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サッカー代理人がJクラブに提唱。TCと連帯貢献金を活用せよ

2017.09.30

マネーゲーム化した移籍市場でJリーグはどう対処すべきか 後編

柳田佑介(日本サッカー協会登録仲介人) × 浅野賀一(footballista編集長)

東大出身の代理人として話題になった柳田佑介は現在、ドイツのデュッセルドルフを拠点に欧州を飛び周り、日本との架け橋となるべく活動している。欧州と日本の事情を知る柳田氏に、欧州サッカーの移籍ゲームに組み込まれたJリーグの現状、そしてマネーゲームと化したグローバル市場で生き残っていくための戦略を一緒に考えてもらった。

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育成に対価を。TCと連帯貢献金

柳田「セレッソ大阪が香川選手をドルトムントに売った時に得たのは、移籍補償金ではなくTC」
浅野「ヨーロッパのクラブはTCや連帯貢献金で儲けることに自覚的」

浅野「TCや連帯貢献金は、育成したクラブに対価を与えるためにFIFAが設定した制度ですよね。あらためて説明してもらっていいですか?」

柳田「両方ともFIFAが定めたレギュレーションで、特定の条件が満たされた場合に選手を獲得する側のクラブに金銭の支払い義務が発生するものです。まずトレーニング・コンペンセーション、略してTCと呼ばれる仕組みから説明しますね。これは優秀な若手を育成・輩出したクラブ(育成元クラブ)に対し、その恩恵を受けることになるクラブ(獲得クラブ)がその選手の育成に育成元クラブが費やしたコストを肩代わりする制度です。このTCが発生する条件はプロ選手として初めて登録されること、または満23歳のシーズンが終了する前に国際移籍をすること。香川真司選手がドルトムントに移籍した際にセレッソ大阪が対価として得たのは、移籍補償金ではなくこのTCになります」

浅野「金額の基準もあるんですよね?」

柳田「係数になっているのですが、まず獲得クラブのカテゴリー(大陸連盟ごとにⅠ~Ⅳの4レベルが設定され、各国クラブは必ずどこかのカテゴリーに振り分けられている)があり、それぞれのカテゴリーごとに金額が設定されています。例えばUEFAのカテゴリーⅠであれば年間9万ユーロですね。この金額(係数)と、育成元クラブにそれまで所属した年数とをかけ合わせてTCの金額を算出するというのが基本的な考えです。育成年代でクラブ(アカデミー)に所属している年数が長いほど金額が増えていく仕組みです」

浅野「連帯貢献金の方は?」

柳田「こちらは優秀な選手を育成・輩出したクラブに対し、その選手が移籍することによって発生した移籍補償金の一部を還元する制度です」

浅野「こっちは移籍のたびにお金が入ってくるんですよね」

柳田「そうです。条件はプロ選手が契約期間中に移籍補償金を伴って移籍すること。対象となるクラブはその選手が満12歳~満23歳のシーズンに選手登録されていた各クラブで、発生した移籍補償金の5%を上記期間の所属クラブで(所属期間の長さに応じて)分配する方式です。注目すべきは、23歳以下の選手を登録してさえいれば、試合に使おうが使うまいが、それがレンタルでの獲得であって保有選手ではなかったとしても権利が発生すること。したがって、柿谷選手がバーゼルに移籍した際は所属元のセレッソ大阪だけでなく、同選手を2年半レンタルで獲得し選手登録していた徳島ヴォルティスにも連帯貢献金の権利が発生しています」

浅野「この2つの制度を利用してお金を稼げる可能性もあるわけですね」

柳田「日本のクラブで育成に携わっている方々は必ずしも見返りのために選手を育成しているのではないと思います。ただ、良い選手を育てれば後々金銭的なメリットがあるということも知っておいて損はないです。特に連帯貢献金は戦略的に狙いにいくことが可能ですよね。将来有望な選手をレンタルで獲得して登録しておけば、後で収入があるのですから」

浅野「ただ、金額としてはそこまでインパクトがなくないですか?」

柳田「もちろんすべて自前で選手を育成して移籍させた方が、TCと連帯貢献金のどちらの権利も保有することができるため金銭的メリットは大きいです。ただ、例えば予算に制約があり育成に投資できない、または近隣のクラブや高校等との綱引きで選手獲得に後れを取ってしまっているクラブだとしても、将来飛躍する可能性のある潜在能力の高い選手を借りてきて育てることができれば、後々の収入になる可能性があるという連帯貢献金のメリットは軽視できません。この2つのルールを理解して見返りを確保した上で、いかに次の世代への育成に投資していくサイクルを作り上げていくか。そうした施策をヨーロッパの多くのクラブは戦略的に行っています」

