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Jリーグ経由トッテナム行き。ポステコグルーが開拓する未知のキャリア

2023.07.06

2019シーズンに横浜F・マリノスをJリーグ王者に導き、22-23シーズンにセルティックで3冠を達成したアンジェ・ポステコグルーが、来シーズンからトッテナムの監督に就任する。Jリーグで実績を残したオーストラリア人指揮官がプレミアリーグに挑戦するのは、異例のキャリアと言っていいだろう。強い信念を貫いてきた“ボス”の歩みを、舩木渉が振り返る。

今でも語り草となる「フォスターとの壮絶な言い合い」

 オーストラリアで今でも伝説的なインタビューとして語られる動画がある。

 2006年10月から11月にかけて開催されたAFCユース選手権(現AFCU-19アジアカップ)でU-19オーストラリア代表が翌年のU-20W杯出場権獲得を逃した直後、SBS(オーストラリア公共放送)のサッカー専門番組『ザ・ワールド・ゲーム』内で放送されたものだ。

 メルボルンから中継でインタビューに応じた若き日のアンジェ・ポステコグルーは、スタジオ解説者のクレイグ・フォスターと約13分間にわたってやり合った。ここで「やり合った」という表現を用いたのは、インタビューがほとんど言い争いのような調子だったからだ。

 当時のポステコグルー監督はオーストラリアでU-17とU-19の世代別代表を率いる立場だった。しかし、どちらのチームもW杯の出場権獲得に失敗。U-17代表に至ってはAFC U-17選手権(現AFC U-17アジアカップ)の予選で敗退し、U-17W杯のアジア最終予選を兼ねる本大会にすら進めなかったのである。

 オセアニアサッカー連盟(OFC)からアジアサッカー連盟(AFC)に転籍して初めての“ワールドカップ”予選だっただけに、U-19代表が大陸選手権のグループステージで中国の後塵を拝し、U-17代表がラオスよりも下の順位で敗退したという結果のもたらすインパクトは相当だったはずだ。

 インタビューの中で、ポステコグルー監督がU-20W杯予選敗退の要因を説明したところから舌戦はヒートアップした。フォスターは「どう責任を取るつもりなのか?」と噛みつき、ポステコグルー監督は「私に責任はあるが、これは何年も積み重ねてきた怠慢の結末だ」と言い返す。

 「私はすべての責任を取るつもりだが、この6年間であなたとは一度も現場で顔を合わせたことがない」

 「プロの監督として予選突破のためにお金をもらっているなら、しっかり責任を取るべきだ」

 「何万マイルも離れたところにいないで、現場に来て練習でも見ればいいじゃないか」

 「あなたは練習で勝つために報酬を受け取っているわけではない。予選を突破するためだろう。で、試合内容は十分だったのか?」

 「いいえ。その点に関しては私がすべての責任を負う。で、あなたは私に何を言って欲しいんだ?」

 「あなたはW杯に出場する権利を得るために報酬をもらっているのだから、それが叶わなかったのなら辞めるべきだ。私ならそうする」

 「あなたが私の仕事に対して批判的な分析をしたいなら、まずは現場に来て試合を見てみてはどうだ?」

 最後までずっとこんな調子で議論は成り立たず、ポステコグルー監督とフォスターは互いを非難し合った。「オーストラリアのサッカー界、および育成年代にはもっと競争力の高い環境が必要。今のままでは他国に置いていかれる」というのが前者の主張で、後者の主張は「現状でも中国やラオスを倒すには十分。まずは敗退の責任を取れ」というもの。一向に話は噛み合わないままだった。

 結局、「自分から辞任するつもりはない。私は常に決断を下すべき人に自分の将来を委ねている」と話していた指揮官はオーストラリアサッカー連盟から契約を延長されず、2007年2月に育成年代での仕事を事実上の解任という形で終えることになる。そして、ポステコグルーは『FOXスポーツ』の解説者となり、一時的に指導の現場を離れた。

2015年のアジアカップではポステコグルー率いるオーストラリア代表が決勝トーナメントで日本を破ったUAEを下し、決勝では延長の末に韓国を撃破。同国にとって初となるアジアカップのタイトルをもたらした

 世代別代表監督としての失敗と、フォスターとのインタビュー(言い争い)はポステコグルーにとってキャリアの転機になったと言われる。約1年後にギリシャ3部のパナハイキで指導現場に復帰すると、信念の男は次々に金字塔を打ち立てていく。

 ブリスベン・ロアでは36試合無敗という驚異的な記録を作り、「ロアセロナ」とも呼ばれた魅力的なポゼッションサッカーでAリーグを制覇。オーストラリア代表では世代交代を推し進めた上でスタイルの転換を図り、2015年にAFCアジアカップ初優勝を果たす。そして、ロシアW杯予選突破後に代表監督を辞すと、横浜F・マリノスで監督に就任する。そこから先のストーリーは、今さら説明する必要もあるまい。

 監督キャリアを重ねる中で、ポステコグルーのサッカー哲学は一貫していた。基本システムは[4-3-3]で、ウイングが攻撃の鍵を握り、とにかく攻撃に特化した戦術を構築する。フォスターのように目先の結果を求める声には耳を傾けることすらせず、自らの信念を貫き、どんな重圧にも屈さなかった。マリノス時代も「自分たちのサッカーをブレずに続けることが何よりも重要。目の前の結果に左右されてはならない」と口癖のように言い続けていたのを思い出す。

父・ジムから受け継がれたサッカー観

 では、ポステコグルーのサッカー観はどのように培われてきたのだろうか。その道筋を紐解くには、彼の生い立ちから知ることが必要だ。……

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アンジェ・ポステコグルーオーストラリアトッテナム横浜F・マリノス

Profile

舩木 渉

1994年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学スポーツ科学部卒業。大学1年次から取材・執筆を開始し、現在はフリーランスとして活動する。世界20カ国以上での取材を経験し、単なるスポーツにとどまらないサッカーの力を世間に伝えるべく、Jリーグや日本代表を中心に海外のマイナーリーグまで幅広くカバーする。

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