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「やっぱり勝ったな、という感じでした」EL王者セビージャFCの日本人アナリストを直撃!【インタビュー】

2020.08.30

【無料】セビージャFC 若林大智アナリストインタビュー_前編

決勝で3度の大会制覇(UEFAカップ時代を含む)を誇るインテルを下し、6度目となるEL優勝を果たしたセビージャFC。そのスタッフ陣の中に、一人の日本人の姿があった。若林大智。現在、セビージャFCでアナリストを務めている彼に、同じくアンダルシア州に住み旧知の仲である木村浩嗣さんがインタビュー。欧州の頂に立った今の心境からアナリストという仕事の実態まで、たっぷりと語ってもらった。

前編では、EL制覇の裏側、そしてセビージャFCのアナリストとなった経緯について聞いた。

確信のEL制覇

ピッチにはいないんですけど、本当に一緒に戦っているような感じでした

――まずは優勝おめでとう! 決勝戦ってどうだった?

 「ありがとうございます! コロナウイルスの影響で短期決戦になったことが結果的には良かったかな、と思います。ローマに勝ってウォルバーハンプトンに勝った時点で自分の中で行けるなって感覚があって、チームもその状態に入っていったので、先制点を取られても負ける気がしなかったです」

――それはチームだけじゃなくスタッフもそうだったの?

 「そうです」

――でも残っていた準決勝のチーム(マンチェスター・ユナイテッド)、決勝のチーム(インテル)は強敵じゃない。それでもチーム内には「勝つ」って確信があったの?

 「いやーもう、それしかなかったですね。どうなっても勝つという状態にチームもなっていました。2戦とも先制されたじゃないですか。でも慌てることもなく。まあインテルとの試合は2、3分くらいうまくパスが繋がらない状態が失点直後にあったんですけど、でもすぐその後立て直して我慢強く攻撃が進められたというのはやっぱりその自信があったから。単純なことだけど、それがそのまま試合に出ていたという形でした」

――なるほど。そうすると大智くんはアナリストだから戦術とかデータとかも大事なんだろうけど、決勝では勝つ、という強い意識が大事だった、ということなのかな?

 「やっぱり、あそこまでいったら誰でも優勝したいじゃないですか。その優勝、タイトルに向かってみんなまとまっていった、という印象ですね」

――それは過去に5度優勝していたということが大きかったのかな? ELはうちが勝つっていう確信があった。

 「そうですね。あの場だったら相手がマンチェスター・ユナイテッドだろうがインテルだろうが、やっぱり勝つのはセビージャだ、っていう。そういう気持ちがありましたね。やっぱり自分たちの大会だって」

――それでも個人的には苦しんだんじゃないの? 先制されると苦しむものじゃない?

 「いや、これまでのリーガと比べても失点直後のチームのリアクションが全然違う。絶対に点が取れるし勝てる、という確信がその後のプレーに出ているというか。その根本的な自信があったから、マンチェスター・ユナイテッドに先制されるとどこでも慌てると思うんですよ。あれだけのメンバーをそろえているのだから」

――凄く攻められもしたよね。

 「はい。攻められているんだけどピッチ内では11人で戦っているわけで、GKが4回くらい決定的なセーブをして、DFを越えられたらGKがいる、と証明してくれましたからね」

――なるほどね。で、優勝した瞬間はどうだったの?

 「やっぱり勝ったな、という感じでした」

――けっこうクールだね(笑)

 「いえいえ(笑)。いや、本当にうれしかったんですけど、やっぱり勝つよな、セビージャはこの大会は絶対勝つんだと。準決勝まで行ったら絶対優勝するという実績と、自分の目でこのチームを見てきた者からすると、やっぱりそうだったな、という確認の方が強かったです」

――そういうところに「伝統」というのはあるんだね。大智くんはトップチームを担当して1年目じゃない。1年目のあなたにも伝統の自信みたいなものがちゃんと伝わっているというのが凄いな、と思うんだけど。

 「そうですね、そういうチームの雰囲気作りっていうのは。やっぱり最初にローマに勝った。その勝ち方が相手をシャットアウトして、ほぼすべての面でセビージャが上だ、という勝ち方をしてやっぱり相当自信にもなりましたし。その試合は自分は行ってないですけど、その後のウォルバーハンプトンは相手が自陣でブロックを敷いてカウンター、という戦い方だったんですけど、最初ちょっとPKがあってまたボノ(GK)が止めてくれて、そのPKを止めたことで一気に乗っちゃった、というか。セビージャみたいなチームは勢いに乗せたらもう止まらないという、1点差のゲームなんだけど完全に勝てるっていう流れができちゃうんですよね、この大会では」

――なるほどね。逃げ切り方もね、1点リードしてから15分間とか20分間とか残っているわけじゃない? 普通はけっこう嫌だよね。

 「そうですね。でも、もう取られないという確信の方が大きかったですね。インテルは最後サイドからのクロスでチャンスを作ったと思うんですけど、そこも全員が体を張って守って。最後確かジュールス(クンデ)がゴールライン上でクリアして。チームとして完全に流れができていたんで。あのプレーなんかも、アトレティコ・マドリー戦でも彼がボールを股に挟んでゴールを死守していたとか、これまでの流れがあるんで。(決勝は)総合して良いところが全部出た試合でしたね」

――こう話を聞いていると、セビージャFCというチームを語っているんだけど、自分を語っているというか、自分と完全に一体化している感じだよね。

 「そうですね。確かにピッチにはいないんですけど、本当に一緒に戦っているような感じでした」

――スタジアムでは選手たちのいるスタンドの上で見ていたの?