浅野「ヨーロッパのクラブはTCや連帯貢献金で儲けることに自覚的なんですね」

柳田「当然そうです。そのため自前で選手を育成することに力を入れるだけでなく、若く有望な選手を積極的に借りて価値を上げることに協力したりしています」

浅野「それはこの制度の恩恵を狙っているってことなんですね。そうした長期的な戦略性がJリーグの経営に足りないところなのかもしれません」

柳田「Jクラブの育成のスタンスは、いい選手を育ててトップチームに送り込みたいという純粋なモチベーションに基づいていると思います。それはスポーツの本来あるべき姿としては正しいと思うのですが、でもそれだけでは今の世界のマーケットの流れに飲み込まれてしまうことになりかねません。例えば堂安律選手がこの夏オランダのフローニンヘンに移籍しました。堂安選手は去年J3が主戦場だったので、J1でプレーしたのは実質今年の半年間くらいだったかと思います。それで声がかかって海外に行ってしまう、これが現実だと思うんですよ。関係者のみなさんが大変な努力をして堂安選手をトップレベルにまで育て上げても、日本で見られるのは半年だけ。Jクラブとしては育成から上がって来た選手が成長してトップチームで長く活躍し、地元ファンの期待に応えるというのが理想形ではないでしょうか。ただ、いい選手であればあるほど海外クラブが早い段階で獲りに来る」

浅野「しかも若い年代からってことですね」

柳田「そういう時代になってしまっていることを理解した時に、じゃあ次にどうすべきかといったら、契約で権利を確保しておいて然るべき移籍補償金を取るか、あるいはFIFAの制度を利用してきちんと見返りを得て、次の選手を育てるためにその収入を投資していこうとある意味割り切った方針を取らざるを得ない。それが自分も含めて日本人のメンタリティに合うかといったら必ずしも合わないんですけど」

浅野「早い段階のプロ契約は日本人の感覚だと教育上の問題もあってやらないという話をよく聞くんですけど、モラルを気にしていたらタダで獲られちゃいますからね。せっかく頑張って育てたのにもったいなさ過ぎる」

柳田「人間に値段を付けるというサッカー界では当たり前になりつつある行為は、日本人の心情にはあまり馴染まない。ただ、移籍補償金を設定する、イコール選手に値段を付けて必要とあらば売却していくということは、クラブ運営を世界のマーケットの中で生き残るための企業経営として捉えた時には避けて通れないでしょう」

浅野「移籍補償金を高く設定するには年俸も関係してくるのですか?」

柳田「契約は両当事者の利益を調整したものであるので、移籍補償金を高く設定するのであれば、それなりのメリットを選手に与えてあげる必要があります。選手の視点に立てば、年俸が格安であるにもかかわらず何億円もの移籍補償金を設定すると言われたり、アマチュア登録しかされていなかったのに海外から話が来た途端にプロ契約を結んで移籍補償金を置いていけ、と言われたりすれば、やはり難色を示すでしょう。であれば移籍補償金を高めに設定する代わりに年俸を上げたり、有望なアカデミーの選手に対しても先手を打ち、将来有望な選手は16、17歳であってもプロ契約を提示したりするなどの対策を取っていく必要があるのではないでしょうか」

浅野「若い選手に高い年俸を払うとか、そういう今の日本のカルチャーからすると相反することとかもやっていかないといけないのかもしれません」

柳田「クラブとしては、どうしても選手間の年齢に応じた年俸バランスを考える必要がありますからね」

Jクラブの難しい立ち位置

柳田「欧州でのフリー移籍はファンの監視の目もあって、今後の選手の評判や価値に影響が出る」
浅野「日本のやり方は全部道徳的に正しいけど、ビジネス的には正しくない」

浅野「国内だけで完結しているんだったら全然いいと思うんですけど、海外から若い選手ばかり狙われる状況になってしまった時にちょっと難しいことになりますよね。選手はもう基本的に海外に行きたいというマインドになっていて、行くためだったらフリー移籍で行きたい、その方が向こうのクラブが獲りやすいんで。ファンも海外挑戦だったら応援してやればいいじゃんというマインドなので、Jクラブがつらい立場だなというのは凄く思うんです。だからJクラブを批判する意図はまったくなくて、むしろもうちょっと育成で努力した人たちが報われるような仕組みになってくれればなっていうのはあります。FIFAの救済制度があるにしろ、せっかく育てたのにタダに近い額で持っていかれて、しかもそれを誰もおかしいと思わないみたいな構造が理不尽だなって」

