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グアルディオラも愛用する「スポーツコード」とは?サッカーアナリストと探る映像分析ツールの最新トレンド

2021.05.14

『サッカーアナリストのすゝめ』発売記念企画#3

4月30日発売の『サッカーアナリストのすゝめ』は、ヴィッセル神戸、ベガルタ仙台、横浜F・マリノスで分析を担当した杉崎健アナリストが、Jリーグ最前線で培ってきた7つのメソッドをまとめた意欲作だ。

本書の上梓を記念して、『フットボリスタ第84号』に収録されている杉崎アナリストの対談を特別公開! 映像分析ツールの開発会社として世界最大手であるhudlの日本担当・高林諒一氏と、現場で重宝されている「タグづけソフト」や「データベース」の最新トレンドをお届けする。

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タグづけソフト「スポーツコード」で編集まで可能に


──今回は、映像分析ツールの最新トレンドについて高林さんにうかがいつつ、杉崎さんに現場での活用事例をお聞きしたいです。まず高林さんの働かれているhudlではどのような製品を提供しているのでしょうか?

高林「僕たちhudlが扱っている映像分析ツールについて紹介させていただくと、まず『スポーツコード』と『ハドル』という2つの製品があります。スポーツコードは映像に付箋、いわゆるタグを貼っていく『タグづけソフト』です。自由にタグを定義できるので、リアルタイムでチーム独自の指標や観点でプレーの回数を集計したり、試合映像を短いクリップとして切り出せます。そうして作成した映像クリップをチームで共有できるのがハドルで、選手のスマホやタブレット、パソコンにフィードバックを送れるシステムです。僕たちの製品に限らず、タグづけソフトと動画共有システムはプロだけでなくアマチュアにも浸透していますね」


──杉崎さんもJクラブで分析をご担当されていた時は、スポーツコードとハドルのような映像分析ツールを使っていたのでしょうか?

杉崎「使っていましたね。プロの現場ではチームのスタイルに合わせてデータを取得しているんです。あくまで一例ですが、ポゼッションを重視するチームなら、『ゾーン』という指標があります。一般的なゾーンではピッチが4等分されますが、僕は相手のFW、MF、DFの3つのラインでピッチを4つのゾーンに分けています。攻撃が終わった回数を各ゾーンで集計すれば割合が出せるので、どの攻撃の過程に問題があるのかが指摘できます。そういう独自のデータを集計するためにタグづけソフトを活用していました」

高林「そうした試合本番のリアルタイム分析だけでなく、その前後でもタグづけソフトは活用されています。例えばマンチェスター・シティのペップ・グアルディオラ監督も、試合前に自らスポーツコードを使用して映像から欲しいデータを抽出しているんですね。さらに彼は選手との1対1の個別ミーティングを大切にしていて1週間毎日、各選手にフィードバックを送っているんです。そこでは全選手分の映像クリップが必要となるので、シティのアナリストたちは夜遅くまでスポーツコードを使ってタグづけをしています。彼らに限らずプレミアリーグの各クラブはIDP(Individual Development Plan)と呼ばれる個別育成プランをアカデミーからトップチームの選手まで一人ひとりに策定していて、指導者は選手と目標を設定しています。そこで活躍するのが映像クリップで、一目見れば試合の記憶を思い出せる。さらに客観的にプレーを見直せるので、選手も自主的に課題を見つけられるというメリットがあります」

17-18シーズンのマンチェスター・シティに密着したドキュメンタリー「オール・オア・ナッシング」でも、グアルディオラ監督がノートPCとにらめっこしながらタグづけに励む様子が捉えられている

杉崎「僕も選手個別の映像クリップを作っていましたね。試合後にタグづけソフトで選手一人ひとりのプレーをパス、ドリブル、クリアなどに分類して、さらに良いプレーと悪いプレーに分けた映像クリップを動画共有システムでチームに共有していました。ただ一つ注意が必要なのは、とにかく映像を見せればいいわけではないということです。フル出場した選手は頭にアドレナリンが残っているので、翌日に試合映像を振り返っても頭に入っていかないこともある。回復には24~48時間がかかりますが、疲労度は出場時間だけでなく、試合内容やポジション、体質でも変わってきます。そういう個人差に合わせて映像の伝え方まで考えていくのがアナリストの仕事です。僕の場合はチーム全体で行うフィードバックが試合日から2、3日後だとしても、試合後には個別の映像クリップをチーム内で共有して、選手一人ひとりが最適なタイミングで確認できるようにしていました」

