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選手を「売る」ことは悪ではない。Jリーグ徳島・岡田強化部長の挑戦

2018.01.29

岡田明彦 徳島ヴォルティス強化部長 独占インタビュー

「契約切れ→フリー移籍」が主流のJリーグで、あえて違約金を出して若い選手の可能性に懸けているクラブがJ2にある。柿谷曜一朗やドゥンビアのブレイクにも一役買った徳島ヴォルティスだ。J2では珍しい高卒重視、TCや連帯貢献金での収入確保、謎のスペイン人監督の招へい……。岡田強化部長にユニークなクラブ戦略の狙いを聞いた。

投資文化と予算文化

Jのクラブは全体的な傾向として
収支をとんとんにして収めるというイメージ


── まずは岡田さんご自身のここまでのキャリアを教えていただけますか。

「話すほどのものでもないですよ(笑)。小中高と普通にサッカーをしていて、中京大学では指導者になりたくて、その勉強をしていましたね。最初は教員も考えていたのですが、やっぱりプロのコーチになりたいなと思って、いろいろな方に繋いでいただきながら、大塚製薬サッカー部(現・徳島ヴォルティス)がたまたまアシスタントコーチを募集していて、そこに滑り込ませていただきました。大学生でしたから、『どこも引っかからなければ、そのままバイトして海外とか行ってみるか!』くらいのイメージでしたよ。その後は育成年代の指導もして、徳島がプロ化するところで強化部に入りました。そしてクラブがJ1からJ2に落ちる2014年シーズンの後から、中田仁司さん(元横浜FC監督)に代わって強化部長をさせていただいています。普通です(笑)」


── ブラジルに留学されていたと聞きましたが。

「いや、行ってません(笑)。強化担当の時に通訳がいなかったので、ブラジル人選手のサポートを自分が担当したんですね。ポルトガル語の単語を繋げながら何とか話していて、エージェントともそうやって話していました。だから『ブラジルに行っていたらしい』とかいう話になっちゃうんでしょうね(笑)。強化と言っても最初は素人ですから、自分にできることは何だろうと夢中でやっていた感じです。でも今になってみると、そういうことも全部不思議と生きてきていますね。当時とは予算規模がまるで違いますからね。(年間予算が)6億くらいでしたから、今は16億くらいなので、クラブとしてできることの幅がまるで違ってきてますね」


── 強化の仕事を始められた当時と今ではJリーグの移籍市場も変わったと思います。

「(95年の)ボスマン判決以降の影響は大きかったですね。移籍係数の制度がなくなって、フリーになりましたから。ただ、Jリーグのクラブのありようが変わったかというと、そうでもないかもしれません。Jのクラブは全体的な傾向として利益を上げようとか投資していこうというよりも、収支をとんとんにして収めるというイメージでやっているところが基本ですから」


── 予算文化ですね。

「その良し悪しは別として、あると思います。そもそも、日本には移籍マーケットの文化というか、選手を『売り買い』して利益を得たり、投資したりという発想自体がないところもあります。契約年数があるなら、その間はまず頑張ってもらいましょうということですね。日本という国の文化でもあるかもしれません。限られた資源の中で節約してやりくりしていくことを是として、投資的な発想は好まれない」


── もったいない文化ですね。

「価値に対する判断軸が欧州とは違っている。例えば年俸の設定の仕方からして違いますから。『勤続年数』が評価されたり、『上げ率』とかの『調和』が重んじられる。マーケット文化があるのであれば、当然ながら『より高く売れる可能性のある選手の年俸が高くなっていく』のだと思いますが、そもそも売り買いする感覚がない日本サッカーでは、違う論理の方が大きくなっているのは事実かもしれません。海外の人と話すと、『それ、おかしくない?』と言われることも多いですが、でも単純に『世界ではこうだから』と言っても、日本では受け入れられないでしょう」


── ただ、そこに流されるだけでは始まらないですよね。

「だからケースを作っていくという考え方だと思います。親会社や大きなスポンサーの人からすると馴染みのない考え方かもしれないけれど、『こういうやり方でこういう利益が出せるかもしれない。強化ができるかもしれない』というビジョンや方法論を説明して納得してもらうのも強化の仕事でしょう。あとは利益が出た時の次の投資案件を準備できているかどうか。単に選手を1人売ることに成功して単年度の利益が出ただけだと、多くのJクラブでは次の年から親会社や大口スポンサーから『じゃあ、来年からスポンサー料減らしていいね』と言われかねない現実があると思いますから」


