好評発売中の本誌『フットボリスタ第92号』では、「W杯から学ぶサッカーと社会」と題した特集企画を実施。開催国カタールのサッカーというソフトパワーを活用した国家ブランディング戦略から、サッカーファンの政治への向き合い方、さらには拡大するW杯の行き先まで、4年に一度の祭典を切り口に見えてくるサッカーと社会の関係性を考えた一冊だ。
中でも反響を呼んだのは、人種差別、ロシア除外、Japan’s Wayなどピッチ内外で見え隠れする複雑性を読み解く上で示唆に富む神戸大学・小笠原博毅教授のインタビュー。恩師へ直撃したサンケイスポーツの邨田直人記者に取材後記を書いてもらった。
「これを大勢の人がわかってくれたら…」
小笠原博毅教授の授業を初めて受けたのは、神戸大学に進学してすぐの5月か6月。「スーパーボウルを制した黒人QB(クォーターバック)」の話から始まり、高校倫理で学ぶような近世の「哲学者」がどのような言葉と思考で奴隷制を肯定していたのか、の話に繋がった記憶があります。そこから僕が小笠原“先生”のゼミ生になって受けた影響はラボ・レボリューションで話したので割愛しますが、今回、より多くのサッカーファンに先生の言葉を読んでもらうという、スポーツ記者としての仕事を始める時の目標を1つ達成することができて感慨深いです。
インタビューにあたり、事前に準備していた資料では「サッカーと政治が関わる主な3つの局面と、その交差点について考える。テーマになっているフレーズ『サッカーに政治を持ち込むな』を乗り越え、様々な層の政治性を孕み、時にそれを最も鋭く表出させるスポーツとしてサッカーを語ることを提案する」と設定していました。話を進めるため、便宜上「FIFAら団体の権利行使」「代表とは何かという資格づけ」「矛盾を明るみに出し、積極的に意義を唱えるアスリート」と分け、それぞれについてうかがいました。
多くの読者に注目していただいた、セルティックの歴史に触れる中で「歴史は下から積み重なるものではなく、今から遡るもので、その決定因は過去ではなく、常に今の視点にあります」「簡単なものほど、複雑なプロセスの結果だということを忘れてはいけません。簡単なものが導かれる時、それはそのプロセスで複雑なものを捨ててきたことの証明でしかないのです」と話す部分。録音した音声を聞き返すと、この後、「これを大勢の人がわかってくれたら、本当にいいんだけどね」と言っていました。先生の著書『セルティック・ファンダム』(せりか書房)を読むと、様々な思考と言葉遣いと、フィールドワークを通した体とでそれが実践されている一部始終をのぞくことができます。とんでもなく難解な言葉が並んでいますが、ぜひ一度ページをめくってみてください。第1章の全部と第3章の最後がおすすめです。
これらの言葉に沿って、もう少し今の視点からスポーツを振り返りたいと思います。
スポーツの偏った「原点」
テーマになった「サッカーに政治を持ち込むな」について、先生は「『スポーツに政治を持ち込むな』という言い方の派生であって、それを言い出したのはIOC(国際オリンピック委員会)であり、それはある意味での反省から来ている」とインタビューで話しています。1936年のベルリン五輪では、五輪が、スポーツがナチスに利用されてしまった。冷戦の東西対立の中で東側諸国がスポーツで台頭し、「代理戦争」としてプロパガンダや非難の応酬が起こった。国際政治とスポーツの関係が大きく揺れ動いていく中で、「スポーツに政治を持ち込むな」という言説が一般的になっていったのではないか、と。
2022年の今、スポーツに関心のある人たちがこのフレーズに最も出会う、あるいは最もそれを使いたくなる場面はどこでしょうか。おそらく、「矛盾を明るみに出し、積極的に意義を唱えるアスリート」に出会った時じゃないかと思います。これについてもインタビューで答えてもらっています。
「選手個々のメッセージや社会的イシューに対する表現に対して、そんなことするな、と言うパターンには2つあります。1つは『お前らはスポーツ選手だから、スポーツだけやっておけ』というもの。1つのカテゴリーに1つのことしかやっちゃいけないという、純粋主義ともいうべきものです。でもその考えが間違っていることは、これまで話してきた通り、サッカー自体がすでに社会的なもので、あらゆる政治的なものから縁を切ることができないことからわかります。
もう1つのパターンは、恐れる人たち。メッセージが出されることによって、“ただの”サッカー選手が社会的なインパクトを持ち、政治的に支持されることを恐れている人たちがいる。そうして社会矛盾が顕になることを恐れている。こちらの方がタチが悪い。社会の中で恣意的に作られた分業体制の境目を超えてほしくないという願いが透けて見えるからです。そしてそれは逆に、サッカーが社会を恐れさせる、何か影響を与えることができることの証明でもあります」
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Profile
邨田 直人
1994年生まれ。サンケイスポーツで2019年よりサッカー担当。取材領域は主にJリーグ(関西中心)、日本代表。人や組織がサッカーに求める「何か」について考えるため、移動、儀礼、記憶や人種的思考について学習・発信しています。ジャック・ウィルシャーはアイドル。好きなクラブチームはアーセナル、好きな選手はジャック・ウィルシャー。Twitter: @sanspo_wsftbl