柳田「日本のマーケットにおいて、所属クラブと契約延長して移籍補償金を残すという共通認識が形成されていないので、契約残り期間が1年になった選手、つまり1年後にはフリーになる有力選手が非常に多いという特徴があります。また、その理由が選手が契約延長を拒否しているから、といったことも表には出てきません。したがって、これは私たち仲介人にも責任の一端があるのですが、1年後にその選手がフリーで出て行ってしまった時にクラブが『なんであの選手をフリーで出してしまうんだ』と叩かれてしまうような事態が起きてしまうのです。当然、舞台裏ではクラブとしても良い選手を確保するために契約延長の打診をしているわけです。ただ選手が自分の価値に自信があって、フリーになれば良い年俸を提示して獲りに来るクラブがあると確信している場合にはその打診を断るわけで、こうなると交渉において選手の立場が上になり、クラブがいくらお願いをしたところで延長には応じないということになるのです」

浅野「ヨーロッパでのクラブ側の対抗手段としては、そうなった時には情報公開しますよね」

柳田「選手が契約延長に応じないことを公表したり、極端な場合は試合に使わないで“干す”ことをしたりとか、そうすると選手の価値が確実に落ちるので選手サイドは困るだろうという駆け引きですよね」

浅野「モッビングまがいの行為をする、練習参加すらさせないみたいなこともします。もちろん、倫理的にそれは全然良いことじゃないんですけど」

柳田「褒められた行為ではないんですけど、契約年数が残っているうちにクラブにお金を置いて出て行くか、契約延長に応じるか、そのどちらかを取る文化というか考え方が選手側にも定着しているというのはあります。なぜならサポーターやメディアの監視の目があるので契約延長交渉での振る舞いによって、選手としての評判や価値にも影響が出てしまうからです」

浅野「人気商売ですからね」

柳田「文化が違うので、日本のクラブがいきなりこうしたやり方を踏襲するのは現実的ではないですけどね。現状は選手がフリーで出て行ってしまえば、事情が見えないため、サポーターからクラブが非難されることになります。サポーターはクラブにとって直接のクライアントなのでダメージですよね」

浅野「結局そこでちゃんとお金を得れば、それがクラブの施設や育成機関に投資されて、またそれに続く後輩たちが出てくるみたいな循環にもなってくるので」

柳田「クラブが選手との交渉に努力を尽くしていることがわかれば、きっとサポーターは味方になってくれますよね。仲介人としても、良い選手はきちんと移籍補償金を払って獲得するというマーケットが形成される方が望ましいと考えています」

浅野「そうしないとJリーグの移籍市場が回っていかないというのはありますね。今、国内移籍はほとんどフリーですから。それも凄い話ですよね。ローカルルールが撤廃されて『契約切れ=フリー移籍』というFIFAルールの導入がJリーグにどう影響を及ぼしたかというと、結果的に悪い方に転んだのかなと。雇用者と労働者は本来対等であるべきなので、あるべき姿だとは思うんですけど、国内移籍に関してはほぼ移籍補償金なしの移籍が常態化してしまった」

柳田「以前の年齢係数の移籍補償金をローカルルールとして復活させるべきという議論はいまだにあります。確かに係数があれば移籍補償金は自動的に発生するのでJリーグの移籍市場のあり方は確実に変わると思うのですが、個人的にはそれには反対です。やはりクラブと選手の契約は対等なものであり、契約で選手の収入を保障してもいないのに移籍(クラブ選択の自由)が制限されるというのはフェアではないと考えるからです。限られた予算の中でいかに選手を確保し、重要な選手をプロテクトするのか、ということはクラブの最重要課題であると思いますが、努力と工夫次第では様々なやり方があり得るのではないかと考えます。Jリーグの中にも、クラブとしてとにかく育成に力を入れて対価を得るとか、ヨーロッパに選手を獲られてしまうことを前提として受け入れた上でそこでビジネスを回していくことに特化するとか、契約延長に応じない選手の情報を出してしまうとか、どのような方法でも良いのですが、競争に勝ち残っていくために様々な工夫をこらすクラブが多く出てくればリーグ全体の競争力も上がっていくのではないでしょうか。例えば、徳島ヴォルティスなどは将来有望な選手を積極的にレンタルで獲得したり、J1で試合に絡めていない若手選手をTCや移籍補償金を払って獲得したりと独特な取り組みをしていますが、リーグ全体の傾向として価値がある選手には移籍補償金を払うというクラブが増えていってもらえれば市場が活性化すると期待しています」