── でも「投資」も難しいですよね。

「僕らはJ2ですから、良い選手を獲ろうと思っても当然ながら簡単ではありません。J1クラブでも契約できる選手を獲ろうとすると、2倍、いや3倍のお金が必要になってきますね。でも、30歳くらいの『次に売れそうにない選手』に3倍のお金を出して獲るのが本当にいいのかという話になってきます。例えば、そのお金で海外で人を雇って選手を探してもらえば、20分の1の年俸で良い選手を発掘できる可能性もあります」


── 普通にやっても難しいという感覚でしょうか。

「J2で6番目か7番目の予算規模ですから、Jリーグ全体の24、5番目ですよ。普通にやっていたら運が良ければ上がれるくらいで、J1で定着するのは無理という感じですよね。フライブルクなどの話も聞くんですけれど、なんかちょっと違うことをやっていかないといけないとは思っています。マネーゲームでは勝てないけれど、でも予算6億の時代と比べれば、はるかにできることは増えていますから」

「売る」というチャレンジ

400万で獲ってきた選手を
1500万クラスの選手に育てられればいい


── そんなフリー移籍が当たり前のJリーグにあって、徳島さんはあえてお金のかかる移籍にチャレンジしているところがありますよね。

「ああ、それはそうですね。そもそも、まずはJ2に落ちてしまった時にさかのぼります。2014年に僕らはJ1までたどり着きました。6億の予算からスタートしてそこまで来られた実感と、『このまま同じことをやっていても次がない』という感覚の両方を味わいました。同じことをやっていても(J2で)6位以内に入れる年はあると思いますし、昇格できる年もあると思うんです。でも残れる気はしなかった。だから、強化の仕方を変えていこう、と。それでスタイルを作っていこうと考えました。それまでは名前があったり、実績として数字を残している経験のある選手を獲ろうとする傾向が強かったわけです。その方が納得感もありますよね。『3000万クラスの実績のある選手を1500万で契約しました!』となれば、強化部の成果にも見える。ただ、そうなると全体に年齢は上がっていくんですよ。そうではなくて、もっと若くて才能のある、でも実績には欠ける選手を獲っていく方向にしようと発想を転換しました。理想論としては新卒で獲って育てて、23歳までに売ることができればいい。絵に描いた餅ですけれど、絵を描かないと始まらない話でもあります」


──「売る」というと、悪いイメージを持つ方もいるかもしれません。

「選手にはウチでこのくらいの実績を出せば、このくらいの金額を出せるようになるという話もします。移籍する時にお金を残してほしいという話もしますし、プロフェッショナルの世界ですからね。(金額的な)評価もしないで、移籍金だけ欲しいと言っても通らないし、覚悟がない。それは悪いとか良いとかいう話ではなく、普通のことだと思います。それに、別にいろいろなチームがあっていいと思いますよ。全部フリーでしか獲らない分、年俸を厚くするという方針でも、それはそれでいいでしょう」


── そういう考えだからこそ若手に使うということですよね。

「400万で獲ってきた選手を1500万クラスの選手に育てていくことができればいいですよね。もちろん“安心”を買うなら、最初から1500万の選手にいった方が絶対に確実です。実績があるから、その条件になるわけですから。でも実績がなくともスタイルに合って、戦う中で成長していける選手もいるわけです。監督ともそういう話をしますけれど、ウチみたいなクラブは若い選手の価値を上げていけるようにならないといけない。これは500万の若手と3000万のベテランで本当に6倍の差があるのかどうかという話でもあります。監督は『その選手を3000万の選手にするのが自分の役割だと思っている』と言ってくれています。監督はマラガで強化の仕事もしていたので、そのあたりの感覚は共有できています。『若い選手について勇気を持って起用して、その価値を何倍にもしてあげられるんだ』と。それで価値が上がれば選手もハッピーだし、クラブもハッピーでしょう。そしてウチが出せる価値以上の金額を提示できるクラブが選手の前に現われるなら、やっぱり選手にとってはハッピーですよね」


── 契約した選手の価値を上げるクラブでありたい、と。

「理想論ですけれど、でもその理想は持っていたいと思います。ウチはJFLやJ3から来た選手もいますけれど、そういうところにも可能性のある選手はいますよね。そこから選手を発掘できれば、もっと全体(の市場)も活性化できると思います。フットボールの考え方でしっかりやっていきたい。もちろん、『結果がすべて』と言われれば、その通りです。実際、去年も9位ですから予算規模から言っても満足できる戦績ではありません。でもこの考え方で続けていくことによる効果はきっと出てくると思って、批判を恐れずにやっているわけです」


