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ファンの“クレイジー”が支える「移籍情報版ウィキペディア」

2018.04.19

圧倒的なデータベースを誇る移籍情報フォーラムサイト生みの親に聞く


メジャーからマイナーまで3桁以上のリーグに所属する膨大な数の選手情報がデータベース化されており、加えてオリジナルの「市場価値」を掲載することで他サイトとは一線を画するドイツの移籍情報専門サイト『トランスファーマルクト』。今ではニュースソースとして日本語記事でその名前を目にすることも少なくないこのサイト、実はもともと個人が趣味で始めたものだったことを知っている人はほとんどいないのではないだろうか。いかにして世界中のファンだけでなくメディアまでもが一目置くほどの成長を遂げたのか。生みの親であり現在はCEOを務めるマティアス・ザイデルに、その秘訣を語ってもらった。
※原稿内の情報はすべて2016年8月時点のもの


Transfermarkt
トランスファーマルクト(ドイツ)
https://www.transfermarkt.de

CEO
マティアス・ザイデル
Matthias Seidel

ブレーメン出身。大学卒業後、同じ北部にありブレーメンとは強烈なライバル関係にあるハンブルクへ。IT関係のコンサルタント会社を経営するかたわら、愛するブレーメンに関する情報を得る手段として個人的にフォーラムを開設。好評を博したことで2004年からはサイトの運営に専念し、現在はCEOを務める。


双方向ならではの利点

ユーザーがデータを送ったり修正してくれます


── まずは『トランスファーマルクト』がどうやって誕生したのか教えていただけますか?

「2000年のことでした。私は大のブレーメンファンなんですが、(ライバルクラブの本拠地である)ハンブルクに住むことになってしまいました。すると、自分が欲しいブレーメンの情報がまったく得られなくなってしまった。そこで、習得していたITスキルを生かしてWEB上にフォーラムを作り、移籍に関する噂話を誰でも書けるようにしました。最初の頃は50人もユーザーが集まれば喜んだものです。これが『トランスファーマルクト』の原型になります。まさか、これで会社を起こしてビジネスにするなんて思ってもいませんでした。純粋に自分の楽しみ、趣味で始めたものですからね」


── なぜビジネスに転じることを決めたのでしょうか?

「サイトがあっという間に、爆発的にユーザーを獲得して大きくなったんです。そうして2004年に、『これはもう趣味の域を超えてしまっている。仕事と同じじゃないか』と思い、このWEBサイトを職業として運営していくことに決めました。その後も成長の速度は落ちることなくひたすら大きくなり続け、このサイトにしかないオリジナルな機能も次々と実装していきました。選手の契約年数を載せたメディアは私たちが初めてでした。他にも選手の市場価値や代理人情報などですね。こうした、今までの古典的なサッカーファンは気にも留めなかったデータが、新しいタイプのサッカーファンを『トランスファーマルクト』へと呼び込む要因になりました。何かを読むためではなく、サッカー選手に関わる情報を集めたデータベースとして活用されるようになったのです。あらゆるエージェントやジャーナリストが私たちのデータを利用しており、今では『トランスファーマルクト』なしでは仕事ができないほどになっています」


── 成長を続けられた最も大きな要因は?

「『トランスファーマルクト』がこれほど早く大きくなれたのには、初期の頃からずっと支え続けてくれたユーザーの存在が不可欠でした。サイトが誇る膨大なデータベースは、言うなれば『ウィキペディア』のように機能しているのです。彼らは我われにデータを送ったり、修正を加えたりしてくれます。更新頻度が高く定期的に活動しているユーザーを、私たちのデータチェックチームに迎え入れることもあります。世界で最大と呼ばれるまでに成長したサッカーデータベースの運営チームの一員として活動することができるようになるのです。例えば、同席してくれている国際部門担当のトーマス・リンツも、もともとはユーザーとして『トランスファーマルクト』に関わっていたんです。彼は当時、オーストリア3部のデータを担当していました」

インタビューに同席した国際部門担当のリンツ氏。右下には年に1度発行するという雑誌版の『トランスファーマルクト』が見える


── オーストリアの3部ですか。

「そう。ちょうどサイトを国外にも広げていきたいと思っていたところだったので、トーマスに一緒に仕事をしたいか聞いてみました。彼は乗り気でしたが、当時まだ学生でもあったので半日のパートタイム契約を結びました。大学卒業後にハンブルクへと越して来てからは、オーストリアをはじめ国際部門担当として働いてもらうことにしたのです。ちょうどその頃ポーランドやスイス、イングランド向けのサイトを準備していましたので。グローバル向けの英語サイトは“transfermarkt.com”にしました。この英語サイトを用意したことが、『トランスファーマルクト』がここまで大きくなれた最大の要因でしょうね」


── 2004年から仕事として運営を始めたとのことでしたが、それまではどのように管理していたのですか?

