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大スターほど外す? 究極の心理ゲーム、PK戦のカラクリを読み解く

2021.07.14

 EURO2020が幕を閉じた。イングランドとのPK戦を制したイタリアが優勝。イタリアは準決勝のスペイン戦もPK戦を勝ち抜いた。

 私が優勝候補に挙げていたフランスも、ラウンド16のスイス戦でPK戦に敗れて敗退してしまった。

 先攻のスイスが5人全員決めた後、「絶対に外せない1本」を担って歩み出たのは、レ・ブルーの大スター、キリアン・ムバッペだったが、彼がこれを外し、そこで試合終了となった。

 ノルウェーの大学でスポーツ科学を教えるスポーツ心理学博士ゲイル・ヨルデ氏のリサーチによれば、意外にも「大スターというステータスにある選手ほど外す確率が上がる」のだという。

 そう言われてみれば、1994年のW杯アメリカ大会の決戦戦、ブラジルvsイタリア戦で、イタリアのエース、ロベルト・バッジョが決定的な一打をクロスバーの上に蹴り上げたシーンが思い出される。

スターになれば成功率低下

 ヨルデ教授の研究室では、1976年から今日までのW杯、EURO、UEFAチャンピオンズリーグの国際大会でのPK戦でのキックおよそ700本を解析し、実際に関わった25人の選手にインタビューを行った。

 その結果、PK戦でのキックの成功率は平均して70%。そして、そこに関係しているのは、シュートの上手い下手や精度の高さよりも「プレッシャー」という心理的な要素だという。

 その証拠に、多くのタイトルを手にし、「スター選手」の地位を手にした選手の成功率は、パフォーマンスの質は向上しているはずなのに、スターの座に就く前の90%から65%へと激減している。

 スペイン代表のPKキッカーでは、ブスケッツとモラタがこれに該当する。ともに多くの栄光を経験しているが、前者はスイス戦で、後者はイタリアとの準決勝でキックを外している。

 これは「絶対に自分が決めなければ」という過大なプレッシャーがかかるから。そしてプレッシャーがかかればかかるほど、本来のパフォーマンスを発揮しにくくなる、というのが人間の常であるからだ。

ルジとデ・ヘアを分けたもの

 例外もいる。W杯、EURO、コパ・アメリカなどの国際トーナメントのデータによると、クリスティアーノ・ロナウドはなんと100%成功させているというから、まさにモンスターだ。

 彼の場合は「プレッシャーごとき望むところだぜ」というくらいの精神力の持ち主なのであろう。リオネル・メッシも、2016年コパ・アメリカのチリとの決勝戦ではキックを外したが、全体では83%とかなり高い確率で決めている。

 チームのエースであることの他に、ヨルデ博士がデータ分析の結果からプレッシャーを増加させる要因に挙げているのは、

・打つ順番
・不慣れであること:DFなどシュートのスキルにもともとそれほど自信がないと本人が感じている
・23歳以上
・疲労:120分間フルでプレーしていた選手など

といった点だ。

 ヨルデ博士の資料を見ると、順番ではトップバッターが最も成功率が高く、2番手、3番手と徐々に下がっていき、4番手が最低、逆に5番手は上がっている。これは相手が外していれば、これがダメでもまだ後がある、という状況になることがあるからだろう。

 若い選手のほうが決定率が高い、というのは、若者のほうが思い切りがよく、プレッシャーへの耐性があるという現実を示している。

 PK戦で決着がついた昨シーズンのUEFAヨーロッパリーグ決勝、ビジャレアルvsマンチェスター・ユナイテッド戦は、最後はGKまで登場して11人ずつが蹴り合う死闘となった。

 先攻のビジャレアルはGKルジも決めて11人がパーフェクト。そしてサドンデス勝負に挑んだユナイテッドのラストキッカー、ダビド・デ・ヘアのシュートはルジに防がれた。

 ヨルデ博士が挙げた条件どおり、デ・ヘアが立たされたのは、一番プレッシャーの高い順番。さらにGKの彼はふだんPKキックを蹴らないという不慣れさもある。一方のルジには、同じGKでも「仮に外しても、相手も外すかもしれない」というセーフティーネットがあった。

外せば敗戦という状況で普段、蹴り慣れていないPKを蹴ったデ・ヘアはキックを失敗した

データ活用で成功率アップも可能

 EURO2020で優勝したイタリアも先攻だった。というより、今大会のPK戦はすべて先攻チームが勝利しているので、やっぱり先攻は有利か。すでに国際大会でも導入されている、2回目、3回目で順番を入れ替えるABBA方式を、今後は採用する方向に進んでいきそうな感じだ。

 その他、過去の失敗例・成功例、審判が笛を吹いてから蹴るまでの時間の長さ(スイス戦でのムバッペはたったの0.2秒!)なども心理面に作用しているという。

 ただ、こうしたデータで炙り出し、現実としてこのような状況があると知ることで、それをメンタルトレーニングに利用し、プレッシャー下でのパフォーマンス効率を上げていくことが可能なのだそうだ。監督がPKキッカーを決める時の参考にもなる。

 PKはキックのうまさよりメンタルで決まる、ということか。人間の体は頭からの指令を受けて動くのだから、メンタルの強さは本当に重要だ。


Photos: Getty Images

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Profile

小川 由紀子

ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。

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