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W杯でも顕著。進化するトランジション・フットボール

2018.08.21

TACTICAL FRONTIER


サッカー戦術の最前線は近年急激なスピードで進化している。インターネットの発達で国境を越えた情報にアクセスできるようになり、指導者のキャリア形成や目指すサッカースタイルに明らかな変化が生まれた。国籍・プロアマ問わず最先端の理論が共有されるボーダーレス化の先に待つのは、どんな未来なのか?すでに世界各国で起こり始めている“戦術革命”にフォーカスし、複雑化した現代サッカーの新しい楽しみ方を提案したい。


 広大な国土を有するロシア連邦は、近現代のフットボールでは「主役」になれない時代が続いていた。近年の彼らの躍進は、智将ヒディンクによって率いられたEURO2008だろう。多くの選手が長い距離を走り、ロングカウンターに絡んでいく「コレクティブ・カウンター」はトランジションの局面で強豪国を苦しめ、献身的なロシアの選手たちは戦術に見事に適応した。10年前にトランジション・フットボールの可能性を示したロシア代表の地元で開催されるW杯で、そのトランジション・フットボールが進化しつつある。


「攻守の連環」という概念の明確化

 学術論文において、サッカーというスポーツは「2つのチームが、試合の中で相互作用的な変化を継続的に繰り返すスポーツ」として認識されている。一方が攻撃すれば、相手チームはその形を防ぐことを目指していく。トランジション(攻守の切り替え)の概念は攻守が連環する他のスポーツにも当然のように存在しており、例えばアイスホッケーでは「50%以上のゴールが、攻撃がスタートしてから10秒以内に決まっている」という研究も存在する。戦術の緻密化に伴い、攻撃側は「守備組織の攻略」に苦慮する傾向にある。そうなれば、「守備組織が完成しないうちに崩す」迅速なカウンターアタックが優先されるのは当然の流れなのかもしれない。

 試合を4つのフェーズ(オフェンス/ネガティブトランジション(攻→守の切り替え)/ディフェンス/ポジティブトランジション(守→攻の切り替え)に分割する方法論は体系化されており、独立せずに循環するモデルとなっている。チームによってはいくつかのフェーズを維持するような方式を好み、例えばペップ・グアルディオラのチームはオフェンスとネガティブトランジションの組み合わせによって「ボールの保持と奪回」の局面を増やそうとする。グアルディオラの思想は攻撃的なフットボールであると同時に、「リトリートしての守備機会を減らす」フットボールなのである。

 この循環を加速させることは「カオス・プレッシング」と呼ばれる激しい攻守の入れ替わりを生み、ドイツの戦術ブログ『Spielverlagerung』で活躍する Adin Osmanbasic によれば「近未来のフットボール」を生み出す。断続的にボールを奪い合う局面が続くと、互いに落ち着く時間を与えられない。組織が整っていない状態でのぶつかり合いに勝機を求めるのは、若いドイツ人指導者が好む傾向にあるフットボール哲学でもある。クロップは特に「カオス状態」での勝負を自らのサッカーの土俵としており、格上のチームであってもトランジションの局面へと引きずり込む。

 この「攻守の連環」という概念は、後方からのビルドアップが標準装備として扱われていく中で進化していく。例えば2トップは一時期、古風で攻撃的なスタイルだと考えられていた。前線に2人を残すのは、「守備の枚数を減らしてしまう悪手」だという見方も存在したのだ。しかし、これを覆したのがレアル・マドリーだった。アンチェロッティは2013-2014シーズンのCL準決勝バイエルンとの第2レグにおいて、ベンゼマとロナウドを2トップに起用。彼らはカウンターの準備をするように見せかけて、中盤の底に位置する選手にボールが渡ったタイミングで高い位置に出ていく。狙いは「CBへのパスコースを切る」ことだった。レアル・マドリーはバイエルンのビルドアップから2人のCBを消し去り、中盤からの「組み立て直すようなバックパス」を阻害。攻撃を単純化させ、アタッカーからポジションチェンジする時間を奪った。ビルドアップを封じ込めながら、カウンターの起点を作る。このシステムは、ロシアW杯でのポルトガル代表にも一部受け継がれている。

