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シャビの手腕とアンチェロッティの失敗。エル・クラシコの勝負を分けた要因に迫る

2022.03.22

終わってみればなんと0-4――アウェイのバルセロナが、首位レアル・マドリーを完膚なきまでに叩きのめした今シーズン3度目、公式戦249度目のエル・クラシコ。最大の焦点である絶対的支柱ベンゼマを欠いたアンチェロッティ監督の決断“偽9番モドリッチ”がどんな現象を生み出したのかはもちろん、両者のパフォーマンスとそれを生んだ要因について、東大ア式蹴球部でテクニカルスタッフを務めるきのけい氏が分析する。

 レアル・マドリーの本拠サンティアゴ・ベルナベウで行われた伝統の一戦エル・クラシコは、0-4でアウェイのバルセロナが大勝するという驚きの結果となった。カルロ・アンチェロッティ監督の下、CLラウンド16で強豪パリ・サンジェルマン相手に劇的な形で勝利しチームとしての団結力を強めるレアル・マドリーと、シャビ監督がクラブのフィロソフィに冬の新戦力たちを組み込み、現代版にアップデートする形で復活し勢いに乗るバルセロナ。戦前にここまで大きな差が開くことは予想できなかった両雄の激突で、なぜシャビ・バルサはレアル・マドリーを圧倒することができたのか。その要因を分析していく。

苦渋の決断、すべてを間違えたアンチェロッティ

 誤解を恐れずに言えば、バルセロナは最近の試合で強さを見せていた通り“普通に戦い、普通に勝利”した。特別な策を施すことをせずとも(挙げるとしてもビニシウス・ジュニオールの対面に置かれた右SBロナウド・アラウホくらいだろう)、試合を完璧に支配しレアル・マドリーに何もさせなかった。

 率直に言って、この試合のレアル・マドリーの質は悲惨なほどに低く、今シーズン最低の出来と言って良いほどであった。

 近年のエル・クラシコの試合展開は決まって、レアル・マドリーがプレスラインを低く設定してバルセロナのボール保持を許容し、ロングカウンターからチャンスをうかがうというものであった。[4-1-4-1]の縦に非常にコンパクトな守備ブロックを敷き、バルセロナの崩しの核でありライン間で受け手となるインサイドハーフ(IH)の2人を、IHのカバーシャドウとCBの迎撃で管理することによってバルセロナの攻撃を外回りに追いやる。サイドの走力と自陣エリア内でのCB、アンカー(Ac)のカセミロによるクロス対応で上回ることによってゴールを守り、ポジティブトランジションで中盤のプレス耐性、ビニシウスのスピードを生かす。この構図となった直近5試合は、すべてレアル・マドリーの勝利に終わっている。

 バルセロナのスタイルは基本的に一貫しており、大きくやることを変えるというのは考えづらかった。そのため、レアル・マドリーがプレスラインの高さをどう設定するかに注目していた。ルカ・モドリッチの偽9番起用がサプライズとなったわけだが、その攻撃面での意図よりも彼らがバルセロナの攻撃をどう評価し、どういう守備を行うかの方が試合展開を左右すると考えていたのだ。

 結果としてレアル・マドリーは高い位置(ミドルサードとその前)からプレッシングに出ることを選択し、しかしそれが欠陥だらけであることを露呈した。

 これに関してはまず、近年バルセロナ相手に優位に立っていた上述のロングカウンター主体のやり方ではなく、アンチェロッティが前に出ていく決定を下した理由を考察すべきである。これには、パリ・サンジェルマン戦で得た教訓が密接に関係していた。

パリ・サンジェルマン戦で得た教訓との繋がり
1. カリム・ベンゼマの不在
2. フェルラン・メンディの不在とウスマン・デンベレの存在

 レアル・マドリーはロングカウンター主体のフットボールをパリ・サンジェルマン相手に第1レグでぶつけたが、これはまったく歯が立たなかった。相手の強度の高いゲーゲンプレスを前に自陣に閉じ込められ、なす術なく敗れ去った。国内では通用していたやり方が、“本当の強豪”相手には通用しなかったのだ。

 レアル・マドリーが自陣低い位置からでも高確率でカウンターを繰り出せるのは、驚異的な技術とフィジカルを併せ持つCFベンゼマの貢献に依るところが非常に大きい。左右のハーフスペースに落ち、時には大外まで流れ、相手を背負いながら周りの選手たちが押し上げる時間を作ることができる。そのままフィニッシュを担うのも彼であり、絶大な存在感を放つ。