浅野「クラブも、活躍した選手に契約延長を提示するのは誰でもできるじゃないですか。だから本当に期待する選手で、まだ試合に出ていないけれども複数年の長期契約を結ぶとか、こいつは絶対将来の主軸にするからレギュラーになる前から複数年契約を結ぶとか、そういうチームビルディングの長期的プランを持たないと。ずっと単年契約で、活躍した選手には複数年契約を提示というのはプロフェッショナルではないですよね」

柳田「確かに活躍してから良い条件を後出ししても、選手側に響きにくいというのはあります」

浅野「活躍するかどうかわからない段階で投資すれば、選手にも感謝が生まれる。あるいはアカデミー時代の費用は全部持つとか。リスクをかけるから対価が発生するわけで」

柳田「あとは監督との協働も重要ですね。クラブとして監督に『この選手は金をかけて獲っているからできるだけ使ってくれ』とどこまで言えるか。ピッチでの起用法にフロントが干渉し過ぎると、結果責任の所在が曖昧になってしまう可能性があるので簡単ではありませんが、せっかくリスクを冒して移籍補償金を出して有望な選手を獲ったとしても、新しい選手を起用しない監督だったらその選手の価値は落ちていってしまう。そうするとクラブとしては毎試合損害を出しているようなものですよ」

浅野「逆に言うと、それだったら監督も一緒にどの選手を獲るか考えればいいんですよね」

柳田「選手のリストアップに監督の意向を入れるということはほぼすべてのクラブがやってはいます。ただ実際には、クラブがお金をかけて獲ってきた選手を監督がなかなか起用しないケースというのは多々あり、強化部の方々にとっては永遠のテーマであると思います。ただ、例えば5000万円かけて獲った選手の価値がシーズンが終わった時点で500万円になってしまったとしたら、単純にそのシーズンで4500万円の損害を出したのと一緒なんですよね。企業経営という観点からはこれは確実にNGなのですが、特定選手の起用を強いて肝心の試合で勝てなくなってしまっては本末転倒なので、選手起用については監督の裁量にするというのがセオリーではあるのですが」

浅野「だから、日本のやり方は全部道徳的に正しいけど、ビジネス的には正しくないんですよね。そのバランスをどう取るかは難しいですが、例えば監督の査定に勝敗だけでなく選手の資産価値を上げたことを入れるなど、若手起用へのインセンティブを与えてもいいかもしれませんね」

柳田「社会人リーグのようにアマチュアクラブが争うリーグ戦であれば選手の複数年契約などはあり得ず、目の前の1年をなるべく良い選手をそろえて戦いましょうという考え方が基本になります。ですが、プロサッカークラブは株式会社として経営をしていかなければなりません。選手は資産であり、クラブは選手の価値を上げる努力をする。選手が引き抜かれる時はきちんと対価を受け取り、その収入を再投資していく。こうしたヨーロッパのクラブ経営のあり方が絶対的正義ということではなく、世界のサッカー界がそうした流れになっており、Jリーグもその大きなマーケットにいやが応でも組み込まれてしまってきているので、それを理解した上で手を打たなければならない時代になってきていると思います」

浅野「それは必ずしもネガティブな話ばかりではなくて、今の欧州サッカー市場は良くも悪くもお金でジャブジャブなので、Jクラブにはそれを戦略的に狙ってほしいとも考えています。本日は長い時間ありがとうございました」

Yusuke YANAGIDA
柳田佑介(日本サッカー協会登録仲介人)

1977.8.26(40歳)JAPAN

チリ・サンティアゴ生まれ。幼少期をベネズエラで過ごす。東京大学法学部を卒業後は日本貿易振興機構(ジェトロ)に就職し、日本企業の海外ビジネス支援に従事する。2008年にジャパン・スポーツ・プロモーション(JSP)に転職。日本サッカー協会公認代理人資格を取得して契約選手をサポートする傍ら、欧州サッカー界とのパイプを構築。JSP所属選手の欧州移籍やオランダ・アムステルダムでの東日本大震災チャリティマッチの開催等に携わった。2013年よりドイツ・デュッセルドルフに居を移し、本格的に欧州クラブ関係者との人脈作りに取り組む。2015年に独立し、現在はフリーランスとして活動中。

Photos: Getty Images

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代理人対談柳田佑介

Profile

浅野 賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。

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