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育成と結果を両立…バイエルンU-23を3部優勝に導いた“ヘーネス”(後編)

2020.07.26

 バイエルンのセカンドチーム(U-23)を率いて3部リーグ優勝に導いたセバスティアン・ヘーネス監督。前回はウリ・ヘーネス元会長の甥であり、父親もバイエルンの選手であったことから、クラブのウルトラスからも反発を受けていたことや、RBライプツィヒのラルフ・ラングニックとの関係について触れた。

 今回は、監督としての彼の目線から見たセカンドチームを率いる難しさ、そしてバイエルンのこれからについて見ていこう。

「ボール保持を中心としたサッカー」

 トップチームのみならず、育成年代もエリートぞろいのバイエルンの中で、「セカンドチームだけが次の試合に勝つかどうか分からない唯一のチームだった」とヘーネスは振り返る。このチームを4部優勝に導いたホルガー・ザイツがバイエルンの育成機関「バイエルン・キャンパス」の運営責任者の1人に就任したことを受け、ヘーネスが後任のポストに収まることになった。

 「チームにはU-19から昇格して3部でプロデビューする選手たちも多かった。彼らはとにかく経験を積まなければならなかった。同時に、チームは初めからバイエルンのクラブ全体のコンセプトである“ボール支配に重点を置いた攻撃的なサッカー”でプレーしていた」

 クリスマス前の時点で、チームは6勝5分9敗の勝ち点23で20チーム中15位。成績は伸びず、35得点はリーグ5位タイ。42失点はリーグ最下位タイと、課題は明確だった。

 ブラウンシュバイクやインゴルシュタットなど、ほんの数シーズン前までブンデスリーガにいたようなハイレベルのクラブや、カイザースラウテルンやハンザ・ロストックのようにドイツのトラディショナルクラブの熱狂的なファンの前でプレーすることにも慣れる必要があった。

 「U-23でも、コンセプトを浸透させる作業は支障なく進んだ。選手たちは育成期間を通じてボールを支配するサッカーに慣れていたからね。問題は、それがハイレベルの対戦相手にも通じるかどうかだった。例えば、積極的に高い位置からオフェンシブプレッシングを仕掛けてくるチームのプレッシャーをかわすための戦略を浸透させるのには、まだ時間がかかる」。ヘーネスは2月の時点でそう話していた。

U-23とトップチームの距離が縮まる

 シーズン終了時の成績は19勝8分11敗。76得点60失点で優勝を果たした。2020年だけを見れば13勝3分2敗、41得点18失点と堂々の数字を残した。得点数はリーグ最多と、コンセプト通りのサッカーで結果につなげた。

 ヘーネスは「ハンジ・フリックのトップチーム監督就任がターニングポイントだった」と振り返る。セカンドチームを含め、生え抜き選手の登用を重視するフリック監督は、多くの選手をトップチームに帯同させている。

 U-21オランダ代表のジョシュア・ジルクゼーなど、トップチームに引き上げられた選手たちの活躍は「他の選手たちも見ている。セカンドチームからトップチームへの扉は開かれている。これが選手のモチベーションになっている」

 トップチームに引き上げられる選手たちは、当然ながらセカンドチームの主力の選手でもある。6~8人がコンスタントに抜けるチームでオートマティズムを浸透させる難しさを挙げながらも、「選手個人の成長が優先される」というセカンドチームの在り方から考えれば、世界レベルの選手たちと接しながら成長できるプラスの面のほうが大きい。

 ヘーネスは、バイエルンにとどまるかどうかは別として「このチームの多くの選手たちがブンデスリーガでプレーするようになるだろう」と確信している。

ブンデスリーガデビューも視野に

 今回の結果を受け、ヘーネス監督の元には複数のクラブからオファーが届いていると報じられている。とりわけ、監督探しが急務のホッフェンハイムと交渉しているというニュースは連日報道されている。

 若手の成長とチームの結果の両立という難しい作業を成功させたセバスティアン・ヘーネス。7月20日の『キッカー』の報道を読む限り、来季、ブンデスリーガでその手腕を見ることができる可能性は高そうだ。


Photo: Getty Images

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ウリ・ヘーネスバイエルン

Profile

鈴木 達朗

宮城県出身、2006年よりドイツ在住。2008年、ベルリンでドイツ文学修士過程中に当時プレーしていたクラブから頼まれてサッカーコーチに。卒業後は縁あってスポーツ取材、記事執筆の世界へ進出。運と周囲の人々のおかげで現在まで活動を続ける。ベルリンを拠点に、ピッチ内外の現場で活動する人間として先行事例になりそうな情報を共有することを心がけている。footballista読者の発想のヒントになれば幸いです。