 パリ・サンジェルマン戦の第1レグではケガをしていたにもかかわらず彼を強行出場させた。そのため本調子とはほど遠く、それもレアル・マドリーのポジティブトランジションが機能しなかった一因であった。

 また、右SBのダニエル・カルバハル(と途中交代で入ったルーカス・バスケス)が相手左ウイング(WG)のキリアン・ムバッペに対して明らかな劣勢を強いられた。撤退する時間が長く、サイドに追いやる守備をしているので、必然的にサイドでこのような1対1が生まれる回数は多くなる。

 今回のバルセロナ戦では、ケガによりベンゼマと、対人で無類の強さを誇る左SBメンディが起用できず。そして、相手の右WGとして出てくることが予想されたのは、現在のバルセロナで最も質的優位を担保できるデンベレである。1月に行われたスーペルコパでのエル・クラシコでも、レアル・マドリーにとっては彼の仕掛けが一番の脅威となっていた。

 撤退してもベンゼマがいなければカウンターに転じることができず、デンベレにオープンにボールを持たれたら厄介だ。ならば、ボールを奪う位置を高くする必要がある。実際、パリ・サンジェルマンとの第2レグではハイプレスを敢行し、大逆転という成功体験を得られた。

 こうした理由から、アンチェロッティは前に出ていく決定を下したと推察する。これは、アンチェロッティが最近のバルセロナを“本当の強豪”と見なしていたことを意味する。

 しかし以前の記事でも述べているように、レアル・マドリーのミドル〜ハイプレスを軸とした戦い方は未完成で、道半ばでスタイルを元に戻しており、CLの劇的勝利も相手のミスに助けられた部分があった。

 結果的に、アンチェロッティがこのエル・クラシコで立てたゲームプランはすべて裏目に出て、バルセロナは面白いようにその欠陥を突いたわけだが、では具体的にどう攻略していったのだろうか。

試合中、浮かない表情を見せるアンチェロッティ。得点数・アシスト数ともにリーグトップのベンゼマが直前の負傷で欠場を余儀なくされる苦境の中、采配で活路を見出すことはできなかった

スペースとタイミングを自在に操り、位置的優位を前へと繋ぐ

 一方のバルセロナはELラウンド16のガラダサライ戦こそ苦戦(2戦合計2-1)したものの、冬に獲得した新戦力の前線3人(フェラン・トーレス、ピエール・エメリク・オーバメヤン、アダマ・トラオレ)がチームに馴染んで以降、大量得点での勝利が増えていた。

 シャビのトレーニングにより守備強度が高まったのはもちろんだが、もう1つ見違えるほどの変化として表れたのはビルドアップから崩しにかけてのクオリティの向上だ。

 バルセロナのこの試合でのボール保持時の配置は、これまでにも見せていた静的な[2-3-2-3]という形。初期位置で幅と深みを取るのは右WGのデンベレ、左WGのフェラン・トーレスで、ライン間に位置するIHは右にフレンキー・デ・ヨンク、左にペドリが起用された。

 レアル・マドリーはベンゼマの代わりに最前線に置かれたモドリッチと、左IHのトニ・クロースを押し出してファーストラインを形成。ミドルサードで[4-4-2]の陣形を作り、前2人がバルセロナのCB2人を抑えにいった。だが、これはかなりの悪手であった。理由は明白で、何かしらの工夫を施さない限りは[2-3-2-3]との噛み合わせが悪く、Acのセルヒオ・ブスケッツをフリーにしてしまい彼のところからライン間やDFライン背後のスペースを使われてしまうからである。モドリッチとクロースはCBから直接ブスケッツにボールが入らないようカバーシャドウしながらボールホルダーに向かうが、シャビはレイオフを用いてファーストラインの背後で、(いわゆる“3人目”の)ブスケッツにオープンな状態でボールを持たせる術をチームに浸透させている。

バルセロナ視点で見ればブスケッツをフリーに“できた”、レアル・マドリー視点で見れば“してしまった”ことがこの結果を生む一因となった

……

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カルロ・アンチェロッティシャビ・エルナンデスバルセロナレアル・マドリーレビュー

Profile

きのけい

本名は木下慶悟。2000年生まれ、埼玉県さいたま市出身。東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻所属。3シーズンア式蹴球部(サッカー部)のテクニカルスタッフを務め、2023シーズンにエリース東京FCのテクニカルコーチに就任。大学院でのサッカーをテーマにした研究活動やコーチ業の傍ら、趣味でレアル・マドリーの分析を発信している。プレーヤー時代のポジションはCBで、好きな選手はセルヒオ・ラモス。Twitter: @keigo_ashiki

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