「本当に趣味として、仕事が終わってから23時頃までサイトの更新をしていました」


── それまではIT関係の職に就いていたのですか?

「その通りです。それまでは小さなITコンサルタント会社を経営していました」


── 今はどれぐらいの人が働いているのですか?

「26人です」


── 大所帯ですね。いくつかの部門に分かれているのですか?

「そうです。大きく分けて3つの部門があります。1つ目は技術的な部門で、プログラミングなどIT関連の専門的な仕事を担当しています。2つ目はWEBサイトの記事などを書いたり編集する編集部門。3つ目は事務などのオーガナイズを行う部門です。経理や人事、海外サイトとのやり取りといった渉外担当がいます」

プログラミング部門。データベースやアプリ版『トランスファーマルクト』の管理を行っている
マーケティング部門。イギリス、スペイン、イタリア、ポルトガル、オランダ、スイス、ポーランド、トルコにはそれぞれのエリア担当がいる


── 26人というのは専門メディアの編集部としてはかなり大きなものだと思うのですが、どのように利益を出しているのですか?

「広告を通してのみです。WEBサイトに設置しているバナー広告や、マーケティング会社と契約していてスポンサーを探してもらっています。自分たちで広告主を探すようなことはしていません」


── 移籍情報に定評のある『ビルト』紙のアクセル・シュプリンガー社と業務提携しているという記事を読みました。どういった形で提携しているのですか?

「提携は2008年からです。当時、社員として働いていたのは3人だけでした。これからどうやって企業として大きくしていくかを考える時期に差しかかっていたんです。そこで思いついたのがアクセル・シュプリンガー社にこちらから話を持ちかけてみる、というものでした。彼らは私たちの発行株式の51%を所有しています。総合的に見て、サイトの運営にとってとても良いものとなりました。経営的に安定したことで、会社の構造そのものをしっかりと作り上げることができましたから」


── 運営に関しては独立しているのですか?

「ええ、完全に独立しています。サイト内で『ビルト』紙を見かけることはないでしょう。アクセル・シュプリンガー社は経営戦略の一環として我われと提携しただけ。編集部に介入してサイトの運営のあり方に口を出してくることはありませんし、編集部には彼らから送られてきた社員は一人もいません」


巨大化し続けるデータベース

スイスやオーストリアの5部もカバーしています


── 先ほどお話があったように、メディアがこのファンフォーラムサイトを情報ソースとして引用するまでになっていますが、サイトに掲載される市場価値はどのように設定され、どれぐらい正確なのですか?

「『トランスファーマルクト』は基本的にユーザー間で情報を持ち寄り、そこでディスカッションを行う場です。データベースの制作にユーザーが関与することもできますし、ディスカッションが繰り広げられています。私たち編集部はその議論を見ながら、妥当と思われる情報を見極めて選手の査定に用います。それらを他の選手やクラブ、リーグとも比較しながら検討していくのです。そうして、最終的に導き出した数字を市場価値として設定します。つまり、ユーザーが持ち込んだ情報とディスカッションに加え、莫大な情報量に支えられ比較・検討ができるデータの精度。この2つが市場価値の決定に重要な役割を果たしています」


── 代理人とのコンタクトもあるのですか?

「だいたい1日に3~10件ほど電話がかかってきますが、そのほとんどは担当している選手のデータ修正の依頼です。『データベースにある情報が間違っている』とか、『今はこの選手のマネージメントはしていない。だが、この選手と新しく契約した』とか。代理人の力がサイトに掲載している選手の市場価値に影響を及ぼしたり、移籍に有利になる情報を流したりということはないですね」


── 主に東欧の代理人が、選手の価格設定を有利にするために連絡してくる、という話を読みましたが。

「確かに『トランスファーマルクト』の市場価値に影響を及ぼそうとしてくる代理人もいます。私たちのサイトで掲載している市場価値が、説得力を持つものになってしまいましたからね。しかし、私たちは独立したメディアですから、彼らが言うように動くことはありませんし、その必要もありません」


── それは東欧の代理人に限った話ですか?

