連勝で上位浮上も監督交代のバーミンガム。未知数のルーニー招へいでも揺るがぬ新オーナーへの信頼
遠く離れた日本のサッカーメディアでも広く取り上げられたウェイン・ルーニーのバーミンガム監督就任。前任者ジョン・ユースティスの下、直近のチャンピオンシップ(英2部)でホーム2連勝を収め昇格プレーオフ出場圏内に浮上しながらも監督交代に踏み切った人事は一見すると不可解に映るが、サポーターの間で新オーナーへの信頼は揺らいでいないという。その理由を現地在住のEFLから見るフットボール氏に解説してもらおう。
「三好康児をあのウェイン・ルーニーが指導する」
そんな英国フットボール通の心を震わす見出しが10月11日に躍った。その2日前にジョン・ユースティス前監督を解任したバーミンガム・シティはこの日、もはや公然の秘密となっていたルーニーの新指揮官就任を正式にアナウンスした。
このニュースに対する英国内での反応は概ね冷ややかなものだった。それもそのはず、このチャンピオンシップ第11節時点でバーミンガムは昇格プレーオフ出場圏内の6位につけ、直近2試合でも4-1、3-1とホームで連勝。とりわけ前体制の最終戦ではウェストブロミッチとのローカルダービーに完勝しており、監督交代を行うにはいささか不可解なタイミングだったからだ。
では肝心の現地、バーミンガムファンの反応はどうか。結論から言えば、サポーターは比較的速やかにこの決断を支持する方向へと向かった。その背景には、この夏にクラブを買収したアメリカ系資本の新オーナーグループへの絶大な信頼感がある。
解任のヒントは「恐れ知らずのプレースタイルの確立」
実は「ユースティスがプレッシャーに晒されている」という噂は、夏の間からまことしやかに囁かれていた。理由は言うまでもなく、ナイトヘッド・キャピタルが新たに経営の舵を握ったからだ。
昨夏からバーミンガムの指揮を執っていたユースティスは、当時依然として混迷を極めていたクラブに待望の安定をもたらした。バーミンガム近郊のソリハル出身で 、よりによって宿敵アストンビラのサポーターとして育ったが、だからこそこの地域のフットボール文化を熟知している。彼は常々「言い訳をしない」ことの重要性をとくと語り、長年の悪政によって毒々しい雰囲気が漂っていたクラブ内の文化を一変させた。
結果、シーズン前には有力な降格候補に挙げられていた逆境でも早々に残留を確定させ、薄い選手層をうまくやり繰りしながらハイプレスからカウンターを繰り出すスタイルを築き上げた。また頻繁に胸のエンブレムを叩く「バッジ・タッパー」としての熱いパフォーマンスも相まって、ファンの間では更迭のその瞬間まで非常に高い人気を維持していた功労者だ。
オーナーシップが代わることでマネージャーも代わる、というのはフットボール界では比較的よく見られる現象だが、ナイトヘッド・キャピタルは今夏のバーミンガム買収以来常にサポーターの声に耳を傾け、迅速にそれに沿った行動を起こしてきた経緯がある。彼らが「変えなくてもいいことを変えた」のはこれが初めてと言っていい。そこまでして強引に監督交代を敢行したのには2つの理由がある。
1つ目はユースティスのスタイルにある。初めて指揮を託された英5部キダーミンスターでは「ノンリーグのバルセロナ」の異名すら取るパスサッカーを浸透させ、QPRではブレントフォード、レンジャーズ、ノッティンガム・フォレストの監督を歴任したマーク・ウォーバートンのアシスタントを務めた彼だが、ことバーミンガムではまず守備組織の構築と成熟に重点を置く慎重派に回っていた。昨季の選手層を考えればその方法論はまったくもって妥当で、現実的な選択肢として奪取と速攻に特化させたことは容易に想像できる。しかし今夏、三好を筆頭にボールの扱いに長けた選手が多数入団した中で、攻撃面で主導権を握り切れない進歩にはやや物足りなさがあった。
事実、開幕5戦無敗の好発進を経て迎えた9月代表ウィーク後の4試合で挙げた得点はわずか1で未勝利に終わっている。もちろん不運も重なり、主力のシリキ・デンベレやイーサン・レアードの負傷離脱も響いた。また守備面を見れば、オープンプレーのxGA(失点期待値)は6.35(ここまでOPからの実失点は8で約2点の上振れ) で、11試合を終えた時点で群を抜いてリーグトップの数字を誇る。
しかし新オーナー着任当初から「世界に目を向けた投資」だと公言して憚らない野心的な投資家集団にとって、過度に受け身に回っているサッカーでは地味過ぎるように映ったのだろう。群雄割拠のフットボールシーンで注目を集めるためには、ピッチ上で発揮する質や煌びやかさでもそれ相応の話題を振りまく必要がある。ユースティス解任声明 の中にあった「恐れ知らずのプレースタイルを確立する必要性」との言葉も、前監督の「言い訳無用」のモットーを思えば非常に奇妙な一節ではあったが、おそらくは攻撃的なスタイルという意味で使われたのだろう。
この点は2つ目の理由にも関係する。「監督の知名度」の必要性である。
これが元スター選手であるルーニーに白羽の矢が立った理由だ。ユースティスも現役時代はチャンピオンシップを中心に通算400試合近くに出場。コベントリー、ストーク、ワトフォード、ダービーなどを渡り歩いた選手だったが、「イングランド代表とマンチェスター・ユナイテッドの歴代最多得点者」に勝る箔などそうはない。注目度も当然段違いで、その到来が濃厚になってからというもの連日各メディアが一面級の扱いでバーミンガムを取り上げ、『Sky Sports News』でルーニーの監督就任会見が生中継までされた。
「NFL史上最高の選手と謳われたトム・ブレイディが経営参画するクラブの監督にルーニーが就任する」
この単なる事実の羅列だけでも、世界中のスポーツファンがバーミンガムに注目せざるを得ない。ナイトヘッド・キャピタルが投資を行った主目的を考えれば、これは理に適った監督人事だ。
未知数のルーニーが味わう初の「言い訳が利かない」状況
ただこれらすべてを鑑みたとしても、ピッチ内で結果が出なければ何の意味もない。そして認めざるを得ない点として、まだ37歳の新米監督の手腕には未知数な部分が残されている。ルーニー自身、指導者業に転身してからは3年余りと豊富な経験や実績を持つわけではないからだ。
一方で過去に指揮を執った2チーム、ダービー・カウンティとDCユナイテッドの双方では、いずれもクラブ上層部が問題を抱え自らもその犠牲者となる中で、有能ぶりを示す数多くの「証拠」を示してきたことも事実だ。……
Profile
EFLから見るフットボール
1996年生まれ。高校時代にEFL(英2、3、4部)についての発信活動を開始し、社会学的な視点やUnderlying Dataを用いた独自の角度を意識しながら、「世界最高の下部リーグ」と信じるEFLの幅広い魅力を伝えるべく執筆を行う。小学5年生からのバーミンガムファンで、2023-24シーズンには1年間現地に移住しカップ戦も含めた全試合観戦を達成し、クラブが選ぶ同季の年間最優秀サポーター賞を受賞した。X:@Japanesethe72