── J2クラブは即戦力になる大卒選手を優先して獲得しにいくことが多いですが、徳島さんは高卒にも結構いっている印象です。それもそうした戦略でしょうか。

「獲りに行ってダメなことも多いのであまり自慢できる話ではないんですが(笑)、そういうことですね。大卒選手がダメだとか言うわけではまったくないですよ。むしろ計算できることが多いですし、良い選手は大歓迎です。ただ、ユニバーシアード日本代表クラスの本当に高いレベルの大卒選手がウチを選んでくれることはなかなかない。それならば、高卒で獲得した選手を4年間でユニバクラスの選手にまで育てるんだということですね。もちろん、大変なところもありますけれど、ユニバクラスの選手は現実にはなかなか獲れないわけですから、ならばそっちをやっていこうという戦略的な判断です。もしかすると高卒の1年目とかはレベル的に厳しいと感じられてしまうかもしれないけれど、しっかり若いうちからハイインテンシティのトレーニングを続けて伸ばしていけば、可能性は出てくると思っています」


── 結局、新潟に行ってしまいましたが、現U-20日本代表の原輝綺(市立船橋高校出身)の獲得も実際に惜しかったですよね。当時はまだ代表にも入っていなくて、知る人ぞ知る選手でした。

「彼はウチっぽい選手だなと思いました。ハイインテンシティでやれそうでしたし、3バックにも対応できる。僕も現場がトライしてくれたのは凄く良かったと思います。『どうせ徳島には来てくれないでしょ』ではなくてね。彼が来てくれなかったことで見えたものもありました。例えば寮の施設が足りないな、とかいう部分ですね。ウチは別に失うモノはないですし、チャレンジできる立場なのだから、ああいうトライは本当に良かったと思っています」


── あと、若手選手を重視するメリットとしては、契約切れの移籍になってしまったとしてもトレーニング・コンペンセーション(TC)や連帯貢献金を狙えるというのはありますよね。

「それは間違いなくありますね。国際移籍をすれば連帯貢献金は思わぬ金額になることもありますからね。柿谷曜一朗もそうですし、ドゥンビアなんて1年もいなかったのに、そういうお金が後々まで入ってきますから。だからそういう選手を狙うという考え方はあります。もちろん、まったく簡単じゃないですけれど。あと日本サッカー、Jリーグは欧州の市場からまだまだ信用されていないと感じます。このリーグで活躍していても、なかなか高額で買ってはもらえない。だから海外に出すならば、まずはローンで欧州の市場に出して見てもらって、そこから買い取りオプションでという売り方をしていく必要もあるでしょうね。最初の段階では別に上のリーグにこだわる必要もないと思います。小さいリーグでもしっかり目が光っているのが欧州ですから。そこは本当に凄いです。若手に対するコンセプトとして、僕らは『将来、トップクラブへ移籍できる選手を育てる』というのを持っているんですけれど、いきなり徳島からトップクラブは無理でも、間に挟むことで十分に可能な目標だとも思っています」

09年夏から2年半徳島でプレーした柿谷曜一朗


── スイスのヤングボーイズからロシアのCSKAにステップアップしたドゥンビアは実際そのケースですよね。

「見方とやり方だと思います。ただ、誤解のないように補足しておきたいのですが、若手ばかりでいいとは思っていないですよ。例えば、冨田大介選手はもう40歳になりますけれど、本当に普段から素晴らしい立ち居振る舞いをしてくれて、出てくれた時にはしっかり働いてくれる。若手のお手本なんです。そういう見本になれるベテラン選手は、若手を育てるという意味でも不可欠だと思っています。僕らが言ってもなかなか響かないことでも、彼のようなベテランが実践してくれていると、若手も自然と真似するようになりますから。若いだけの編成にしてはダメだとも考えています」

08年に半年間所属したセイドゥ・ドゥンビア。その後ヤングボーイズ、CSKAモスクワ、ローマ、ニューカッスル、バーゼルと渡り歩き、現在はスポルティングでプレーしている

日本の会社文化との着地点

フットボールクラブの論理では当たり前でも、
日本の会社として考えれば違う論理もある


── こうしたやり方に批判はありますか?

「そこはわからないですけれど、でもJクラブの強化担当はどうしても『説明』できることを求められるところはあると思います。特に失敗した時に」


──「名前のある選手をしっかり獲得できて補強は成功したんだけれど、目標順位に届かなかった」みたいな?