 ロナウドは守備時にボールを保有しないCBと近い位置を取り、パスコースを妨害しつつ前に残る。もう1人のFWゲデスが献身的にゾーン守備に参加しながら中盤の底を抑えるのとは対照的に、カウンターの起点として機能した。


メキシコの「ボックスツー」戦術

 王者ドイツ相手に番狂わせを演じたメキシコ代表は、トランジション・フットボールの新たな可能性を示した。メキシコは得意とする高い位置からのプレッシングを採用せず、ミドルゾーンに引き込むような4+4ゾーンを採用。ドイツは中盤のアタッカーが積極的にハーフスペースを使うことでCBを誘い出し、ベルナーを裏に走らせることによって守備陣を崩すことが基本的な攻撃のプランだった。右SBに入ったキミッヒの高精度の縦パスが生命線で、彼がシンプルに裏に走り込むベルナーに合わせるような攻撃は信頼性のあるオプションとして捉えられていた。

 メキシコの指揮官カルロス・オソリオの「マンツーマンによって攻撃を限定する」という選択自体は、比較的オーソドックスなものだ。特に中盤の底でゲームを組み立てるプレーメイカーを封じるためにマンツーマンを採用するチームは多い。バスケットボールにおける「ボックスワン」に近い戦術だが、メキシコはCBのフンメルスとMFのクロースにマンツーマンをつけた。同じくバスケットボールの「ボックスツー」に近いシステムで、世界王者に挑んだ。攻撃における2つの起点をマンツーマンで同時に阻害したのである。

戦術家としての手腕を証明したカルロス・オソリオ監督

 オソリオが前衛的だったのは、質的優位を生み出せるマッチアップを「マンツーマンという守備方法を選ぶことで活用した」こと。俊敏性で上回るチチャリート(ハビエル・エルナンデス)を一瞬のスピード勝負が苦手なフンメルスとマッチアップさせ、様々なポジションを動き回れるベラをクロースに当てることによって、クロースを外のスペースに追い出す。レアル・マドリーでも積極的にSBの位置に逃げながらボールを受ける傾向のあるクロースの動きについて行くベラは、サイド・中央を問わずに様々なエリアからカウンターに参加することができる。

 プレッシャーの弱いもう一方のCBイェロメ・ボアテンクは、ボールを持ち運ぶ動きを増やしながらポゼッションに参加。キミッヒが同時に高い位置を保つことで、メキシコの理想となる陣形が生まれる。広い範囲を動き回ることでマークを外そうとするクロースはCB前のスペースを明け渡してしまい、J.ボアテンクは高い位置に進出。そうなると、裏を警戒して最後尾のフンメルスは迂闊な飛び出しを封じられる。そこでクロースが埋められなくなったスペースにチチャリートが下がりながらボールを受け、長い距離のスピードを武器にするロサーノがキミッヒの背後を狙う。

 メキシコが仕組んだ一連のトランジションプレーにおいて鍵となるのが、マンツーマンよる陣形の誘導と質的優位の創出だ。ゾーンディフェンスよりも顕著に相手の攻撃を誘導し、カウンターではマッチアップする相手の特性に合わせた攻撃を仕掛ける。ある意味、メキシコは「局面が崩れやすい」トランジション時に攻撃の陣形と使いたいスペースを明確に作り出すことに成功したのである。

 ゾーンディフェンスと比べて「人」を基準にするマンツーマンマークは、アタッカーの柔軟なポジションチェンジによって苦しめられやすい。一方、後方の選手はビルドアップの中で限られた動きを強いられることになる傾向にあり、無理にマンツーマンを崩そうとすればトランジション時に広大なスペースが生まれてしまう。相手のキーマンを抑えながら質的優位を作り出す「前線のマンツーマン」と「4+4ゾーンをベースとしたゾーンディフェンス」の融合は「進化型のトランジション・フットボール」を生み出すのかもしれない。


Photos: Getty Images

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FIFAワールドカップドイツ代表メキシコ代表

Profile

結城 康平

1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。