「いえ、様々ですね。東欧や南欧、中南米の代理人と北欧の代理人とでは、性格からして違いますからアプローチの仕方も変わってきます。まあ、代理人が担当している選手のために最善を尽くそうとするのは当たり前のことです」


── 例えば、他のメディアから情報提供を求められたりするのですか?

「いや、それはありません。引用はとても頻繁にされますが」


── 問題ないのですか?

「一人の選手に関する記事で、引用元を明記してもらえれば何の問題もありません。チーム全員のデータをそのまま掲載されたりすればさすがに問題視するでしょうが」


── WEBサイトだけでなく、紙でも発行していますよね。

「そうです。全選手の基本情報や市場価値を写真付きで掲載します。発行は年に1度、毎年9月です。夏の移籍市場が閉じてから動き出すので、9月の上旬は本当に慌ただしい日々が続きます」


── ドイツの下部リーグに関してはどこまでカバーしているのですか?

「現在はランデスリーガ(6部)までですね。ただ、ランデスリーガはまだまだ試験的な段階で、これからデータを収集したり修正したりする部分がたくさんあります。プロと同じ仕様でデータが掲載されているのはオーバーリーガ(5部)までです」


── 他国の下部リーグに関しては?

「海外の下部リーグのデータも充実してきています。モンテネグロはまだ1部しか入っていませんが、スイスやオーストリアは5部までデータが入っています。先ほど述べましたが『ウィキペディア』のように機能しているので、ユーザーが書き込んでくれたりもするのです。例えば、スウェーデンやフィンランドにはもの凄くアクティブに動いてくれているユーザーがいて、特にスウェーデンはかなり下のリーグまでカバーされていますね。編集部はそうした情報の中から使えそうなものを選別したり、適切な引用元やデータの供給主がいるかをチェックしたりするのです」


── ということは、選手や監督本人がWEBサイトに書き込むことも起こり得ますよね?

「そうと言えばそうですね。ただ、基本的に誰でもアカウントを作ることができますが、データを自由に書き換えることはできないのです。修正したものを編集部に送ることはできて、送られてきたものは編集部がチェックした上で反映するか否かを決定します。ですから、勝手にデータが変更されることはありません」

編集部のデスク。記事制作や、ユーザーから送られてくる情報のチェックを行っている


── ただそれだと、例えば下部リーグのセミプロの選手たちが自分をうまく売り込むことも可能ではないですか?

「年齢のように30歳を過ぎた選手が28歳だと偽るようなことはできませんが、自分の得意ポジションを変更したりすることはできるでしょうね。例えば、右ウイングの選手が左ウイングやトップ下もできる、というように。あとは長所や特徴を書き込む欄があるので、そこに自分で書き込むこともできそうです。ただセミプロ選手の場合、市場価値の項目はありません。基本的に、セミプロやアマチュアの選手は年齢など事実に即した、変えようのないデータしか載せないようにしています。基本的に事実と大きく異なることを載せるようなことはできないのです」


── サイトを運営する中で、面白い体験や経験談のようなものはありますか?

「本当に初期の話ですが、『代理人が私をバカンスに誘った』という根も葉もない噂が飛び交ったことがあります。他には、かつてドルトムントやハンブルクでプレーしていたムラデン・ペトリッチが、怒って電話をかけてきたことがありました。どうもユーザーに扮して自分に関する情報を書き込もうとしたようなんですが、アカウントを取得するたびに運営サイドが消していたんです。このユーザーはペトリッチ本人っぽいな、というのは私たちでもわかりますからね」


さらなる伸びしろ

国際化してより多くの人々が利用できるように


── 情報の参照元はユーザーだけですか? それとも、他のジャーナリストが関与していたりするのでしょうか?

「『トランスファーマルクト』には噂だけを集めたページがあるのですが、それはクラシックなフォーラムとは違い誰もが好きなように書き込めるものではありません。私たちはまず、他のメディアに出ている情報をかき集めます。例えば、ある地域の地方紙に『新しい選手が来るらしい』という記事が載ったとしましょう。そうすると、ユーザーにはそれに関する噂について追加情報を我われに送ることができるようになります。つまり、私たちのWEBサイトに載せられている情報の発信源自体は、他の新聞やWEBメディアと何ら違いがないのです」


── ところで、『フットボールリークス』がメディアを賑わせていますが、同じ移籍市場に関わるメディアとして、彼らのことをどのように見ていますか?

