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フレンチバスクの青年監督が語る、指導者に求められる資質

2020.04.21

 4月発売の『footballista』第78号におけるバスク特集で取材させていただいたフレンチバスクのチーム、アビロン・バイヨネのエルワン・ラヌゼル監督は、なかなか面白い人物だった。

 1989年生まれのラヌゼル監督は、下は21歳から、最年長は37歳の選手が集まる現チームでちょうど平均年齢くらいの31歳。外見は選手と見分けがつかない。

アビロン・バイヨネのラヌゼル監督は現在31歳。外見は選手と見分けがつかない

 22歳まで地元ビアリッツのアマチュアクラブでプレーしていて、ポジションはGKだった。引退後すぐに指導者になり、ビアリッツのBチームの監督を2年、Aチームの監督に昇格してさらに2年勤め、26歳の時にフレンチバスク地方で最大のクラブであるアビロン・バイヨネに引き抜かれた。

 ここ10年来、毎年のように監督を交代していたアビロンで、すでに4シーズン指揮をとっているから、地元での評判も上々だ。

「ここで監督するのはジダンには無理」

 若い頃から指導する側に興味があったというラヌゼル監督は、「ここで監督をするのは、たぶんジダンには無理だと思うよ」と言う。「彼は名監督だけど、彼のような指揮官が求められる場所はこことは違うからね」

 “彼のような指揮官が求められる場所”であるレアル・マドリーやバルセロナ、リバプールのような世界トップックラスのチームには、トップクラスの選手が集まっている。

 そこで必要なのは、“指導”することよりも、“いかにしてスター選手たちに持てる能力を出させるか”。そのためには、その監督自身が尊敬されるだけの“モノ”を持っていることも重要になる。

 その“モノ”とは現役時代の栄光かもしれないし、卓越した戦術眼、あるいは選手の士気を高めるモチベーターとしての資質かもしれない。「この監督なら信頼して自分の力を出せる」と思わせられる“圧倒的な何か”だ。

適材適所が力を発揮する

 そう言われて、思い当たることがいくつかあった。

 本誌で以前、元フランス代表WGリュドビク・ジュリのインタビューをした時、パリ・サンジェルマン時代を振り返って彼は「ぶっちゃけ、選手たちは『サッカー的に自分より劣る』と感じる監督について行くのは難しいと思っている」と話していた。当時の指揮官だったアントワン・コンブアレ監督のことを暗に指しての発言だった。

 同じパリSGでは、2012-13シーズンから15-16シーズンに所属していたズラタン・イブラヒモビッチやチームメイトの何人かは、当時のローラン・ブラン監督に常に「?」マークを付けていた。

 コンブアレ監督やブラン監督に指導者としての能力がない、という話ではない。指導者にはそれぞれ合ったチームがある、ということだ。

 コンブアレ監督なら、選手に喝を入れることが必要な残留争いをしているチーム。ブラン監督なら、若いヨアン・グルキュフらを擁してリーグ優勝を果たした08-09シーズンのボルドーのような、才能ある若手を中心にした勢いがあるチームだ。

 アビロンの指揮官に求められる要素は、手元にある選手たちの限られた能力の中でベストの戦術を講じる才、そして、そういった戦術やプレーを丁寧に教えることができる才だという。

「『じゃあ、これをやって』と指示した時に『え? 知らないの?』『今まで一度もやったことないって?』というシチュエーションは日常茶飯事だ。だから「これをするにはこう動いて、この場面では周りの選手はこうして……」と一つひとつわかりやすく説明することが常に必要なんだ」

「パリSGはフェラーリだ」

プレーについて、相手が実践できるように教えるのは簡単なことではない。現役時代にトッププレーヤーだった指導者が、自分には無意識にできてしまうプレーについてわかりやすく説明できるとも限らない。

 まさに以前の記事で「ティエリ・アンリがモナコで選手たちから反発をくらった」とお伝えしたのと似たようなケースだ。

 逆に、「スター選手を扱うのがうまくない」というレッテルを貼られる監督には、選手にとって「言われなくてもわかっている」ことを自分の流儀で細かく指導し、かえってやる気を失わせてしまう傾向がある。

 実際、ラヌゼル監督は本当に説明がうまく、何を話しても非常にわかりやすい。たとえば今のパリSGの状況について話した時はこんな感じだ。

 「パリSGはフェラーリだ。いつもは田舎道を乗り回していて、当然すごく速いんだけど、いざレーストラックで同じようなレースカーと対戦することになったらすぐには対応できない」

 なるほど。リーグ・アンでは圧倒的に強いが、UEFAチャンピオンズリーグで苦戦する彼らの様子がイメージしやすい。

説明がうまく、非常にわかりやすいラヌゼル監督

選手の成長に深く寄与する無名の指導者たち

 トッププレーヤーたちに持てる力を存分に出させることができて勝利した喜びと、指導したことを選手たちがピッチで実践して勝利をつかんだ時とでは、醍醐味も違う。

 ラヌゼル監督がバイヨネで体験しているのは後者だ。

 異文化に触れることが好きなので、今後は海外のクラブを率いることに挑戦したいらしい。

 現在、活躍している選手の多くが、その成長過程で素晴らしい恩師と出会っている。それは少年時代のアマチュアクラブの監督だったり、育成所のコーチングスタッフだったりするが、そういった指導者の名前が世に出ることはあまりない。

 しかし、ラヌゼル監督のような無名だが優秀な指導者たちは、優れたプレーヤーを世に送り出すことに、影ながら常に大きく貢献しているのだ。


Photos: Yukiko Ogawa, Getty Images

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Profile

小川 由紀子

ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。

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