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エジルの告白は全世界への声明。日本人も目を背けてはいけない

2018.07.30

7月22日、メスト・エジルは自身の公式Twitterに3部構成の声明文を公開し、ドイツサッカー連盟や一部サッカーファンからの不当な人種差別を理由に、ドイツ代表からの引退を表明した。サッカー界は移民問題にどう向き合っていくべきなのか、NPO法人の一員としても活動してきた経験を持つアルゼンチン在住のサッカー指導者、河内一馬氏に意見を聞いた。


 このようなテーマについて書くことに、大きな責任や、恐怖を感じている。なぜなら私は、純粋な日本人として生まれ、差別や貧困、特別な不幸は味わってこなかった。ただ、NPO法人の一員として活動してきた経緯や、少なくとも今外国人として暮らしている立場をもって、まだまだ世の中のことを理解している途中であるこの若造が「移民」という大きな問題について自分の意見をここに記すことを、どうか許してほしい。偉大な選手メスト・エジルに、最大限の敬意を払って――。

 先日、アーセナルMFメスト・エジル選手が、衝撃的な告白とともに、今後一切ドイツ代表のユニフォームに袖を通さないことを宣言した。「勝った時はドイツ人で、負けた時はトルコ人だった……」。この言葉からこれまで彼が味わってきた数々の苦悩を考えると、サッカーというものの価値自体を疑わずにはいられない。私たち日本人にはまだ理解しがたいことかもしれないが、サッカーというものは、時おり人の人生よりも優先されることがある。それが良いことなのか悪いことなのか、それは誰にもわからないし、誰かが決めたものでもない。だだもう前には戻れないことだけは、確かなのだ。


「あれはユダヤ人だよ」――ベルリンの記憶

 私は中学生の時、ドイツの首都ベルリンに行き、様々な国の選手と試合をした経験がある。初めてまじまじと見た「外国人」は、私たちとは体格も違えば、顔も、匂いも、肌の色も雰囲気も、何もかもが違った。アフリカ「ナミビア共和国」の黒人選手の中に、1人の白人選手が混じっているのを見て、言葉にできない不思議な何かを感じたのを覚えている。他国の試合を見ている時、当時のコーチだったかチームメイトだったか、誰かが「あれはユダヤ人だよ」と私に伝えた。もちろん差別的な発言ではなかったが、過去のドイツ人とユダヤ人との歴史をたどれば、同じ場所でサッカーをするその光景が、ドイツという国において「意味のあること」だったのは間違いない。その時僕は初めてユダヤ人が迫害されてきた事実を知り、子供ながらに悲しみを感じたことを、今でも鮮明に覚えている。

 ドイツ・ベルリンという街で感じたサッカーという「存在の大きさ」は、私の想像をはるかに超えるものだった。あれから10年の月日が経ち、ドイツという国におけるサッカーの「存在」は、山も谷も味わいながら、人間が制御できない巨大なものへと、変わってしまったのかもしれない。


「難民」をめぐるドイツサッカーの光と影

 一方、これら「移民」や「難民」というテーマ(移民と難民の違いについてここでは触れないが、この記事内では「移民」という大きな枠内の中に「難民」という枠組みが存在している、という認識を持って頂ければ十分である)に関して、サッカー界ではこれまでたびたび良いニュースが報道されてきた。今回問題となったドイツでも、それは例外ではない。サッカーは、時に「移民」を救ってきたのだ。

 2016年10月ドイツブンデスリーガ・ブレーメンに所属する、当時19歳の「難民」出身選手ウスマン・マネーが、リーグ戦初ゴールを記録したことが話題になった。アフリカに位置する「ガンビア」から亡命して約2年後に記録されたそのゴールは、ブンデスリーガ公式サイトでも大きく報道された。

初得点後、サポーターと写真を撮るウスマン・マネー

 さらにドイツには「難民」だけで構成されたサッカークラブも存在している。『WELCOME UNITED 03』と名付けられたそのクラブは、ドイツ国内では初となる、難民選手のみでドイツサッカー連盟の公式リーグ戦に所属し、サッカーをプレーする場を与えることのみならず、あらゆる形で難民支援を行っている。ファンからの募金で、選手にスパイクやユニフォームが送られたこともあったという。これらのエピソードを聞くと、エジル選手がドイツ代表で味わってきた「悪」の部分がある一方で、ドイツではその問題に積極的に取り組む人間が多く存在していることもわかる。


サッカーコミュニティは、アイデンティティになり得る

 トルコ系移民3世のエジル選手は、ドイツ国民として暮らし、ドイツ代表としてプレーをしながら、トルコという国に対しても強いアイデンティティを持っていると、本人自身が「告発文」の中で触れている。しかし世界には、たった一つのアイデンティティさえ持つことを許されていない人々も、存在している。その人々を少なからず救おうとしてきたのも、またサッカーなのだ。