「やっぱり日本の会社の文化は少なからずあるんだと思います。ウチは会社から信頼してもらってやらせてもらえていますけれど、そうでないところもあるでしょう。フットボールクラブの論理で言えばこれが当たり前でも、日本の会社として考えれば違う論理が出てくるのもノーマルなことだと思います。僕は両方をわかるので、みんなが秩序を持って働いて、みんなが貧富の差もなくやっていける日本型組織の素晴らしさを感じることも多いですよ。でも、例えば交渉事では即断を求められることもあるし、柔軟な対応を求められることもあるし、フットボールクラブとしてはチャレンジが必要になることもあると思います。それにそうした意識ってピッチにも出ると思ってやっていますから」


── あらためてロドリゲス監督を招へいした理由も教えてください。おそらくクラブのスタイルを作るという話ともリンクしてくるのだと思いますが。

「そうですね。キーワードとしてはずっと同じです。前からアグレッシブに、コレクティブに戦うサッカーをしたいということ。昨シーズンは通年で9位でしたが、後半戦だけだと4位なんですよ。だからもう1年同じようにやるという選択肢もあったと思います。計算できる、安心な選択でしょうし、それでも6位以内は十分に狙えるんじゃないかという思いもありました。でも、もう一つ自分たちのやりたいことに関して迷うのではなく、舵取りをハッキリさせるための選択が必要だと感じました。それを出せる監督が欲しいと考えて、いろいろと探っていきました」


── どう繋がったんですか?

「いろいろな人との繋がりと、普段から張っているアンテナです。最初からロドリゲス監督一本に絞っていたわけではなくて、実際にレポートを出してもらって、ゲームも見て、そしてもちろん話してみてからです。バンコク・グラスの試合も実際に見ましたけれど、やっぱりそれだけだとわからないですよ。ただ、選手のレポートを出してもらった時の選手に対する見方、ウチの後半戦は良かったんだけれど、逆に課題と感じている部分というところがまず一致していたんですね。生で徳島の試合も見てもらったんですが、その後に話した時も、自分とイメージが合いました。選手をどう良くしていくかという部分でも似た発想を持っているなと思えたんですね。どのシステムで戦うとかそういう話ではなくて、フリースペースはどこなのかとか、相手のオーガナイズがこうだから、フリーマンが誰になるのか、それを選手がどう判断しているのかとか、あるいはそれらをどう全体で共有してコレクティブに戦っていくのかを考えてくれる監督だとわかりました。あとはもっと単純な部分でも共感できました。それこそ『どのチームのサッカーが好き?』とかね(笑)。リバプールのこういうのが面白いとか、ナポリいいよねとかね。最後はフィーリングでしたよ。同年代なので、見てきたサッカーも同じなので、そういう意味でも話は合いました」


── クラブの反応はどうでした?

「監督はアウト(契約打ち切り)になった経験も何度かありますし、単純に数字としての実績だけでいえば、そんなでもないですよね。でも最後は社長が『岡田くんがそう言うなら』と推してくださいました。『もっと実績のある人の方が』とかいう発想もあると思いますし、実際にうまくいかないかもしれませんでした。それで結果が出なければ、シーズンが終わった時に僕は今の椅子にいられなくなるかもしれない。でも、後ろ向きに仕事をしていても楽しくないですしね」


── その判断、当たりでしたよね?

「まだまだ途中ですけどね(笑)。でも、実際にトレーニングは攻守が一体となったインテンシティの高いものを続けてくれていますし、試合でもその成果が出るようになってきているとは思います。ただ、監督がよく言う『今はこれをやっているけれど、来週になったら違うかもよ』ということも大切だと思います。あくまでチームと選手に起きていることを把握して、それに応じたトレーニングでもあるので。だから監督とそういう話をするのも凄く楽しいですよ」


── 岡田さんのサッカー愛も凄く伝わってくるインタビューでした。ありがとうございました。

「僕は本当にギリギリの存在ですよ。たまたま『部長』の肩書きが今はありますけれど、一歩間違うと、単なるサッカー好きのおじさんですからね(笑)」


Akihiko OKADA
岡田明彦
(徳島ヴォルティス強化部長)
1974.9.9(43歳) JAPAN
群馬県出身。中京大学を卒業後、1997年に徳島ヴォルティスの前身である大塚製薬サッカー部のアシスタントコーチに就任。その後、99~01年に大塚サッカースクールのジュニアユース監督、02~03年にジュニア監督を務めた。大塚製薬サッカー部の運営担当を経て、05年からプロ化した徳島ヴォルティスの強化担当として活動。14年10月31日から強化部長を任されている。

Photos: Akihiko Kawabata, Getty Images

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Profile

川端 暁彦

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣『エル・ゴラッソ』を始め各種媒体にライターとして寄稿する他、フリーの編集者としての活動も行っている。著書に『Jの新人』(東邦出版)。