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800以上のクラブが登録、6500以上の移籍が成立するマッチングサービス。TransferRoomに聞くJリーグの生存戦略

2025.01.27

「フリマアプリ」「スキルシェアサービス」などを通じて私たちの生活や仕事にも浸透しつつあるマッチングサービスが、サッカーの移籍市場にも存在することをご存知だろうか?今や800以上のクラブと500以上の代理人事務所が1万人以上の選手を登録しているプラットフォーム「TransferRoom」の営業担当者、サイモン・アンカーセン氏と檜山竜太郎氏に、J1クラブの約半数が加入しているJリーグの生存戦略を聞いた。

ギェケレシュのスポルティング移籍も!6500件以上の取引が成立

――まずはTransferRoomを立ち上げられた経緯を教えてください。

サイモン「私の兄であるヨナスが2017年に設立して事業を拡大していく過程をセールスディレクターとして見守ってきましたが、TransferRoomが誕生したきっかけは彼がサッカー界の移籍市場で抱えていた課題感でした。それは業界全体が成長して移籍件数や移籍金額が上がっているにもかかわらず、選手1人に対して大金を動かす上で判断材料となる情報の透明性や信頼性がクラブに不足していたことです。従来の選手獲得、選手放出では特定の代理人や人脈に頼っていて、どこのクラブがどのポジションのどんな選手をいくらで探しているか、どこのクラブがどのポジションのどんな選手をいくらで出そうとしているかがわからず、獲得候補や移籍先候補の選択肢が限られていたからですね」

ヨナスとサイモンのアンカーセン兄弟(Photo: Karolis Gadliauskas)

檜山「私は日本のセールスを担当していますが、実際にJクラブ関係者の方々も『基本的に連絡を取ったりする時は代理人の方を通すことが多かったのでなかなか直接、ヨーロッパのクラブを含めてクラブの方と連絡を取ることができない状況だった』『日本で仕事をしていると日本の情報はたくさん入ってくるんですけど、どうしてもそれ以外の国からの情報はなかなか入ってこないという状況があった』『クラブが選手を移籍させると決めた時に、まず代理人が持ってくるオファーが多かった』というお声をいただいていましたね」

サイモン「さらに移籍交渉に入ろうとしても代理人やそれ以外の関係者も仲介者として間に入ってくるので、チーフスカウトやスポーツディレクターのようなクラブの意思決定者にたどり着くまでに必要以上に費用や時間がかかってしまう。ところが他の業界に目を向けてみると、例えば不動産業界でも登録すれば世界各国に売り手が不要な物件、買い手が必要な条件を提示してお互い自由に探し合い、興味があれば追加料金なしで直接取引できる定額制のオンラインプラットフォームがあったりするんです。同じように第三者の介入がなくクラブ間で情報交換や移籍交渉ができるマッチングサービスがあれば、移籍ビジネスの効率化・最適化ができるとヨナスは考え、様々なクラブの意思決定者にヒアリングしながら開発していったのがTransferRoomです」

檜山「今では800以上のクラブ、500以上の代理人事務所にTransferRoomへご登録いただいています。一定額を支払えば一定期間にPCのブラウザやスマートフォンのアプリから1万人以上の選手情報を閲覧可能で、計6500件以上の移籍が成立しているのでその課題に取り組めていると考えていますね。有名なのはビクトル・ギェケレシュの取引です。2023年夏のコベントリー・シティからスポルティングへの2000万ユーロでの移籍は、TransferRoomを通じて興味を示されたことから始まっています。もちろん従量課金制ではないため、いずれも手数料やコミッションは一切いただいていません」

「TransferRoomのプラットフォームは、私たちに売り手側のクラブへと直接連絡してビクトル・ギェケレシュ獲得への興味を伝えられる機会を与えてくれました」と舞台裏を明かす、スポルティングのウーゴ・ビアナフットボールディレクター

「特殊な2024年夏」に平均取引額が前年比83%も増加した理由

――私も2019年にニュース記事でTransferRoomを取り上げさせていただいたのですが、当時登録していたのは約550クラブにとどまっていました。そこからどのように800クラブ以上へと登録者を広げていったのでしょう?

