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逆転に向けた周到な改善策と、劣勢で繰り出された勝負手。レアル・マドリー対チェルシーを激闘たらしめた両指揮官の采配を紐解く

2022.04.16

これぞCLという激闘となったレアル・マドリーとチェルシーの激突。完敗となった第1レグからの逆転を目指したトーマス・トゥヘル監督はいかなる修正を施してきたのか、それに対しレアル・マドリーはどう対応したのか。東大ア式蹴球部分析官のきのけい氏が分析する。

 国内ではエル・クラシコで大敗するなど不安定な戦いを続けながらも首位を走り、CLではラウンド16でパリ・サンジェルマンを劇的な形で下して一体感を増したカルロ・アンチェロッティ率いるレアル・マドリーと、ピッチ外の問題に揺れ国内ではマンチェスター・シティ、リバプールにやや離されながらも、CLでは現欧州王者の風格を見せつけ危なげなく勝ち上がってきたトーマス・トゥヘル率いるチェルシーの一戦。レアル・マドリーのホーム、サンティアゴ・ベルナベウで行われた試合は、第1レグで2点のビハインドを背負ったチェルシーが3点を先攻し一時スコアをひっくり返したものの、そこからレアル・マドリーが1点を返し延長戦に突入。その後1点を追加したレアル・マドリーが2戦合計スコアで5-4と勝ち越し、セミファイナルへの切符をつかんだ。昨シーズンのCLで完敗を喫し、そのまま優勝を許した相手に見事なリベンジを果たした格好だ。

 選手の個の能力、戦術どちらをとっても質の高く、スペクタクルなゲームであった。トゥヘルはこの試合に向けて良く対策を練ってきたことがうかがえ、対するアンチェロッティも何とか持ちこたえながらギリギリのところで手を打っていった。両者のハイレベルな駆け引きを分析していく。

前へ出るチェルシー。白熱のハイプレスvsプレス回避

 第1レグでの敗戦を踏まえ、より戦い方を変えてきたのはチェルシーだ。選手起用、そして守備の仕方に大きな変更を加えてきた。第1レグでは見せられなかったハイライン・ハイプレスで立ち上がりから主導権を握り、先制点を奪って勢いに乗ることを目指したのはそのスコア差を考えれば自然だろう。

 第1レグのチェルシーのプレッシングは機能していなかった。レアル・マドリーは相手の[5-2-3]に対し、位置的優位を得る2CBの持ち運びでシャドーを釣り出しフリーのSBへ。中盤3人にフリーロール化する右ウイング(WG)のフェデリコ・バルベルデを加えた4人がチェルシーの中盤2人の周辺でスピーディーにパスを繋ぎ、逆サイドに展開して一気に加速する。そうして対峙したアンドレアス・クリステンセン、チアゴ・シウバをビニシウス・ジュニオール、カリム・ベンゼマの阿吽(あうん)の呼吸で崩しゴールを奪ったのが先制点の形であった。

第1レグのハイライト動画

 第2レグのチェルシーのベースフォーメーションは、攻撃時と守備時の中間を取って[3-4-2-1]と表記しておく。守備時は前線のメイソン・マウント、ティモ・ベルナー、カイ・ハフェルツがそれぞれカセミロ、ナチョ・フェルナンデス、ダビド・アラバをマンツーマンで見て、右ウイングバック(WB)のルベン・ロフタス・チークが1列上がりトニ・クロースを捕まえる[4-3-1-2]だった。レアル・マドリーのプレス回避の配置は第1レグとは変わらないため、中央の前から噛み合わせてボールホルダーへの距離を短くし、サイドに誘導してからSBに対して左はマルコス・アロンソの縦スライドあるいはマテオ・コバチッチの横スライド、右はロフタス・チークの横スライドでぶつけることで時間的余裕を与えない。そこから中央につけてきたところをCBの縦スライドとエンゴロ・カンテを中心とする厚みを増した中盤、前線のプレスバックで奪う。そんな意図が見られた。

 そして予想通りとも言うべきかビニシウスの対面にはリース・ジェイムズを置き、ハイプレス時も彼は後方に留まった。クリステンセンとのマッチアップでは質的優位を突きつけることに成功していたビニシウスだったが、第1レグ後半にトゥヘルが4バックに修正し、対人の強いジェイムズとの勝負になってからは徐々に輝きを失っていった。チェルシーの他の選択肢としては同じく対人で戦えるトレボ・チャロバーやセサル・アスピリクエタが考えられたが、アスピリクエタは直前まで新型コロナ陽性でコンディションに不安があり、何より点を奪いに行く必要があった。そのため、後述する攻撃時のロフタス・チークに与えたタスクとの兼ね合いも含めトゥヘルはこの人選にしたと推察する。

チェルシーのハイプレスvsレアル・マドリーのプレス回避の図解

 立ち上がりからこのチェルシーのハイプレスvsレアル・マドリーのプレス回避という構図は非常に見ごたえがあった。レアル・マドリーも臆せず真っ向から立ち向かい、7分にはダニエル・カルバハル、ルカ・モドリッチ、ジャストなタイミングで落ちてきたバルベルデ、内側に侵入したカルバハルと連続して1タッチで繋ぎ、見事なプレス回避に成功している。その後もマンツーマンを逆手にトニ・クロースがカセミロの脇まで落ちてロフタス・チークに選択を迫る定石的な対応策や、フェルラン・メンディの内側へのドリブルから斜めのパスなどを駆使しながらチェルシーのアグレッシブな守備をかい潜る。しかし12分には中央でバルベルデがアントニオ・リュディガーとマウントに捕まりチェルシーのショートカウンターが炸裂。ハフェルツにシュートを許すも何とかCKに逃れた。

 レアル・マドリーはプレス回避に成功すると、必ず空いてくる相手中盤脇のスペースを起点に攻撃を仕掛ける。10分には左ハーフスペースで浮いたバルベルデから縦パスを受けたビニシウスが反転からジェイムズの股を抜き、たまらずファウルで止めたジェームズにイエローカード。ベンゼマが直接FKからゴールを狙う。23分にも右ハーフスペースのバルベルデから左のビニシウスへパスが通ると、仕掛けからのこぼれ球をベンゼマが豪快に左足ボレーシュートで狙い、チアゴ・シウバにディフレクトしたボールは惜しくもバーを越えていった。

ミクロな違いが生んだ先制点、ロフタス・チーク起用のワケ

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UEFAチャンピオンズリーグチェルシーレアル・マドリーレビュー

Profile

きのけい

本名は木下慶悟。2000年生まれ、埼玉県さいたま市出身。東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻所属。3シーズンア式蹴球部(サッカー部)のテクニカルスタッフを務め、2023シーズンにエリース東京FCのテクニカルコーチに就任。大学院でのサッカーをテーマにした研究活動やコーチ業の傍ら、趣味でレアル・マドリーの分析を発信している。プレーヤー時代のポジションはCBで、好きな選手はセルヒオ・ラモス。Twitter: @keigo_ashiki

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