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大器ブレーノ、絶望からの再生を目指す。過ちを犯した逸材の現在

2018.09.13

名優たちの“セカンドライフ”


欧州のトップリーグで輝かしい実績を残した名優たちが、新たな挑戦の場として欧州以外の地域へと旅立つケースが増えている。しかし、そのチャレンジの様子はなかなか伝わってこない。そんな彼らの、新天地での近況にスポットライトを当てる。

from BRAZIL
BRENO
ブレーノ


文 藤原清美

 サンパウロで育ったブレーノが17歳でプロデビューし、その年末にバイエルン移籍を果たしたのは2007年末のこと。

 ところが、北京五輪で銅メダル獲得に貢献するなどして将来を嘱望され、期待を胸に向かったドイツの地で彼を待ち受けていたのは、まさに悪夢だった。

 バイエルンでは出場機会に恵まれずニュルンベルクにレンタル移籍するも、右膝に重傷を負い手術で戦線離脱。悲劇は続き、バイエルン復帰後に同じ箇所を再手術しても回復には至らず。3度目の手術が決まり、今度こその思いが打ち砕かれた夜のことだった。

 2011年9月20日、自宅に火をつけて火事を起こし逮捕。実刑判決を受け3年9カ月もの間、刑務所で暮らすことになった。

(上)現場検証のため封鎖された火災後のブレーノの住居 (下)弁護士とともに裁判所で会見するブレーノ

 本人こうは振り返る。「プレーすれば右膝が腫れる。手術をすれば、来る日も来る日もテレビで試合を見ることになる。その苦しさを紛らわせようと酒を飲んだ。あの日もまた手術することが悲しくて、飲んでしまった。赤ワインとウイスキーをボトルで1本ずつ。目が覚めた時は、病院だった」

 刑期中にバイエルンとの契約が満了となったブレーノに手を差し伸べたのが、古巣サンパウロだった。給料で彼の家族の生活を維持するため、そして復帰への希望を与えるために、服役中の彼と3年契約を結んだのだ。

 2014年12月、ブラジルに帰国しサンパウロで記者会見に臨んだブレーノは「僕は生きたい。サッカーをプレーしたい。そして、サンパウロに貢献したい。今考えるのは、それだけだ」と泣いた。トレーニングを続け、翌2015年8月、実に4年以上ぶりとなる公式戦出場を果たした。

 しかし、人生は思うようにはいかない。ドイツ時代に苦しんだ右膝の痛みにより、ここでも2度の再手術を余儀なくされる。

 ただ、ドイツ時代とは違った。

 「今はまったく飲まないし、飲みたいとも思わない。どんなに悪い出来事であっても、そこから多くを学んだということだよ」

 再起を期して2017年5月、バスコダガマに移籍。守備が弱点とされていたチームにピタリとはまった。守りに安定感をもたらす活躍とともに、本来の明るさも取り戻した。

「過去のことなんか気にするな」

 ただ、チームメイトと冗談を言ったり、笑い合ったりする中でこんな騒動もあった。かつてパリ・サンジェルマンなどでもプレーしたベテラン選手ネネー(現サンパウロ)が、ふざけてブレーノを「フォギーニョ」、日本語で言えば「火事ちゃん」と呼び、リアクションに困ったブレーノが目をキョロキョロさせて苦笑いする様子を動画に収め自身のSNSに投稿。これが「犯罪を冗談にするなんて」と論議を呼んだのだ。

 それでも、結局「火事ちゃん」はニックネームとして定着してしまうのだが、メディアから「そのニックネーム、自分ではどう思ってるの?」と聞かれた際には苦笑しつつも「全然問題ない」と回答。彼自身、もともと冗談を言ったり、からかったり、笑ったりするタイプであり、そういうチームの陽気な面が、仲良さや雰囲気の良さにも繋がっているからと語っている。

 先日、ブラジルのテレビ局が事件を振り返るブレーノのインタビューを放送し大きな反響があった。特にバスコサポーターからは「過去のことなんか気にするな。今は素晴らしい選手になりつつあるんだから」「僕らは君を称賛するよ」など、多くの励ましのコメントが寄せられた。

 人生を狂わせたケガには、今も苦しんでいる。古傷の右膝に加え、今年は左膝も手術。それでも「すべては自分次第」と戦うブレーノについて、今年6月にバスコの監督に就任した元鹿島アントラーズのジョルジーニョも「凄い選手だ。技術は最高レベル。ドイツで何があったかは知っているけど、今は成熟し、経験も増した。プロフェッショナリズムに徹している」と期待を寄せる。

 現在28歳。バスコとは3年間の契約更新も決まった。「1日ごとが勝負。まずは年末まで好調を維持して、チームの勝利に貢献したい」と本人は意気込む。

 人は過ちを犯すこともある。でも、その罪を償い、もう一度、幸せを取り戻せるし、夢に向かって戦うこともできるのだ。


Breno
ブレーノ

(バスコダガマ)
1989.10.13(28歳)187cm / 83kg DF BRAZIL

2007 São Paulo
2008-09 Bayern (GER)

当時チームメイトだったルカ・トーニのゴールを祝福


2010 Nürnberg (GER)*

競り合っているのはシャルケ時代のケビン・クラニイ


2010-11 Bayern (GER)

シャルケ戦でラウールとマッチアップ


2015-17 São Paulo

上はグレミオ(当時)のボボ

2017- Vasco da Gama

*=on loan

Photos: Getty Images, Bongarts/Getty Images

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バイエルンバスコダガマブレーノ

Profile

藤原 清美

2001年、リオデジャネイロに拠点を移し、スポーツやドキュメンタリー、紀行などの分野で取材活動。特にサッカーではブラジル代表チームや選手の取材で世界中を飛び回り、日本とブラジル両国のTV・執筆等で成果を発表している。W杯6大会取材。著書に『セレソン 人生の勝者たち 「最強集団」から学ぶ15の言葉』(ソル・メディア)『感動!ブラジルサッカー』(講談社現代新書)。YouTube『Planeta Kiyomi』も運営中。

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