高林「さらに現在はコロナ禍で対面のミーティングが行えないので、事前に映像を共有してオンラインミーティングを行うチームも増えていますね。そこでますます動画共有システムの需要が高まっていて、ハドルでも誰かが映像を動かせば、他のデバイス上でも動きが反映される機能を開発しました。もちろんYouTubeのように動画を無料で共有できるサービスもありますが、セキュリティに不安がありますよね。特に欧州トップレベルでは、サッカー関係者がサイバー攻撃を受けることも少なくないんです」


──実際に昨年プレミアリーグのあるクラブでマネージング・ディレクターのメールが移籍交渉前にハッキングされて、100万ポンドの報酬がハッカーの手に渡る寸前だったというレポートが公表されていましたよね。指導者やアナリストが扱う映像も、流出して次の対戦相手に戦術や戦略が知られたりしてしまったら大打撃です。

高林「だから、より安全性の高い映像共有ツールが求められているんですね。そうした事情もあって、プレミアリーグとチャンピオンシップの全クラブに僕たちのプロダクトを使っていただいています」


──hudlではタグづけから動画共有まで一貫したソリューションを提供しているということですね。

杉崎「でも印や線、文字などの加工はタグづけソフトでは行えないので、一度映像クリップを書き出す必要があるんですよね。それをAdobe Premiere ProやFinal Cut Proのような編集ツールで編集して再度書き出して、共有するという流れです。ただ、それらのソフトはサッカーチーム向けではなく、もともと放送局向けに作られているので使い方を覚えるまでが難しく、さらに修正が必要になるとあらためて同じステップを踏まなければいけないので、手間になってしまうことがありました」

高林「だから各社が編集機能の開発に力を入れていて、僕たちも先日、『スタジオ』というスポーツコード内で高度な編集を可能にする新機能を発表しました。スタジオでは印をつけるにしても、選手をワンクリックするだけで、その動きを自動的に追跡して目立たせてくれます。さらにタッチラインやペナルティエリア、センターサークルの位置からピッチの全体図を読み取る機能もあって、そこでハーフスペースに色をつけると映像上でもハーフスペースが可視化される。映像の角度や視点が変わっても図形を同期させてハーフスペースを表示させられます。さらに選手間の距離が計測可能になるので、選手へのフィードバックがよりわかりやすく、簡単に行えるようになるはずです」

スポーツコード内に搭載される新動画編集機能「スタジオ」の開発中画面

スカウティングまで補完するデータベース「Wyscout」


──そうしてデータを作成するサービスを提供し続けているhudlですが、2019年夏にはデータを自作しているWyscoutを買収していますよね。その理由は何でしょうか?

高林「ここまでご紹介したタグづけ、編集、動画共有のように、hudlとしては映像分析のすべてのプロセスを網羅したいという想いがあります。ただ、一連の流れはそもそも試合映像がなければ成立しませんよね。だから、ご縁もあって世界各国の試合映像を網羅しているWyscoutを一員に迎えました」


──杉崎さんもWyscoutのようなデータベースを使っているんですか?

杉崎「次の対戦相手の映像を集めて分析するために使っています。そうしたデータベースではプレーが細かくタグづけされているので、ドリブルという項目を押すだけでドリブル集を見られるんですね。もちろん、データベースによってドリブルの定義は異なるので数字として扱うには注意が必要ですが、次の対戦相手の選手一人ひとりのプレー集を作るために重用しています。あとはそこで海外の選手が分析対象となる場合、日本国内ではそもそもプレー映像が入手できないこともあるんですね」

高林「先日、日本代表の森保一監督が『我われが使っているWyscoutは世界のサッカーをすべて見られる。本田(圭佑)がボタフォゴでプレーしていた時も確認していた。アゼルバイジャンでの彼のプレーも見ていく』と取材で答えてくださっていましたが、Wyscoutでは100以上の国における、46万人以上の選手、400以上のコンペティションをチェックできます。もし次の対戦相手に試合直前になってブラジル3部から移籍してくる選手がいたとしても、Wyscoutを使えば探す手間なくプレー映像を確認できるんです。現在は移籍も国際化が進んでいるので、さらにデータベースの規模が重要になりますね」


