ができてしまうというわけだ。

問題点2:パスのタイミングが遅い

 これもまた、時間資産を得るための方法だ。DFは、同時には2つのコースを守れないので、予備動作なしにパスの出しどころを変更する技術が非常に重要になる。

 バルサでは、ブスケッツ、シャビ、イニエスタ、メッシがこのプレーに非常に優れていたし、そのような選手を中央に集めていた(余談だが、セスクがバルサへの適応に苦しんだ理由はこれが意外と苦手だったからだと考えている)。

 これは非常にデリケートなタイミングの問題であり、ワンタッチでも余計に持ち替えてからパスを出そうとすると、DFに今度は防がれてしまうことがあるのだ。

 調子を落としていた時期のシティは、おそらくコンディション不良とリスクへの恐れから、パスのタイミングが1つ遅くなる場面が散見された。その結果、縦パスが入らず、延々とブロックの外でのポゼッションを余儀なくされた。

問題点3:ポジションチェンジが少ない

 ポジションチェンジは、相手の守備に対して認知的な負荷を与え、プレーの決断を遅らせたり、誤らせたりする。結果、時間を得られることがある。

 ポジショナルな崩しを得意とするチームには、この要素があることが多いのだ。CF起用時のメッシやシティのアグエロ、リバプールのフィルミーノは、いずれも9番の位置から中盤に降りることで、周りの選手のポジションチェンジを誘発し、相手の守備に認知の負荷を与える。いずれの選手も1トップの位置から降りてくるのが得意な選手、というのは興味深い。

 また、ベンゲル時代のアーセナルはポジションチェンジを意図的に崩しに組み込んで、華麗な攻撃を連発していた(ただし、ポジションチェンジにルールがなかったので、リスク管理が疎かになり、カウンターには弱かった)。

 このような選手、あるいはポジションチェンジのギミックが存在しないと、DFとしては認知を済ませた状態で判断に集中できる。結果、特に引いた相手に対しては、どうしても守備のエラーが起こりにくくなってしまうのだ。

 アグエロの離脱時期と、シティの不調の時期が被っていたのは偶然ではない。その離脱の影響は、フェルナンジーニョ以上に大きかったのではないかとは思う。

今季リーグ戦17戦10ゴールのアグエロ。11月下旬の試合で負傷しチェルシー戦は欠場、 クリスタルパレス戦(途中出場)で戦列復帰するも良化途上だった

戦術的な進化の可能性

 著しく調子を落とした4試合を経て、シティはサウサンプトンとリバプールを破った。しかし、先に述べたような本質的な課題は解決してはいないだろう。監督が交代したサウサンプトンと首位を走るリバプールは、どちらも積極的な守備方法をとったが、そのようにスペースがある状態ならシティは昨年から滅法強かった。

 指導者目線で見ると、「戦術」という言葉は単純な盤面上の動きのみには留まらない。認知も、体の向きも、準備も、意思決定のスピードも、サッカーの勝利を目指した行動は全て「戦術」と呼べる。こういう地味な部分の一つひとつまで、一貫性を持って改善していくのが監督の仕事である。

 したがって監督として大切なのは、新たな盤面上の配置や動きを考案することだけではなく、このようなミクロな現象をいかにマクロな原理原則と結びついたものにしていくかであり、それを可能にするのはトレーニングしかない。

 偽9番も偽SBも戦術なら、例えばパスを出すタイミングが遅い場合に、練習中に何度でもプレーを止めて徹底的に注意し続けるのもまた、戦術なのだ。

 ペップは多くの選手のプレーを改善させ、いくつかのチームを進化させてきた。現在のチームの課題を私の目線から書いてみたが、サッカーに絶対の正解はない。勝たせ方も、課題の捉え方も、解釈も、自由だ。ペップは自分のチームを見て、その課題をどのように解釈して、さらに進化させていくのだろうか。

 こだわりの強い彼である、現在の状況に満足はしていないはずだ。シティのさらなる「戦術的な進化」の可能性を、これからも楽しみに見ていきたいと思う。


Photos: Getty Images
Edition: Daisuke Sawayama

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ジョセップ・グアルディオラマンチェスター・シティ

Profile

山口 遼

1995年11月23日、茨城県つくば市出身。東京大学工学部化学システム工学科中退。鹿島アントラーズつくばJY、鹿島アントラーズユースを経て、東京大学ア式蹴球部へ。2020年シーズンから同部監督および東京ユナイテッドFCコーチを兼任。2022年シーズンはY.S.C.C.セカンド監督、2023年シーズンからはエリース東京FC監督を務める。twitter: @ryo14afd

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