地元選手の育成強化と指導の総合化。イングランドのアカデミーを変革した「EPPP」

「イングランドDNA」でグラスルーツを底上げしつつ、頂点となるアカデミーをさらなる高みへ導いているのが「Elite Player Performance Plan」(EPPP)だ。フットボールの母国イングランドは2つの歯車をどのように噛み合わせ、育成改革を推し進めているのか。3クラブを渡り歩いた元アカデミー指導者に、師弟関係にあるマーレー志雄氏が直撃した。
異色のキャリアを持つ“元”新世代コーチ
──まずは、日本の読者に向けて自己紹介をお願いします。
「私はオースティン・ハリス。現在はFAの常勤スタッフとしてイングランドに52ある州の1つ、南東に位置するハンプシャー州の指導者養成を統括している。職務内容は主に3つあって、1つはハンプシャー州にいる13人の講師の人材管理。2つ目はFAレベル1~3(UEFA-B)のライセンス講師。そして、3つ目は私にとって一番楽しい仕事、ハンプシャー州で活躍している指導者の支援だ。君のライセンス取得もサポートできてよかったよ」
──その節は大変お世話になりました。ご経歴についても教えていただけますか?
「少し変わった経歴かもしれないね。実は、指導者を始める前は教員だったんだ。大学ではフランス語とドイツ語を専攻し、中学校でドイツ語を教える教師として18年前に南イングランドへと移住したんだ。でも、教員生活は6カ月しか続かなかった。常に私の情熱であり、身を捧げたいと考えていたフットボールの指導者に転身したからね。イングランドのフットボール界だと常勤で雇ってもらうのは簡単ではないから、あらかじめプランBとして教員の道に進んでいたんだ。幸運にも、それから私は様々なクラブのアカデミーで仕事をすることができた。ポーツマスで6年、クリスタルパレスで2年、ブライトンで9年。17年もの間、プレミアリーグでプレーするようなイングランド屈指の才能たちと仕事をしてきた。その後に現職に就いたという流れだね」
──どのように教員からアカデミーコーチになったのでしょう?
「正直に言うと、運が良かったんだ。18年前、アカデミーコーチになるにはライセンスだけではなくプロ選手としての経験まで必要だった。当然、私にそんな職歴はなかったが、代わりに教員としての職歴があったんだ。特に教員免許を取得する過程で学んだスキル――コミュニケーション、プランニング、評価、そして教室で子供の前に立った経験の多くは、フットボールの指導にも応用できる。そこに当時、先進的な考えを持っていたポーツマスのアカデミーマネージャーが目をつけてくれて、元プロ選手とは違う練習や指導が行える人材として私を抜擢してくれたんだ。時を同じくして、業界全体が多種多様な人材を迎え入れ始めていた。私のような教育者だけではなく、スポーツ科学者、スポーツ心理学者、理学療法士もアカデミーに入ってきたんだ。その流れで2012年、EPPP(Elite Player Performance Plan)も導入されたね」
──イングランドではお馴染みのEPPPですが、日本では知らない読者も多いので簡単にご説明いただけますか?
「EPPPは100ページ以上にも渡るほど細かくルールが定められているが、一言でまとめるなら『優秀な地元選手を育てる長期戦略』になる。当時は自国選手の減少が問題視されていたからね。2012年のプレミアリーグを思い出してほしい。各クラブがトップチームのプロ選手だけでなく、アカデミーでプレーしている10代の選手も含めて外国から買い漁っていたから、『目の前に地元出身の優秀な選手がいるのに、なぜ北欧やドイツ、フランスから選手を獲得するんだ?』と疑問の声が上がるようになった。その影響は代表チームの成績にも表れていて、国際大会でまったく結果を出せていなかっただろう?そこでFA、プレミアリーグ、フットボールリーグの三者が協力し、生まれたのがEPPPだった。まだ施行されて10年も経っていないけど、さっそく効果が表れているよ。プレミアリーグ全体の平均年齢は年々下がっているし、イングランド人選手の数も増えている。代表チームも各年代で好成績を収め始めているね」

育成改革の両輪「EPPP」と「イングランドDNA」
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Profile
マーレー志雄
1993年、滋賀県生まれ。日本で3年間の指導経験を積んだ後、イングランドで指導者ライセンスを取得するためにサウサンプトン・ソレント大学のフットボール学科へ。現地でU-12の男子チームから大学の女子チームまで幅広いカテゴリーを指導し、現在は同大学のスポーツ科学&パフォーマンス指導学科で修士課程に進んでいる。Twitter:@ShionMurray