──Wyscoutはもともとクラブのスカウトがオフィスにいながら世界中の選手のプレー動画にアクセスできるよう開発されたデータベースですからね。

高林「もちろん選手の育成や発掘という目的でも使われていて、さらに需要が高まっています。従来のスカウティング活動のうち80%は現地観戦で、20%が映像視聴でしたが、コロナ禍の影響で後者に頼らざるを得ない状況になっていますからね。そうしてリモートワークが増える中で、僕たちはWyscoutを通じてスカウティング業務の効率化にも力を入れています。今までは手書きのスカウティングレポートが当たり前で、コピーして配ったりする必要がありましたけど、昨年リリースした『Wyscoutスカウティングエリア』ではオンラインで一括管理できるので簡単に共有できます。さらにデータベースと紐づけられているので、ワンクリックでマッチレポートや選手データ、さらには試合映像まで確認できる。実際に浦和レッズさんにも導入していただいて、西野努テクニカルダイレクターからも『Wyscoutのない仕事は想像できない』との言葉をいただきました。あと、最近ではJリーグと世界各国のリーグを比較した分析レポートも作成しましたね」


──そのレポートはどんな内容だったんですか?

高林「まずブンデスリーガ、プレミアリーグ、リーガの欧州3大リーグとJ1リーグに共通点があって、2016-17シーズンから2018-19シーズンまでの欧州各国の王者はポゼッション率が非常に高いんです。世界的にはKリーグやMLSのように、ポゼッション率が低いチームが優勝しているリーグもありますが、2017シーズンから2019シーズンまでのJ1王者はポゼッション率が高く、欧州トップレベルのトレンドと一致しています。

 さらに選手育成に目を向けると、FIFAの専門調査機関CIESは『18~21歳におけるトップチームでの出場時間が、選手のキャリアに大きな影響を与える』という調査結果を出しているんですね。そこでJリーグで2017シーズンから2019シーズンまでの21歳以下の選手の出場時間を調べてみると、J1の選手よりJ2の選手の方が長いことが判明しました。さらに同期間に欧州へ移籍した久保建英選手、冨安健洋選手、堂安律選手、食野亮太郎選手に絞ってみると、冨安選手が唯一渡欧前のシーズンにトップチームで1000分以上出場していました」

アビスパ福岡で最終ラインの柱に成長した後、欧州挑戦を始めた冨安。現在はボローニャで主力として活躍しており、さらなるステップアップも噂されている


──当時所属していたアビスパ福岡がJ1から降格してしまって、冨安選手はJ2でプレーしていたんですよね。そこでJ1クラブに所属していた他の選手よりも安定してトップチームでの出場機会を得ていたと。それこそユース代表の国際大会を現地取材していた日本のメディア関係者が、スタジアムで欧州強豪クラブのスカウトから「あの日本人選手の代理人を知らないか?」と声をかけられるくらい、日本人若手選手は高い評価を受けているんですよね。ただ、そもそもトップチームで出場機会がないとクラブレベルでの映像やデータが手に入らない。判断材料が足りなくて獲得には至らないケースも少なくなさそうです。

高林「だから欧州を目指す21歳以下の日本人選手は、まずJ2で出場機会を多く得るという選択肢もあるかもしれません。今回はJリーグに限定しましたが、日本では大学進学という進路選択もありますよね。今後は大学の18~21歳の選手も含めて検証していきたいですし、Wyscoutで大学サッカーの試合映像やデータも記録して、欧州クラブのスカウトの目に入るようにしていきたいですね」

ベルギーとイングランドに学ぶアナリスト育成術


──Wyscout買収はhudlの営業にもメリットがあったのでしょうか?

高林「トータルソリューションとして提案できるので幅が広がりました。以前から分析担当のコーチやアナリストにスポーツコードやハドルを試してもらって、前向きに検討していただけることはありました」

杉崎「一方コーチやアナリストに権限はないので、クラブの予算の都合もあったりして、なかなか導入には至らないですよね」

高林「でもWyscoutは強化部やGMの要望で導入しているJクラブさんが以前から多かったんです。そうした意思決定権を持っている人とWyscout買収によってお話しする機会が増えたので、僕たちが現場の声を届けてみるとハドルやスポーツコードも一緒に使ってくれるクラブが増えましたね。あとシティ・フットボール・グループが僕たちと契約してくださっているので、日本では横浜F・マリノスさんが先駆けとして僕たちの製品を使ってくれていたんです。そして杉崎さんも在籍されていた2019年にJ1優勝という大成功を収め、ユーザー同士の口コミで積極的にスポーツコードやハドルを導入してくださるクラブが増えました。今ではJリーグ57クラブ中、42クラブがユーザーですね」