サイモン「その直後のコロナ禍の影響が大きかったですね。クラブは古くから情報交換から移籍交渉まで対面で行う業界慣習がありましたが、感染対策で移動さえもが制限されてしまった。そこでリモート化やオンライン化を進めざるを得なくなった中で、TransferRoomのユーザーが急増しました。

 近年で言えば、従来はデンマークのクラブであればノルウェー人の選手、ポルトガルのクラブであればブラジル人の選手のように、クラブは文化や言語が似ている国からピッチ内外の新しい環境に慣れやすい外国人選手を獲得しがちでしたが、今では生活様式もグローバル化する中で経験やノウハウが蓄積されてきていて、遠く離れた国から来た外国人選手もすぐに適応させられるようになってきています。

 だからできるだけ選手を安く買って高く売りたい中で、国外に目を向けるクラブが増えている。掘り出し物が眠っているサッカー中小国や下部リーグにいるようなクラブや、オイルマネーを投じてくれる中東にあるようなクラブと新たに国際関係を築いていくために、TransferRoomに加入してくださる事例も出てきています」

――FIFAが公表している国際移籍件数のデータを見ても2021年は1万8137件、2022年は2万390件、2023年は2万1821件と、年々過去最高を更新していますからね。2024年分はまだ発表されていませんが途中経過として各夏の数字で比較していて、2021年夏は8371件、2022年夏は9913件、2023年夏は1万490件、2024年夏は1万1000件といずれも伸び続けています。

檜山「2024年夏にベルギー1部のユニオン・サン・ジロワーズからサウジアラビア1部のアルカディアへと1500万ユーロで移籍したカメロン・プエルタスの取引もその一例で、TransferRoomで関心が伝わったことから彼らの取引が始まっています。そうしてクラブが移籍金を最大化していく上でもTransferRoomは役に立っていて、平均取引額を見ても2020年夏には120万ユーロ、2021年夏には130万ユーロ、2022年夏には180万ユーロ、2023年夏には190万ユーロと年々右肩上がりです。2024年夏には前年比で83%増の350万ユーロを記録しました」

サイモン「特に2024年夏の移籍市場は特殊で、欧州5大リーグでも多くのクラブが移籍金収入をほしがっていましたからね。例えばリーグ1では、今期(2024-29)の放映権料が1シーズンあたり6億6000万ユーロと前期(2021-24)比で11%も落ちてしまっています。放映権収入はその各クラブにとって主要な収入源で、全体の50~75%を占めていますから財政への大打撃は計り知れず、穴埋めが必要になっていました。

 前々季の移籍市場で史上2番目に高い移籍金総額を投じていたプレミアリーグでも、(3年間で損失が計算される)ファイナンシャルフェアプレーに抵触しないよう、新戦力を買う前に既存戦力を売らなければならないクラブが多かった。そこで選手獲得や選手放出の適切なタイミングを探らなければならず、取引がどんどん遅くなっている中でリーグ1では94%、プレミアリーグでも90%のクラブにTransferRoomを活用してもらえているのは、24時間いつでもどこでもすぐに世界中のクラブの意思決定者同士でコミュニケーションを取れるメリットがあるからでしょう。移籍市場が開くたびに情勢は変わっていますが、どんな状況でもクラブの移籍を支援できるのがTransferRoomの特徴です」

――中には移籍金で稼ぐよりも戦力を上げてタイトルや出場権を勝ち獲りたいクラブもいますよね。彼らの需要にも応えられているのでしょうか?

サイモン「そうしたビッグクラブは常に最高の選手を連れてきたり育てたりしようとしていますが、ピッチやベンチに入れる選手数は限られているのでアカデミー選手の居場所がなくなってしまうことも少なくありません。マンチェスター・シティやチェルシーが一例ですね。そこで育成してくれそうなローン先や換金してくれそうな売却先を探すのにもTransferRoomは役立っていて、彼らのネットワークでさえも網羅していない世界中のリーグやクラブと繋がれる機会を作っています。アカデミーの選手にとっても実力に合った移籍先を選びやすくなるのはもちろん、彼らを獲得するクラブにとってもピンポイントで補強できる機会になるので、様々なクラブの様々な移籍戦略に合わせられるのもTransferRoomの強みですね」

Photo: Karolis Gadliauskas

選手を評価する独自指標「Rating」「Potential」「xTV」

――実際にTransferRoomへ登録すると、どんな情報を出したり得られたりするのでしょうか?……

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Profile

足立 真俊

1996年生まれ。米ウィスコンシン大学でコミュニケーション学を専攻。卒業後は外資系OTAで働く傍ら、『フットボリスタ』を中心としたサッカーメディアで執筆・翻訳・編集経験を積む。2019年5月より同誌編集部の一員に。プロフィール写真は本人。Twitter:@fantaglandista

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