 エジル選手と同じイスラム教を信仰し、ミャンマーとバングラディッシュの間に暮らす「ロヒンギャ」と呼ばれる少数民族は、国籍を持つことが許されていない。かつての仏教徒との争いによってミャンマーを追放されたロヒンギャは、隣国バングラディシュへの亡命を試みるも認められず、再びミャンマーに戻ることになった。それから彼らは「どこの国にも属していない」という今の状態が続いてしまっているのだ。これまで多くの迫害や暴力があらゆる場所で行われてきたが、国籍を持たないということは「難民」として安全な場所に逃げることすら許されない、ということを意味している。90万人のロヒンギャがテント暮らしを余儀なくされているバングラディッシュ南東部では、人間による迫害のみならず、自然災害や風土病にも襲われ、いまだ多くの命が奪われている。

 2018年、ミャンマー政府およびバングラディッシュ両政府は、すべてのロヒンギャが故郷に戻れるということで合意を示したが、故郷を破壊されている人々も多いため、安心して帰れる場所がないという事実は変わっておらず、なかなか状況は変わらないという。ロヒンギャの問題は、どう考えても単純な問題ではない。しかし、サッカーがこれらの問題に「手を差し伸べる」ことができる存在であることも、また間違いないのである。

 現在70万人のロヒンギャが暮らしていると言われているマレーシア(2018年4月にも56人のロヒンギャがボートに乗って入国に成功した)には、『Rohingya Football Club』というロヒンギャの人々で構成されたサッカークラブが存在している。同国内にあるオーストラリアの高等弁務官(宗務国が植民地に置いた施政の責任者)の組織による助成金や援助によって行われているこのプロジェクトは、FIFAの大会に出場することができない彼らにとって、サッカークラブとして「アイデンティティ」を感じることができる唯一のコミュニティである。「国民」としての心を持つことを許されていないロヒンギャにとって、コミュニティを持つことの重要性は計り知れない。


日系アルゼンチン人が持つ2つの心

 サッカーというものは、善なのか悪なのか、一体何者なのだろう。もしも善であるのだとすれば、ドイツサッカー連盟(DFB)ラインハルト・グリンデル会長(少なくとも今回のエジル選手の告発問題において)や、その他特定の人々によって「悪」の顔を持ってしまうことは、非常に悲しいことである。

 これらの問題は、私たち日本人にも決して無関係な話ではない。私が暮らしているアルゼンチンでも、それを感じる機会が多くある。ここには多くの「日系人」が暮らしている。日本人が「移民」としてアルゼンチンに入国したのは1898年が最初だと言われているが、隣国ブラジルやペルーとは違い、政府の移民政策としてではなく、イギリス船の乗組員として乗船していた日本人が、船から逃亡してアルゼンチンにたどり着いた。アルゼンチンという国は、そもそも移民政策によって発展を遂げてきた国でもあり、他国にルーツを持つ「移民」が多く暮らしているが、当時移民として認められていたのはヨーロッパ人だけで、日本人移民は多くの苦労を味わったと言われている。

 私も日系人と接することが多くあるが、彼らはエジル選手と同じように、日本人とアルゼンチン人2つの心を持っているように感じる。今世界中にある「日本人に対する良いイメージ」を作ったのは、紛れもなく世界各地に「移民」として移住した日本人の方々のおかげであり、様々な国へ旅行に行くことができたり、どこの国に行っても好意的に受け取られる日本人があるのは、先人のおかげであるということを理解しなければならない。それは、サッカーで海外へ行っている選手や指導者も、同じなのではないだろうか。

ドイツサッカー連盟(DFB)のラインハルト・グリンデル会長

 私は今、ドイツ人女性と同じスペイン語の授業を受けている。彼女が授業の中で、ドイツの移民問題が深刻であると語っていたのを思い出す。私たち日本人は、エジル選手の勇気ある告白によって、何かを感じることはできるだろうか。あの行動は、ドイツだけに向けられたものではなく、全世界に向けて発信されたメッセージである。

 これからサッカーという「大きな存在」は、新たな問題と立ち向かうことになる。社会でこれまでの歴史上にはなかった様な問題が起きているのと同じように、極端なビジネス化が進み、科学革命が起こっているサッカー界でも、今後あらゆる問題が降りかかってくるだろう。これから外国人と接することがますます増えていくであろう日本、そしてサッカーをより「大きな存在」にしようと試みている日本は、これらの問題に、絶対に目を背けてはならない。

 自戒を込めて、またこれからのサッカーが不幸よりも幸せを運んでくれるスポーツになることを願って、この記事の最後とさせていただく。私たちは、エジル選手の勇気ある行動から、何かを感じ取らなければならない。

Photos: Getty Images

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Profile

河内 一馬

1992年生まれ、27歳。サッカー監督。アルゼンチン在住。アルゼンチン指導者協会名誉会長が校長を務める監督養成学校「Escuela Osvaldo Zubeldía」に在籍中。サッカーを非科学的な観点から思考する『芸術としてのサッカー論』筆者。サッカーカルチャーブランド『92 F.C.』ファウンダー。NPO法人 love.fútbol Japan理事。