──複数クラブで共有できる契約もあるんですね。

高林「国単位で契約している例もありますね。ベルギーではロベルト・マルティネス代表監督が主導して、サッカー協会、プロリーグ機構とhudlが提携を結んでいるんです。その一環として、ベルギー1部、2部の全クラブにスポーツコードとハドルが提供されています。さらにそれらのソフトを動かせるMacbookも各クラブに3台ずつ提供していますね」

hudlと国家プロジェクトを始動させたベルギー代表監督のロベルト・マルティネス。「コーチやアナリストが最新のテクノロジーを利用できる野心的な試みだ」と自負している

杉崎「スタジアムのインフラはどうなんですか?」

高林「アナリストのブースで言うとネットワークに接続できるポートがあり、ベンチにも有線が通っています。だから、お互いに通信できるんです」

杉崎「やっぱり無線だとスタジアムの規模や観客の数によっては通信速度が遅くなってしまいますからね。ベンチとの連絡が途切れたり、映像が止まるとリアルタイム分析では致命的です。アナリストとしては有線が一番安心できますね」

高林「あとベルギーリーグ1部、2部では広角で試合を自動撮影してくれるAIカメラが全23スタジアムに導入されているので、アナリストのブースでケーブルを1本挿すだけで映像を取り込めます」


──ベルギーリーグのアナリストの規模はJリーグとあまり変わらなくて、各クラブに1人くらいしかいないというお話を聞いたことがありますが、テクノロジーで人手不足を補おうとしていると。日本でも真似したいところですが、自治体がスタジアムを持っていたりするので難しいですよね。

高林「そうですね。さらにベルギーリーグでは年に4~8回、定期的に全クラブのアナリストを集めてワークショップをやっているんですね。そこでスポーツコードやハドルの使い方を議論したり、アナリストとしての知見を共有しています。そうしたソフト面は日本でも真似できると思いますね」


――Jクラブのアナリストは年にどれくらい集まる機会があるんですか?

杉崎「僕の知る限りでは、Jリーグで各クラブの分析担当コーチやアナリストが集まる場は年に1回くらいしかないです。せっかく現場で培ったノウハウをあまり蓄積できておらず、かなりもったいないと感じています。それが今僕がフリーランスとして活動している理由の一つで、日本トップレベルの現場で磨いてきた感性や重ねてきた経験をオープンにしようとしています。そうすればアナリストの仕事により興味を持ってもらえますし、現役のアナリストにとっても少しは参考になる。さもないと競争力が落ちて欧州から置いていかれてしまいますからね。向こうはジョゼ・モウリーニョ監督が大学で分析について講義したりしているくらいなので」

高林「オープン化は重要ですよね。プレミアリーグでも2014年以降、複数アングルでの広角映像、プレーデータ、トラッキングデータを集めてデータベースを作成していて、全クラブに共有しています。さらに、2020年からはNBAやMLBで使われている技術も導入して、さらに深いデータを提供するようになっているようです。そうして環境を整えることで初めてアナリストが必要となり、育ててようとする流れが生まれていく。僕たちも日本サッカーの土台作りに貢献していきたいですね」

Ryoichi TAKABAYASHI
高林諒一

世界16万チーム以上に採用されているスポーツ向け映像分析ソフトである「スポーツコード」「ハドル」「ワイスカウト」などを開発するhudl社唯一の日本担当社員。代表チームから小中学校まで、さまざまな競技やレベルのチームへのセールスからユーザーサポート、各種ローカライズなどまで幅広く担当。1990年静岡県浜松市生まれ。慶應義塾大学卒業後、総合PR代理店勤務を経て、サッカー・ドイツ5部リーグにてプレー。帰国後にスタジアム・アリーナの映像・音響システムの営業職を経験後、2018年12月より現職。Twitter: @tkb84_hudl


Photos: Getty Images

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hudlサッカーアナリストのすゝめペップ・グアルディオラ分析杉崎健髙林諒一

Profile

足立 真俊

1996年生まれ。米ウィスコンシン大学でコミュニケーション学を専攻。卒業後は外資系OTAで働く傍ら、『フットボリスタ』を中心としたサッカーメディアで執筆・翻訳・編集経験を積む。2019年5月より同誌編集部の一員に。プロフィール写真は本人。Twitter:@fantaglandista

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