「編集部で制作する記事やコンテンツで触れることはありますが、市場価値や実際のデータの修正に使うかといえば、難しいですね。公開される書類が100%本物かどうかを見極めることが、私たちにはできないからです。ただ、これまでのものを見る限り本物である可能性は高いと思いますが……。基本的には、彼らの存在は良いものだと思っています。サッカー界に透明性を持ち込もうとする動きには賛同しますし、公開された情報が移籍に関するもの、移籍金やその条件に関わるような話であれば、私たちも取り上げないわけにはいきませんからね」


── 現代のデジタル化したメディアの中で、サッカーを楽しむ新しい方法のようなものはあるのでしょうか?

「『トランスファーマルクト』はデジタル化社会の中でサッカーを楽しむのに適したメディアだと言えます。新聞も相変わらず重要だとは思いますが、スマートフォンやタブレット、PCを通じていつでもアクセスすることができます。そこでは常にアクチュアルなニュースを提供する一方で、圧倒的なデータベースで詳細を確認したり、コミュニティでディスカッションに参加したりできる。ユーザーにベストなものを提供しているメディアの一つではないでしょうか。ただ……」


── ただ?

「サッカーを楽しむ本当にベストな方法は、スタジアムでサッカーを観ることです。それは変わりません。最終的に“サッカーを楽しむこと”というのは単純に“サッカーを観る”という行為を楽しむことですから。もちろん、レベルの問題ではありません。プロならプロ、アマチュアならアマチュアなりの楽しみ方がありますからね。そのことを忘れてほしくないです」


── 将来的なプランについてはどういったものを描いていますか?

「サイトをより国際化して、私たちが今提供しているものをより多くの国々でも利用できるようにしたいですね。もちろん、データの量も増やしたいと思っています。例えば、今は1部しかないモンテネグロのデータを2部、3部へと広げていくといった具合にね」


── 今のところヨーロッパの10の言語が使用できますが、他の地域、例えば日本語版や中国語版も考えていますか?

「そうですね……まず技術的な問題があります。例えば、英語とドイツ語なら単語を一つひとつ置き換えることも可能です。しかし、アジアの言語のように使用する文字すら違うとなるとかなり難しいです。現在データベースにはおよそ46万人の選手が登録されていますが、その名前を他の言語の文字に変えるだけでも相当な労力がかかります。ただ、アルファベットではなくキリル文字を使うロシア語を試すことで第一歩を踏み出しました。もしこれがうまく行けば、非ヨーロッパ言語にも取り組んでいくことになるでしょう。とはいえ、アルファベットを使っているポーランド語やトルコ語でも完璧にはカバーできていないので、すぐに解決できるとは思っていません」


── 日本のような東アジアの国々の移籍情報を集めるのは難しいですか?

「日本や中国では面白い現象が起きています。中国にはとてもアクティブなユーザーがいて3部までデータがカバーされていますし、移籍情報に関しても中国の『微博』に上がったニュースなどを送ってくれています。私たちは中国語が読めないので、そうした情報は興味深いですね。日本に関してはまた別の面白さがあります。もう何年もの間、ドイツ国内に信じられないくらいアクティブなユーザーグループがいて、『Jリーグの移籍情報をテレビで確認するために目覚まし時計をかけて(深夜に)起きている』といったエピソードを編集部まで来て話してくれました。私たちにはそういった、良い意味で“クレイジー”な人たちが必要で、彼らのような人たちに支えられているのです」


── 本日はお忙しい中ありがとうございました。

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トランスファーマルクト文化

Profile

鈴木 達朗

宮城県出身、2006年よりドイツ在住。2008年、ベルリンでドイツ文学修士過程中に当時プレーしていたクラブから頼まれてサッカーコーチに。卒業後は縁あってスポーツ取材、記事執筆の世界へ進出。運と周囲の人々のおかげで現在まで活動を続ける。ベルリンを拠点に、ピッチ内外の現場で活動する人間として先行事例になりそうな情報を共有することを心がけている。footballista読者の発想のヒントになれば幸いです。