 「いや、マンチェスター・ユナイテッドとの試合では上に座らせられたんですけど、決勝は確か25人、セビージャ側から招待できる人たちが上に座ったんで、自分たちはベンチメンバーの横にいたんですよね」

――そうなんだ。じゃあけっこう声も出してたって感じ?

 「そうですね」

――もう応援していた?

 「いやー、もうみんなでずっと歌っていましたよ」

――凄いね。本当に一体感があったんだね。

 「だからほとんど相手側の声が聞こえなくて。相手は同じことをやっていたのかなと思うくらい、自分たちの声で何も聞こえない状態でした」

――無観客だけど、ほとんどサンチェス・ピスファン状態だったってことだね。

 「そうですね」

アナリストになった経緯

区切りを付けて、吹っ切ってやったことが良かったかなと

――大智くんと最初に知り合ったのは僕も指導していて大智くんも指導していて、セビージャ・エステ(街クラブ)のグラウンドだったと思うんだけど、もう10年くらい前かな。

 「10年いくかいかないかくらいですね。自分がこっちへ来て12年経ちました」

――当時は少年チームの監督だったけど、どういうふうにしてアナリストになったの? 今は監督になりたいというのは全然ないわけ?

 「今はこの仕事を続けて次はCLという場を経験して、そのすべての経験をこの後、どうなるかわからないけど、やっぱり監督をやりたいんでそのために生かせるように、と考えています。仕事をしていて、今の監督がいてスタッフがいて意見を聞いていても、『自分だったらこうするな』というのをけっこう大事にしているんです。今はそうはできないけど、自分がその立場に立った時にこうしよう、とか。そういうことを常に考えてやっているんですけど、それがけっこう楽しいですね」

――「ロペテギ、それは違うぞ」と内心思っているんじゃない?(笑)

 「いや、そうじゃないと、今の監督より上を目指そうと思ったらやっぱりそういうふうにやっていかないと。もちろん良いところは吸収して、こうやったらいいかなってところは自分の中で思いを溜めて、チャンスがきた時にやろうと思っているんです」

――なるほど。もの凄く大きなステップだけど、セビージャのアナリストいうのも踏み台なわけだ。

 「そうです。今シーズンはトップチームの、昨シーズンは下部組織のアナリストだったわけですけど、その前のシーズンは普通に監督をやっていました。ただ、そこで監督をしていたのはクラブの代表者のチェスコがセビージャの下部組織でずっと長く監督をしていたからなんです。そういう人がいるところへ行って自分をアピールして、そこで2シーズン続けてもセビージャの下部組織に入れなかったら、もうスペインではサッカー監督を辞めようと思っていたんです。自分の目標はただずるずるスペインで監督をやることではないので、それで駄目だったら辞めようと。そうしたら次のシーズンにセビージャから声がかかったんです。アナリスト部門をより成長させるために人を探しているということで声をかけてもらいました」

――じゃあ、セビージャに関係している人がいるクラブを選ぶことが接近の第一歩だったわけだね。

 「チェスコはずっと自分のことを気にかけてくれていて、別にやさしくしてくれるわけではないんですけど常に意見を言ってくれたんです。自分にインファンティル(12、13歳)のチームを持たせてくれただけでなく、彼のテクニックに特化したスクールにもスタッフとして入れてくれて、そこでいろんなことを教えてもらいました。こう言わないと選手は理解できない、とか」

――人づてに君が凄く悩んでいると耳にしたんだけど、やっぱり大変な時期もあった?

 「いや、基本的に大変でしたよ。さっきも言ったんですけど、やっぱりずるずるやってしまう。諦め切れない。それを区切りを付けて、吹っ切ってやったことが良かったかなと」

――それで思い出したけど、僕が監督しているチームにコーチとして来てほしいって誘った時に「中途半端にはやりたくない」って言っていたのが話を聞いて腑に落ちたよ。

Taichi WAKABAYASHI
若林大智

2008年からセビージャ在住。少年チームの指導を経て2018年8月からアナリストとしてセビージャFC入り。2019-20からトップチームのアナリストメンバーに。スペインのサッカー監督ライセンスレベル3(UEFA PRO)を保持。GKコーチスペシャルコース、上級スカウティングコースを修了済み。

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Photos: SEVILLA FC, Getty Images

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アナリストセビージャ若林大智

Profile

木村 浩嗣

編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。

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